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番犬にキスを。


乙女達に支えられながら、案内された場所は神殿の奥。

白い鳥は私の肩から、パタパタと飛び上がって教壇の上にちょこんと降り立った。



「ここって‥」



犬の呪いを解こうとした薬草が入った瓶を隠した部屋じゃないか、


乙女達と部屋へ入ると、絨毯の上に犬になったラトさんをはじめ、ディオ様やシルクルさん、王都の神殿の歌の乙女達が静かに体を丸めて寝ている。


ニーナさんがそんな様子を見渡して、私を見つめる。


「そもそもね、番犬ちゃんがマキアさんにずっと前から「トーレンが怪しい」って言っててくれたから、クロードがこっちへすぐに駆けつけてくれたんだよ」

「えっ!?い、いつから??」

「冬の祭りの後だったかなぁ」


そんな前から??

驚きつつ、静かに寝ているラトさんの側にしゃがんで、そっと頭を撫でる。

そういえば、ラトさんはこっちへ来て以来ずっと家の周りを見回りしてくれてたっけ‥。きっと警戒してくれてたんだろうなぁ。でも、それを心配かけまいとしてくれてたんだろう。



呪いの世界で見たあの小さく寂しそうなラトさんを不意に思い出す。

‥あんな事があっても人に優しくできるラトさんってすごい‥。そんなラトさんを私も助けたい。



ラトさんの頭を優しく撫でてから立ち上がると、ニーナさんに手招きされる。


「薬草の入った瓶も使いたいんだ。スズ、開けてくれる?」

「あ、はい」


急いで教壇の後ろの棚を見ると、


「あれ?」


瓶の中には確かに薬草が入っていたのに、今はキラキラと光ってる?

ど、どういう事??ニーナさんを見上げると、ニヤニヤ笑って「いい出来だなぁ」と言うので、どうやらこれでいい‥のか?ガラス扉を開けて、ニーナさんに手渡すと、ニーナさんは満足そうに頷く。



「よし!じゃあ、乙女達。ワンコちゃん達を取り囲むように立ってくれる?」



ニーナさんの言葉に右側にベタルの乙女達。

左側にペペルの乙女達。

その真ん中に私が立つ。



「えーと、で、何を歌うの?」

「そりゃ、春の歌じゃない?」

「目を覚ませ的だしね」

「もう少し良い例えがあってもいいんじゃなくて?」



メルフィラさんが呆れたようにそう言うと、ベタルの乙女達は顔を見合わせ、


「ペペルの乙女って真面目なんですね〜〜」

「同じ前世持ちなんだろうけど、ちょっと昔の時代のお嬢様なのかな?」


おいおいおい。

違う、違うそうじゃない。しかも歌は考えてなかったんかーーい。

乙女達の会話に神官長様がちょっと咳払いする横で、ニーナさんがゲラゲラ笑っている。うん、いつもの光景だな‥。



「うーん、じゃあ「芽吹きの歌」は?」



私の言葉に乙女達がざっと一斉に私を見つめる。

え、だ、だめ??だって芽吹いて、土から顔を出せって感じだし‥。夢から覚めるって意味でもいいかなって‥そう説明しようとすると、


「スズってさ、歌は下手なのに曲選うまいよね」

「歌詞もたまに間違えるのにね」

「音程も外すじゃん」

「奇跡もあれだしねぇ」


「ちょっと!!!心を合わせて歌う前に挫けさせないでくれる??!」


こちとら1週間ぶりに起きたってのに、なんだって君らはそう容赦ないんだ!泣いちゃうからね!!じとっと睨むと、皆はニマッと笑う。



「芽吹きの歌を歌うか!じゃあ、3・2‥」



え、ちょっと待って、音!音を取らせて!!

そう思う間に、メルフィラさんが出だしの高音を綺麗に出す。

それだけでベタルの乙女達の顔がパッと輝いで、皆で顔を見合わせる。歌が好きで、上手な人も好きだもんね。



そうして、皆の声がだんだんと重なって綺麗なメロディーが神殿の中を満たしていく。すると白い鳥が嬉しそうに羽を羽ばたかせ、神殿の中を飛んでいく。



サッと光が神殿の中を照らされ、白い大理石の床も壁もキラキラと輝き出すと、周囲で固唾を呑んで様子を見ていたパトの神殿の神官さん達から歓声が上がる。



ああ、綺麗な空間だなぁ。

ウキウキと嬉しくなる芽吹きの歌を、皆が笑顔で歌っていて、それを見るだけでも楽しくて、嬉しい。ああ、ポンコツでもこうして歌い合って、心配し合って、助け合える友達がいるってありがたい。もう全てがありがたい。そう思えて胸がじわじわと暖かくなる。



呪いの世界を見ただけに、今はしみじみとありがたく感じてしまう。

そうして願うのだ。嫌なことも、辛いことも、苦しいことも、たくさんあるけれど、優しい、嬉しい、楽しいこともちゃんとある。もっとそれが皆に沢山ありますように。


願うように、祈るように、みんなと一緒に歌っていくと、ニーナさんが持っていたガラス瓶の蓋を開ける。すると瓶の中からキラキラと光る光が神殿の天井にふわふわと上がっていったと思ったら、今度はそれが雨のように降り注ぐ。



皆はそれを感動したように見上げつつ、最後のフレーズを歌っていくと、犬になった神官さんの一人が人間の姿に戻って、一人、また一人と、犬から人間の姿に変わっていく。驚きつつも歌っていくと、王都の乙女達も、ちょっとうるさかった小神官のカレンズさんも、人間に戻っていく。



ラトさん、ラトさんは?

呪いを更に上乗せされた状態と聞いていた私は心配で堪らない。

以前としてこげ茶の犬のラトさんを心配で見つめると、乙女の一人が私の耳元にこそっと囁く、



「こういう時って、キスで戻るもんじゃないの?」



え?!!

驚いて、乙女仲間を見ると、皆は歌いつつ親指を上げている。

なんでそういう時の団結力ってすごいんだ、君達は。

乙女に背を押された私は歌いつつ、ラトさんの前に一歩足を進め、しゃがみこむ。


皆、ニヤニヤしながら歌っててて、本当にいい性格だと思う。

じとっと皆を睨みつつ、ラトさんに戻って欲しくて‥、犬になったラトさんを抱きしめる。



あの怖い世界でも私を守ってくれてありがとう。

どうか早く戻って、あの青灰色の綺麗な瞳で嬉しそうに微笑んで欲しい。

大きな手で私の手を握って欲しい。



犬になったラトさんの口にチュッとキスをすると、目の前が光で弾けて‥、抱きしめていたはずの私はラトさんになぜか抱きしめられていた。あ、あれ??





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