番犬と企み。
神殿の隠し通路の中をディオ様と歩いて行くけれど‥、一体どこへ着くんだろう。ドキドキしながら狭い薄暗い通路を歩いていくと、ディオ様がピタリと足を止める。
「‥ここ、さっきみたいに押していいんですか?」
小声で聞くと、ディオ様が小さく頷く。
前を見ると、変哲も無い壁なんだけど‥、犬になってもディオ様が賢いままで本当に良かった。そっと手で壁を押すと、白い光が差し込んできて、目を細める。
ゆっくりと足を踏み出すと、そこは神殿の礼拝所だった。
真っ白い部屋に、大理石で出来た白い床。白い壁。そして奥にはやはり大理石で出来た大きな教壇がある。
「もしかして‥、あそこに隠そうと思ってました?」
「ワン!」
やっぱりね。
神殿の教壇の裏には大事な教典が入っている棚がある。
そこに物を入れると、入れた人が良いと言わないと開かないシステムになってるのだ。まぁ、それも王族とかの大事な物を隠す場所として使われてるんだけど‥。
私とディオ様は急いで走っていって、教壇の下にある棚のガラス扉を開ける。中を覗くと何冊か本が置いてあるだけだ。これなら中に入れても大丈夫そうだ。そっとガラス瓶をその中に入れて、扉を閉めようとした瞬間、
『スズさん。番犬を返して欲しければ、出て来てください』
ビリビリと頭の中に直接声が響いて、目を見開いた。
え、なに?!どこから声がしたの??
驚いて周囲を見回すと、神殿の礼拝所の外に何かが見える。
そっと外をディオ様と覗くと、白い中庭の床にラトさんやシルクルさん、そして何人かの騎士さん達が倒れている!
「え、ラトさ‥」
『あと少しで出てこないと‥』
トーレンさんの声がまた頭の中に響いた‥と、思ったら、中庭に倒れている騎士さん達が次々とポンと音を立てて「犬」に変わっていくではないか!!驚いて、目を見開くと意識を取り戻したのかシルクルさんが犬になってしまった騎士さん達に駆け寄る。
「だ、大丈夫か?!い、犬に‥」
『お前もだ』
シルクルさんがポンと音を立てて、シェパード犬になってしまって‥、キャウン!!と悲痛な鳴き声が聞こえた瞬間、私は窓から顔を出す。
「もうやめて!!!ここにいるから、やめて!!!!」
『ああ、やっぱりそこにいたんですね。さあ、すぐにこちらへ降りて来て下さい』
トーレンさんの面白そうな声に、私は怒りで頭の中が真っ白になった。
なんだってこんな事をするんだ!!
神様がいくら憎いからって、こんな風に守ってくれる存在を犬にするなんて許せない!ディオ様が首を横に振って、キュンキュンと鳴くけれど、止めないで!もう絶対トーレンさん殴らないと許せないんだもん!!
急いで中庭へ降りて行くと、グッタリと横たわるラトさんの側で、トーレンさんが面白そうに笑っている。私の姿を見たシルクルさんが目を丸くして、ワンワンと鳴いている。
「トーレンさん!皆を元に戻して下さい!!」
「それは無理です。だって、もう呪ってしまいました。一生解けません」
「えっっっ!!!!?」
「ニーナさんでも、きっと無理だと思いますよ?」
クスクスと口元に手を当てて微笑むトーレンさんに、私は真っ直ぐに走っていくと、思いっきり手を振りかぶって右頬を引っ叩いた。
「っつ‥!!」
いった〜〜〜〜〜〜!!!
引っ叩いた手が痛いんだけど!!殴られた方がずっと痛いと思ってたけど、殴った方も痛いなんて初めて知ったわ。右手を抑えて涙目の私がトーレンさんを睨むと、トーレンさんはどこか寂しそうに笑う。
「きっと、貴方ならそうしてくれると思いましたよ」
「っへ?」
「でも、もう遅いんです。全部、遅いんです‥」
トーレンさんがそう言うと、トーレンさんの両手から黒い液体がドバドバと流れ出し、足元を黒い液体が水溜りのように溜まっていく。驚いていると、その液体がまるで意思を持ったように体を持ち上げる。
「もう全部無くなってしまえばいいんです」
トーレンさんがそう呟くと、液体はまるで津波のように私もディオ様も倒れているラトさんも、シルクルさんも飲み込んでしまった。




