番犬、ひっそりと。
乙女仲間と世話役のおばちゃんに散々な言われようだったけど、まぁいつもと変わらない様子にちょっと緊張が抜けて、私はいよいよ冬の歌を歌うべく、竪琴を持って舞台へと上がった。
ドキドキしながら舞台をぐるりと見回すと、ベンチにはいつも薬を買ってくれるおばあちゃんや、美味しいパンを焼くおじさん、ルノさんの横に座る悪ガキ達がちょっと目をキラキラさせて私を見上げているのに気がつく。なんだかそれだけなのにちょっと胸がくすぐったくなる。
ラトさん‥。
ラトさんはどこだろう。人混みの中探してみるけれど見当たらない。
うん、でもきっとどこかにいるだろう。そう信じて瞳を瞑る。
歌の神様、今は奇跡も願いません、音程も外すかもしれないけれど、精一杯歌います。だから厳しい冬を皆が乗り越えられますように。怪我も事故も病気もなく冬を乗り越えて、暖かい春を迎えられますように。
静かに祈ってから、目を開けて、息を吸った。
指が竪琴の弦を弾き、この願いが歌の神様に届くようにと歌う。
音符に心を、言葉に魔力を込めて、静かな冬の空気の中を震わせるように歌う。
そして、できればどこかでひっそり聞いているラトさんに届くようにと歌う。
竪琴の最後の一音を弾き終えて、辺りが静まりかえったその時、どこからか羽音が聞こえて顔を上げると、真っ白な鳥が一羽私の膝に落っこちるように乗っかってきた!
「え?!」
もしかして、これ奇跡??
それにしてはものすごい着地だったけど‥??!
驚いていると、鳥は口から何かをポロッと落としたので急いでそれをキャッチすると、小さな青い小石でそこに金色の模様が入っている。と、鳥は慌てて私の膝の上から飛び出して何処かへ飛び去って行ったんだけど‥。これって奇跡って呼んでいいの??
そう思っていると、誰かが
「うちの鳥が逃げたんだけど、誰か見てない〜〜〜!??」
って声が聞こえて、その途端皆はわっと笑うし、私はがっくりして項垂れた‥。
奇跡じゃなかった‥奇跡じゃ‥。
最前列の乙女達が「元気出して!!」「音程はバッチリだったよ!!」と励ましてくれたけど、うん、皆ますます笑ってるから‥。ちょっと泣きそうだけど、まずはちゃんと歌えたんだし良い事にしよう。そう思って、小石はポケットにしまい込むと、村長さんが笑顔で舞台に上がってきた。
「ありがとうスズさん!10年ぶりに歌の乙女に歌ってもらえて、村の住民一同とても嬉しいです!さぁ、皆さんスズさんに拍手を!そして、皆さん食事も用意したので楽しんでいって下さい!!」
そういうと一際大きな歓声と拍手が上がって、私は照れ臭い気持ちになりつつもそんな風に言って貰えて嬉しかった。ちょろいよね、私‥。そんなことを思いつつお辞儀をしてから村長さんと一緒に舞台へ降りると、乙女仲間が一斉に私の方へ駆け寄る。
「スズ、歌上手になったね!」「すごくジーンときた!」「音程外さないで歌えただけでバッチリだと思うよ!!」
‥君達ねぇ‥。
一回くらい怒っておこうかな?なんて思っていると、横で聞いていた村長さんが可笑しそうに笑って、
「ははは、仲良しでいいですねぇ。ささ、乙女の皆さんも良かったら食事を楽しんで下さい。今日はこちらに泊まるんですよね?」
「え??そうだったんですか?」
村長さんの言葉に私が目を丸くすると、乙女仲間が「だって夜に移動は危険でしょ?」って言うけど、それなら泊まりで来るとか事前に連絡してくれよ‥。乙女達は私を見上げて、
「ね、スズも一緒に食べようよ!」「お話聞かせて!」
「え、で、でも‥」
サクッと歌ってラトさんの元へ戻ろうと思ったのに‥。
と、ビールジョッキを持っていい感じに酔っ払っているニーナさんが手を振りつつこちらへやってきた。
「スズ〜、こっちは大丈夫だからね〜」
「え‥」
そう言うニーナさんのちょっと後ろにフードを被っている男性が立っているのが見えた。
あ、ラトさんだ。
灰色の瞳が眼鏡越しにこちらを優しい瞳で見ているのに気が付いて、小さく頷くとニーナさんは「じゃあ、また後でね〜」と言いつつラトさんと去っていった‥。
なんだか急に寂しくなって、その後ろ姿を随分長く見つめていた気がする。そんな私に対して、乙女達が「友達と約束してたの?」「ごめんね」と話すのを曖昧に頷いて、小さく笑った。




