番犬、乙女の‥。
ベタルの騎士団から以前、お手紙を送って欲しいと言ってくれたトーレンさんがうちへ挨拶にやってきてくれたけど、そのついでにとんでもない手紙も持ってきてくれた。
なんと王都の神殿の小神官様からお見合いしませんか的な手紙。
えーと、さっきラトさんから歌の乙女について相手を選ぶ権限は「乙女」にあるって聞いたんだけどな?ラトさんを見上げて、
「‥ラトさん、選ぶ資格って」
「‥‥もちろんスズにある」
ですよね。
ラトさんが悔しそうに呟くけれど、いや、そもそも私の番犬はラトさんでしょ?
チラッとラトさんを見上げて、
「私は番犬がいるから、結構ですって伝えておきます」
そういうとラトさんは一瞬目を丸くすると、私の手をぎゅっと握って、
「‥本当に?」
「なんでそこで弱気になるんですか。言ったじゃないですか私の番犬って」
王族相手に宣言しちゃったんだけど?
言ってからじわじわと赤くなった顔でラトさんを見上げると、天を仰いでいる。
「ラトさん?」
「歌の神に感謝してもしきれない‥」
「あ、そういう?」
よくわからないけれど、感謝するのはいいことだ。
ひとまず手紙を封筒に戻して、気まずそうに手紙を持ってきてくれたトーレンさんにお礼を伝えておいた。まぁ、持ってきてくれた事にはお礼は大事だしね。
トーレンさんの他にも数人騎士さん達が村にすでに来たらしく、今日は近くの村の宿に泊まるそうだ。
「明日、改めて村長さんにもご挨拶に伺いますが、取り急ぎ手紙を‥と思って。でも、春の祭りの前にこんな手紙、すみません‥」
「悪いのはトーレンさんじゃありませんから、一切気にしないで下さい。それより夜の移動は危険なんで気をつけて下さいね」
そういうとトーレンさんはようやくホッとした顔になった。
まったく小神官ともあろう者が、守護してくれてる騎士さん達を困らせるんじゃない。ラトさんなんて、さっきまですごい怒りの表情だったし。
ラトさんと一緒にトーレンさんを見送ってから、手紙はさっさとキッチンの戸棚の奥にしまってしまう。うん、これでちょっと心が穏やかになれる。
と、ラトさんが後ろから私を抱きしめる。
「ら、ラトさん?」
「‥すまない、スズ。気を使わせて‥」
「いや、あんな手紙届いたら誰だって驚くし、嫌な気分になりますよ」
しかもいきなりお見合いしない?って‥。
これはパワハラ?それともセクハラになるの?
そんな事を考えていると、ラトさんが私の肩口に顔を寄せる。
「‥‥さっきの嬉しかった」
「は、はい」
「ずっと俺を飼ってくれ」
「‥‥それは、もちろんですよ」
しかし良いのか?飼うって‥。
そこは恋人として一緒にいて欲しいじゃないのかい?
思わず遠くを見つめると、ラトさんの綺麗な指が私の顎をそっと撫でる。
「ラトさん?」
ふと顔を上げると、甘い瞳のラトさんが小さく微笑む。
「あ」
と、言った瞬間にキスをされて、ぽかんとしている私にラトさんが嬉しそうにふにゃっと笑うと、
ボン!!
何かが爆発したような音がして、ラトさんの体が一瞬にして濃い茶の犬に変わった。
もう一回言おう。
犬に変わった。
もう大丈夫だよねって言ってた矢先に犬になったぁあああ!?
私も犬になったラトさんもお互い顔を呆然と見つめあって、
「わぁああああああ!!!!」
「わ、ワウワウ!!!??」
お互い叫んだ。
いや、待て!!叫んでる場合じゃない!!
非常事態だ!急いでラトさんを抱きかかえ、抜け殻と化してしまった上着をラトさんの体に巻きつけた。
「ラトさん、ともかくすぐにニーナさんの所へ行きますね!」
「ワウ‥」
まずはニーナさんに聞こう!
呪いの「残り」がまだあるって知ってたし、ニーナさんならきっとなんとかしてくれる!そう思って、急いでランタンを手に取って、家を出ようとすると、ちょっとめくれた床に足がつまづいて、壁に思い切り頭を打ち付けてしまった。
「い、いった〜〜〜〜〜!!!」
「わ、ワウ!ワウ!!?」
「わぷっ、ら、ラトさん、大丈夫!大丈夫だから!」
顔をペロペロと舐められて、唇も舐められたその瞬間、
ボン!と、またも爆発したような音が響き、
今度は真っ裸のラトさんが現れて‥、
一瞬の間の後、
「「わぁあああああああああ!!!!!」」
小さな家の中、私とラトさんの叫び声がそれはそれは木霊した。
っていうか、これどういう事ーー!!!??




