番犬、主人の心知らず。
花畑に私とラトさん、シルクルさん、ニーナさんとで着くと、ラトさんが早速籠を持って昨日教えた花をどんどん摘んでくれた。シルクルさんも手伝うと申し出てくれたので、遠慮なく花を教えて摘んでもらう。
うん、黙々とできる作業が今は心地いい。
なにせ明日王都の神殿の歌の乙女達が来るって聞いて、今私の心は絶賛「聞いてないよぉおおおお!!しかも春の祭りの歌も、祝福の歌もまだまだ練習足りてないんですけどぉおおお!!!」と、荒ぶっているし。
ラトさんは私から少し離れて、薄ピンクの花束をせっせと摘んでくれているけれど、いつもなら私から片時も離れないのに、なんだかシルクルさんが来てから静かだし、どこかよそよそしくて‥。
番犬よ一体どうしたんだい。
ハァッと重い溜息が出ると、ニーナさんが私を面白そうにツンツンと突く。
「なんですか、ニーナさん‥」
「いやぁ〜〜、面白い展開に目が離せないなって」
「うううう、他人事だと思って!!!」
「まぁ、そうだね。でも歌の乙女が来るとなると忙しくなるだろうなぁ〜。あーあ、美味しいお酒入ったから飲もうと思ってたのになぁ〜」
完全に他人事だな。
私は歌の神様に家に帰ったら、本当どうにかして下さいってお願いしようと思っているのに。と、シルクルさんが花束を抱えて私の方へやって来る。
「スズさん、この花はこれくらいで大丈夫ですか?」
「あ、はい!ありがとうございます」
「いいえ、歌の乙女のお手伝いをできるなんて名誉な事ですから」
ふわりと柔らかい春の風のような笑みに、つい男性に耐性のない私は顔が赤くなってしまう。うん、照れ臭い。ひとまずシルクルさんから花束を受け取って、私の持ってきた籠に入れると、シルクルさんは少し離れた場所にいるラトさんをチラッと見て、
「しかし、スズさんはお優しいですね」
「へ?」
「「呪い」を掛けられている守護騎士を側に置くとは、よほど信頼されているのだな‥と」
「信頼‥?」
「こう言ってはなんですが、スズさんが「呪われる」可能性だってあるでしょう?」
ラトさんの花を摘む手が、一瞬止まったように見えたけれど、ラトさんはまた黙々と花を摘んでいて‥、私はシルクルさんの言葉が聞こえてないかと思わずハラハラしてしまう。
いや、確かについ先日呪いが移ったけどさ‥、別に迷惑だとか怖いとかそんな事考えた事ない。むしろ呪いがあろうが、なかろうが、ラトさんは私にとっては大事な人で‥、側にいて欲しい人だ。
あ、でも待てよ?
私にとってはラトさんの「呪い」は気にならないけど、ラトさんにとっては?
もしかして歌の乙女のくせに、奇跡はろくに起こせないし、歌ってもラトさんの「呪い」を解呪も出来ない私の方が嫌とかないかな?!
さっと青ざめて、ラトさんを見つめる。
どうしよう‥、王都の神殿の乙女が来て歌ったら「呪い」が解呪できたら‥。ラトさんは、それでも私の側にいてくれるんだろうか。不意にあの小さな家に一人でいる自分を想像して、胸がギュッと苦しくなる。
「スズさん?顔色が優れないようですが‥」
「あ、い、いえ、元気一杯です!!」
私とシルクルさんのやり取りに、ラトさんがハッとしてこちらへ駆け寄ると、サッと私の手を握る。
「スズ、大丈夫か?一度家に帰るか?」
「ラトさん‥」
いつものように心配そうに私を見つめるラトさんに、ホッとしてしまう。
嗚呼、こんなに優しいラトさんを失うのを怖がっている私って‥、本当、自分勝手だな。ズンと勝手に落ち込むけれど、同時にラトさんが握ってくれた手の温かさに安心してしまう。
「‥もうちょっと摘んだら帰ります。それで足りそうですし」
「そうか?なんだったら、家に一旦戻って俺が摘んでも‥」
うう、番犬が優しいが過ぎる。
良心がチクチク痛むけれど、仕事もある!うう、社会人って大変だ。
心配そうに見つめてくるラトさんの青灰色の瞳を見上げて、手をそっと握る。
「‥一緒に、あっちの花を摘んで貰えますか?」
ちょっとだけ‥ラトさんに甘えてみると、ラトさんは一瞬目を丸くして、でもすぐに破顔して私の手を強く握り返してくれた。
「もちろん、いくらでも」
嬉しそうに目尻を下げるラトさんを見ると、胸がギュッと痛くなる。
好きだという気持ちと、これからも側にいてくれるのかなって不安が胸の中でグルグルと渦巻いて‥、私はぎこちなく微笑むと、ラトさんと一緒に歩き出す。
あーあ、私がいつでもしっかりと奇跡を起こせる乙女だったらなぁ。
そうしたらラトさんの「呪い」も解けたのかな‥。そう思ったら、またズンと胸の中が重くなった。




