番犬、悪夢。
パトという街にあった神殿。
確か若い神官さんがいて、切り盛りしているのは聞いた。
かなり優秀で、結構厳しい神官長様が「なかなか見所がある」なんて手放しで褒めていたのも記憶にある。
「でも全然顔を覚えてないんだよね〜」
なにせ距離!神官の爺ちゃん達が手塩にかけて育てた孫を取られてたまるか!って気概でいるから、お仕事で歌いに行ってもものすごく遠くて話はおろか、目を合わせられない。あんなんで神殿同士でどうやり取りするんだ。
しかし、そんな神殿の神官さんがうちの村に来るのか‥。
歌、ちゃんと緊張せずに歌えるだろうか。お風呂の湯船に浸かりつつ、はぁっとため息を吐く。
本番で歌をしっかり歌えても、私の奇跡はしょぼい。
がっかりさせちゃうかな‥。
みっともないとか思われちゃうかも‥。
だからきっと神官長は私をこの田舎の村の乙女として送ったんだろう‥。
「はぁあああああああ、どっちにしろ辛い」
浴槽のふちに額を乗せて、自分のポンコツっぷりに項垂れる。
いや、ダメだ。ここでくじけても何にもならない。ラトさんも言ってたじゃないか、『練習すればいい』って。
「練習、するしかないよね‥」
こっちの世界の歌はコード進行がなんというか特殊で、上がったと思ったら下がって、下がったと思ったらすんごい高音を出すとか‥本当に難しい。前世の歌だったら全然苦じゃないのに、この世界の歌って本当に大変なのだ。
それなのに神官の爺ちゃん達には、「絶対自分の世界の歌を神殿で歌ってはならない」って言い含められてしまって‥。私はそれを守っていた。あ、それでも自然に何回かは神殿の中で鼻歌で歌っちゃったけどね。
「今は神殿じゃないからいいかなぁ〜」
もし今歌うなら何にしよう。
そう思ったら、ちょっと気分も上がって‥。
難解な冬の歌も歌えそうな気分になってきた。そうだ、奇跡がなんだ!とにかくまずはしっかり歌の神様に歌を届けるのだ!ざばっと湯船から上がってやる気満々で部屋へ戻る。
と、部屋にいたラトさんは毛布に包まっている‥。
「ラトさん?」
いつもならお風呂から上がってくると、嬉しそうにこちらを見つめるのに珍しいな。もしかして疲れて寝ているのかな?そっと足音を立てないように近付くと、目を瞑って寝ている。
寝ているけれど、眉をギュッと寄せて苦しそうにしてる。
え、大丈夫かな?起こした方がいいかな?
ちょっと迷って、そっとラトさんのベッドに腰掛けて背中をそっと叩く。
トントンと叩くと、ギュッと苦しそうにしていた眉が少し緩む。
あ、良かった。ちょっと楽になったかな?そう思っていると、また苦しそうに体をギュッと丸める。
もしかして、呪いが何か悪さしてるのかな?
急に心配になってきて、私はラトさんを連れてきたマキアさんが預けてくれた魔石を思い出す。あれで連絡をして、どこか医療所に連れていってもらった方がいいかも。
「ラトさん、今助けを呼ぶね」
一応声を掛けてから、側を離れようとすると、グッと私の手首が掴まれた。
「キュウ‥」
「ラトさん、起きてるの?大丈夫?痛い所とか‥」
顔を覗き込むと、今だに苦しそうに目を瞑っている。
どうしよう‥、今の私には何もできない‥。
と、ハッとする。
「歌‥」
私の歌で奇跡が起きるかわからないけど、歌わないよりはいいよね。
とはいえ、なんの歌がいいかな?
神殿の歌を思い出そうとするけれど、ラトさんの苦しそうな顔を見て頭が混乱するばかりだ。
「こ、子守唄なら‥」
昔、前世でお母さんに歌ってもらった歌をうろ覚えながら歌ってみる。
ラトさんの苦しいのが早く治りますように。
あとできれば目を覚まして欲しい。
そう思って、トントンと空いた手でラトさんの背中を叩きながら、子守唄を歌うと、あれだけ苦しそうな顔をしていたラトさんが落ち着いて、それどころか嬉しそうな顔に変わった。
え、すごい!私の歌の効き目?
それとも子守唄効果?
でも、あれだけ苦しそうな顔をしていたラトさんが落ち着いた顔で寝たのを見て、私の歌でも役に立てたんだ‥そう思ったら嬉しくて、しばらく子守唄を歌って‥、
そのままラトさんのベッドで寝落ちしてしまった‥。




