番犬、あとで。
マキアさんが言うには、本来は獣人国にしか存在しない根っこの魔物が各地で暴れたのは、恐らく反王族派の残党のせいだろうという事で、今後調査される事になったそうだ。
「まぁ、姫の輿入れも決まって、獣人国ルルカも調査に協力してくれる事になったんで、早めに解決しそうですけど‥。念の為、スズさんも気をつけてくださいね。まぁ、ヴェラートがそれだけくっ付いていれば大丈夫だと思いますけど」
そう言って、チラリと私の手をしっかり握ってピタッとくっ付いているラトさんを見つめるマキアさん。その目はどこか虚無の世界へ行きかけている‥。あ、ちょっと行かないで!虚無の世界へいかないで!
しかし、ラトさんはそんなマキアさんの様子を気にする事なく、
「もちろん大丈夫だ!」
と、言うので私も思わず恥ずかしくて、虚無の世界へ行きかける。
いかん‥、戻ってこい私よ。
玄関先でマキアさんを見送ろうとする私とラトさんを見て、マキアさんが小さく微笑んだ。
「まぁ、歌の神に選ばれたスズさんだし、「番犬」に認定されているヴェラートもいるので大丈夫だと思いますが、何かあればまた連絡するし、駆けつけますね」
「マキアさん、本当に!本当にありがとうございます!!」
「いや、むしろこちらがスズさんにヴェラートをお願いしてしまって‥」
ラトさんが「何も問題ないが?」って顔をしているけれど、うん、まぁ、問題はない‥。距離は近いけど。
マキアさんは、「気をつけて!」と言いつつ持ってきた転移の魔石で帰って行ったけれど‥、いいなぁ、あんな便利アイテムうちにもあったらいいな。そうしたら、今なら神官長様になんで私が歌の神様に選ばれたのか‥とか、聞けるのに。
と、ラトさんが私の手をそっと握る。
「スズ、今日は疲れたろ?休んだ方がいい」
「‥そうしたいんですけど、マキアさんから春の祭りの話を聞いてしまった以上、村長さんにも話をしておかないとだし、お祭りの準備もしなきゃだし‥」
大変気が重いけれど、仕事は仕事。
眉を下げてそう話すと、ラトさんが柔らかく微笑み、私をそっと抱きしめる。
「ら、ラトさん!??」
「スズは、本当に素敵だ」
「ええ??どこが?」
「逃げてしまいたくても、すぐに切り替えて、もう立ち向かおうとしてる」
それはなんていうか、逃げられないってわかってるから?
私を優しい瞳で見下ろすラトさんを見上げると、ますます嬉しそうに微笑んで、
「スズのそんな強いところも好‥」
「っだぁああああああ!!!!!お口、ちゃああああっっっく!!!!」
慌ててラトさんの口をバシッと手の平で塞いだ。
あ、あっぶな!!!うっかり好きって言っちゃだめだから!!犬から戻ったのは神様のお陰で、私の力なんてミジンコよりもないのを忘れないでくれ!!
口を押さえられたラトさんは、ちょっと驚いた顔をしつつも、私の様子を見てフニャッと笑う。
「いつものスズだ」
「いつも通りですよ?」
「元気なスズ‥と、いう意味だ」
「あ、そうですね。元気、ではありますね」
甘い視線に、ちょっとドキッとするとラトさんがすかさず私の唇にキスを落とす。
「可愛い」
「〜〜〜〜なぁあああ!!!い、いきなりしないで下さい!」
心臓の準備ってものがあるんですよ?!
いきなりされたら、心臓止まっちゃうんですけど!?
と、ラトさんはますます甘く微笑んで、私の耳元に顔を寄せる。
「じゃあ、今からしたい」
「い、今!!??」
「ダメか?ちゃんと聞いたぞ?」
「そ、それは、」
そうなんですけど〜〜〜!!
ダメだ、聞かれてもやっぱり心臓が止まってしまいそうだ。
目をウロウロさせていると、ラトさんが私の額にキスをする。
「スズ‥」
「おーーーい!なんか王都の神殿から親父の所に手紙が来たんだけどーー」
玄関の向こうから、ニヤニヤしながらルノさんが手を振りつつこちらへやって来たのを見た瞬間、ラトさんを突き飛ばそうとした。‥まぁ、無理だったんだけど。逆に抱きしめられる事態になったんだけど。
「て、手紙‥もう来たんですか?」
「あ、なんだ。何か話を聞いてたのか?」
ええ、先ほどバッチリと。
血の涙を流したい気持ちでいっぱいの私の手をラトさんがギュッと握る。
「えっと、とりあえずラトさん、人前だから一旦離れましょう!!」
「では、後で」
「え、えええ‥」
「後で」
「‥わかりましたぁあああ!!」
「おいおい、スズ。ちゃんと番犬しつけとけよ」
「ルノさん、ラトさんは人間です」
ツッコミが追いつかない会話をしつつ、王都の神殿からの手紙と聞いて、一気に胃の辺りが重くなる。や、やっぱり来るの??本当に?って思っちゃう辺り、やっぱり私は強くないと思うよ?ラトさん‥。




