番犬は終始飼育が基本。
ニーナさんからびっくりな変装メガネを借りて、私とラトさんは村の入り口で待ち合わせしてから、それぞれ店を出た。そんな私達を見送りするニーナさんの面白くて堪らない!!といった顔に私はエルフって想像してたより俗世にまみれているなぁと思ったけど、そもそもニーナさんは規格外だったな。
「まぁ、噂を流したらきっとすぐに広まるだろうし、今日は家に帰ろう」
そうして、素早く一人で買い物だけして村を出ると、いつもとは全然違う灰色の髪をしたラトさんがそわそわした様子で村の入り口のちょっと奥まった所で待っていた。‥おかしい、姿は全然違うのにラトさんにしか見えない。
ちょっと目をゴシゴシ擦りつつ、ラトさんの方へ歩いていくと、眼鏡を掛けても損なわれない綺麗な顔面が光り輝く。
「ラトさん、お待たせしました」
「ワン!」
「あ、はいはい手を繋ぎましょうかね」
サッと手を差し出すと、嬉しそうに微笑んで私の手を握るラトさん。
うん、ちょっと前だったら手を繋ぐなんて恥ずかしいし照れ臭い‥と思ってたけど、私も大分慣れたもんだな。まぁ、翻訳アプリだしね、私。一人納得してラトさんを見上げると、
「明日は少し離れているが、一緒に行く」
「あ、やっぱり一緒に行くのは決定なんですね」
「‥‥一緒は、ダメか?」
「くっ!!そんな置いてかれるわんこのような瞳で見ないで下さいよ。ダメじゃないですよ、心配なだけです」
私の言葉にラトさんは、パァッと目を輝かせる。
あの、一応ラトさんはバレないようにしなきゃいけない立場だってことを忘れてないかな?まぁ、その眼鏡を掛けていればバレない可能性の方が大きいけども。
「ラトさんは本当に番犬のようですね」
「そうなれて嬉しい」
「待って待って、嬉しいって‥ちょっと人としてどうかと」
「だが一緒に居られて嬉しい」
ラトさんがそう言ってふにゃりと笑って、思わず顔が赤くなる。
そういう言葉は勘違いしちゃうからうっかり言ったらいけないと思うぞ‥。特に私のような恋愛もろくにしてこなかった人間に。
‥まったく困った人だ。
呪いが解けたら、ラトさんは現場復帰するだろう。
そうなれば守護騎士だし美形だし、将来は順風満帆な人生を謳歌するんだろうなぁ。私はこのままここで歌の乙女として仕事し、ワンチャン結婚とかその内するんだろうか‥。いや、その前にこの村に適齢期の男性っていたっけ??だめだ!!悪ガキんちょと失礼な既婚者のルノさんしか思い出せない!!
ちょっと複雑な顔をしながら若い男性を思い出していると、ラトさんが不思議そうな顔をする。
「スズ、何かあったのか?」
「あ、いや、村に若い男性っていたかなって‥」
そう言った瞬間、ラトさんが目を丸くして私の手をギュッと握った。
「い、いだだだだ!!ラトさん、痛い!!」
「す、すまない。でも、何故‥」
「ああ、その内私も結婚するのかな〜って、痛い、痛い、ラトさん!!」
「‥‥したい奴がいるのか?」
「いえ、全然」
「‥‥‥全然」
「でも、いつか誰かに巡り会うのかなってふと思ったんです。まぁ、そもそもポンコツの私と結婚したいなんて奇特な人はいないと思いますけど‥」
ええ、奇跡はしょぼいのに定評のある私ですし?
ふっと遠くを見つめると、ラトさんが寂しそうに私を見つめ、
「‥番犬は一度飼ったら終始飼育が基本だ」
「えーと、確かにワンコを飼う時ってそういう心構えですけど‥」
「基本は大事だ」
「‥‥そうなると終始私もご主人でいますけど」
「理想的な主人だな」
この人は本気で言ってるのだろうか。
至極真面目な顔で私をじっと見つめているけれど、守護騎士ってもしや天然な生き物なのかもしれない。
「‥ラトさんは物好きですね」
「そうだろうか?」
そう言いつつも私をじっと真剣な顔で見つめるラトさん。
繋いでいた手が、ちょっと離れたかと思うと、私の指に手を絡めて大事そうに握るので、言葉が詰まって何も出てこなくて‥。結局顔を赤くした私と変装したラトさんと二人でなんともいえない照れ臭い空気の中、無言で帰っていったのだった‥。
生き物は家族!大事にしないとですね。




