番犬、自己アピール。
とにもかくにも私は「ワン」と返事をする大変な美形と、それを申し訳なさそうに見ている騎士さんを連れて、家に入ってお茶を出した。
大柄な男性が二人も家にいると圧迫感があるなぁ。
とはいえ、私はこういう大柄な人は見慣れている。神殿には歌の乙女を守る守護騎士がいるんで、小さい時から見慣れてるんだよね〜。そんなことを考えてからハタっと気付く。
「あの、もしかして‥なんですけど、そちらの「ワン」と話している方って、ヴェラート様ですか?」
そう話すと、ヴェラート様はパッと顔を明るくし、
茶色の髪の人は静かに頷く。
「そうです。ご存知で?」
「はい、うちの神殿‥ええと、以前いたベタルの神殿で守護騎士として働いて下さっていましたから‥」
と言いつつ、チラッとヴェラート様を見る。
いつもはこんな近くで見たことないし、普段は守護騎士の隊服をきっちり着込んで髪も縛ってたから気付かなかったけど‥、襟足の部分長かったんだなぁとか、至近距離で見るとますます美形だなとしみじみ思った。
なにせ歌の乙女は神殿では守られている存在なんで、当然の如くちゃんと奇跡が起こせるまで「恋愛絶対禁止」なんである。全ての若い男性は遠ざけられ、爺ちゃんな神官さん達とお世話をしてくれるおばちゃん達しかいない。なんとも枯れた青春なのだ。
前世の記憶持ちの乙女仲間と「前世と変わらない!!」「今世こそイケメンと付き合えると思ったのに!!」とよく嘆いたものだ‥。そんなつい最近の記憶を思い出していると、茶色の髪の男性がこほんと咳払いして、私を現実に引き戻した。
「ええと、申し遅れました。私はマキアと申します。このヴェラートと同期で騎士として仕事をしております」
「あ、そ、そうでしたか。私はスズ・ツキルと申します。ご存知の通り「歌の乙女」として、この村の祠をお守りしてます‥」
神殿とは言わない。
あれは祠だ。
ちょっと涙が出そうだったけど、そう話すけれどマキアさんはあまり気にならないようだ、それで‥と、話を続けた。
「ヴェラートはご存知の通り、騎士を経て守護騎士をしておりましたが、スズさんがこちらへ移動した後に、王族の姫君が神殿へ祈りにいらしたんですが、それを知った反王族の一味が呪われた魔物で襲わせたんです」
「えっ!!」
まさかの聖域に呪われた魔物!?
罰当たりもいいところである。想像してよ、神社でトイレしちゃうようなもんだよ?反王族の一味ってやばくない???
「もちろん、ヴェラートもすぐに応戦してそれを撃退したのですが、その呪いを一身に受けてしまって‥」
「そんな‥!!」
なんていう罰当たりな上に、極悪非道な!!
私はヴェラート様を見ると、ちょっとバツが悪そうに俯く。いやいや、そんな貴方何も悪くないからね?
「呪いはかなり強固で、呪術士にも歌の乙女にも協力して貰ったのですが、犬になる呪いを受けてしまい「ワン」としか話せなくなってしまって‥」
「なんと」
「あと、所構わず寝転がってしまって‥」
「犬、みたいですね‥」
「はい、まさに犬です」
真剣な顔のマキアさんに、深刻な顔の私。
しかしそのマキアさんの隣でヴェラート様は懐から一枚紙を私に差し出す。
「ん?その紙‥」
紙を受け取って開くと、掲示板に貼って置いた私の番犬募集!の紙ではないか。
ヴェラート様をそれを見て、自分を指差す。
「え、待って待って待って、守護騎士といえばそれはもう花形ですよね?それがまさかの番犬になるって???」
「ええとスズさん、その通りなんです。ヴェラートが今日突然こちらへ来て、掲示板を見るなり「犬になる」って言ったんです」
「なんで!?あれ、ちょっと待って、どうやって話を‥」
私が言いかけると、ヴェラート様は今度は懐から小さな板切れを出して、そこにチョークで書き込んだ。
『筆談は可能だ』
「いや、じゃあ、騎士団で仕事も出来るのでは!??」
私は叫んだ。
なんでこんな花形でもある守護騎士じゃなくて、よりによってポンコツの私の「番犬」になろうとするのだ。どう考えたっておかしいだろ!?そこは騎士団で保護するとか人道的な事するだろ!マキアさんを見上げると、マキアさんは遠い目をして、
「‥責任を感じた姫君が「私が飼う!」って言い出したんですけど、それは流石に‥と断ったんですが、ただ団長も王族の願いを断り続けるのも大変で‥。あの、できればほとぼりが冷めるまでこちらでヴェラートを預かっては下さいませんか?」
「私、嫁入り前の娘ですが!?」
「あ、もちろん生活費は全て経費で。あと謝礼はもちろんこれくらいで‥」
マキアさんはヴェラート様の板切れを奪い取り、チョークでカカッと数字を書いて私に見せた。
「‥‥‥‥責任を持ってお預かりいたします」
負けた。
神殿で使える身なのに、お金に負けた。
なにせスズメの涙ほどの給与。せめて家の隙間は直したい。
静かに頷くと、マキアさんはそれは嬉しそうに笑い、隣のヴェラート様は静かに微笑まれた‥。