番犬、防戦!
ラトさんと割れたガラスを片付けて、一緒に朝食を作って食べる。
‥っていうか、「呪い」を掛けられたかもしれないのに、呑気に朝食食べる私達って‥。そう思うけれど、本日は目玉焼きを上手に焼けたし、仕方ないよね。
「ラトさん、ちょっとした疑問なんですけど「呪い」って一般人ができるものなんですか?」
ふと湧いた疑問をラトさんに素直にぶつけてみると、ちょっと驚いた顔をする。
「‥いや、そもそも一般人には出来ないんだ」
「え、でも神官様達は‥」
「青い小石を覚えているか?ああいった道具を媒体にしないとそもそも「呪術」はできないんだ」
「あ、だから獣人の国でも宰相さんが管理してるって‥」
「そうだ。そもそも一般人が気軽にできるものではない。王族を守る為に使われていたんだ」
「呪術で?」
「あくまでも守る為の一つの方法だった。だが、それが徐々に悪用されるようになって‥、この国では禁止される事になったんだ‥」
そんな経緯があったんだ‥。
神官のお爺ちゃんには「危ないから使ってはダメだ」くらいのふんわりとした説明だったけど‥、確かに剣や魔術とは違って「呪い」は気付けないもんなぁ。
「‥じゃあ、防戦一方ですね」
「そうだな‥。残念ながら。でも、スズの歌があるからな」
いやいや私の歌ごときでどうにかなるものじゃないでしょ。
私はちょっと眉を下げて笑うと、ラトさんが私の手をちょっと離してから、指を絡める。お、おお、ちょっとこの繋ぎ方照れるのですが?
頬が赤くなるのがわかって、手を離して欲しいとばかりにチラッと見上げると、ラトさんはニコニコ笑って私の手の甲にチュッと音を立ててゆっくりキスをした。
「ら、ら、ラトさん!??」
「手の甲は大丈夫そうだな」
「か、確認しなくていいですから!!」
「大事な事だ。何かあったら危険だしな」
「これ以上危険な事はないと思いますよ‥」
「もちろん、俺もそれを望んでいる」
そう言いつつ、私の手の甲にまたもキスするので私はもう外へ飛び出して、駆けずり回りたい衝動に駆られている。お願い番犬、手を離して。今すぐに!
「ラトさん、手を‥」
「‥ずっとこうしていたい」
甘くて、見つめられると溶けてしまうんじゃないかと思うくらいの視線に、勘弁してくれ〜〜〜!!!そう心の中で叫んでいると、玄関のドアがノックされて、私の体が盛大に跳ねた。
「だ、誰かな〜〜?」
「俺が行く」
いや、貴方話せないじゃないか‥。
しかしラトさんは私の手をそっと離すと、スタスタと歩いて玄関を開けると、そこにはルノさんが腕一杯に紙袋に入った手紙の束を抱えて立っている。
「ルノさん?その手紙‥」
「あー‥、王都の神殿からの手紙なんだけど‥」
そう言って、チラッとラトさんを見上げると、
「王都の神殿から、とりあえずこの釣り書きを先に渡して欲しいって連絡きてさぁ〜。すっごいな、スズ。ポンコツなのに」
「最後の一言、絶対いらなかったなぁ〜〜」
呆れた!
歌の乙女が来るんだから、まずはどんな歌を歌うか‥とか、春の祭りのことについて相談するのが普通なはずなのに、お見合いの資料を先に送ってくるとか‥。小神官のカレンズさんだっけ?どんな人でどんな神経してるんだろ。
スタスタと歩いてルノさんの腕一杯に抱えられた手紙の束を受け取る。
中を覗いてみると、色とりどりの凝った封筒が入っていて‥、乙女仲間なら「選びたい放題だわ!」とか「どの人が一番イケメンかな?」とか言って面白がりそうだけど、我が家には番犬がいるのだ。しかも心配性で、優しい番犬が。
「とりあえず、捨てておきます」
「え?!いいのか??!俺、チラッと見たけど結構貴族の名前書いてあったぞ」
「‥別に貴族と結婚したい願望はないです。あるとすれば、奇跡がもう少しわかりやすく起きてくれればいいなぁくらいで‥」
「一番難しい願望だな」
「ルノさん、本当にいつか蹴っ飛ばしますからね」
全く!なんて言い草だ!歌の乙女として、正しい願望だぞ?!
大量の手紙をむすっとしたまま、暖炉の中に置いてマッチを付けようとした途端、手紙の束が真っ黒な炎に包まれる。
「え?」
「ワン!!!」
ラトさんが私の腰に腕を回して、グイッと自分の方へ引き寄せ、手紙から離れた瞬間、真っ黒な炎が天井まで上がり、今度は私とラトさんを包もうとするように襲いかかってきた!
『炎よ、消えよ!!!』
凛とした声が聞こえたと思った瞬間、水で出来た傘のようなものが目の前に広がり、黒い炎がジュワッと音を立てて瞬間跡形もなく消えた。
驚いて手紙の束を見ると、確かに黒い炎に包まれたと思っていたのに、まるで焦げてない。
「な、なに‥。なんで、」
「あらら〜〜、なんか面白そうな事が起きそうだと思ってたら、もう起きてたね!」
‥この明るい声。
クルッとラトさんと一緒に後ろを振り返ると、ルノさんの後ろから顔を出したのは、それはもう面白そうにワクワクした顔のニーナさんだった。




