番犬、随時大事!
熱を出した翌朝、まさかの声が出ないというアクシデントが発生してしまった。まあ、体調が戻ればすぐに治るだろう。
ラトさんはキッチンで何度も私を振り返りつつ、朝食を作ってくれて、一緒に食べている時も心配そうに私を見つめていた‥。あの、視線が刺さります‥。私はもう笑うしかなくて‥、ラトさんに微笑みかけると、ラトさんは照れ臭そうに視線を外すけれど、またじっと見つめてきて‥。
えーと、君は一体なにが言いたいんだい?
言いたい事があれば言ってくれていいんだよ?そう思って、ラトさんの手を握ると、カチッと固まるし‥。ダメだ、話ができないって不便だな。朝食を食べ終えてから、貸してもらった板切れに『ご馳走さまでした。お皿片付けます』と書くと、ラトさんは首を横に振り、
「いや、スズは座っててくれ」
『片付けくらいさせて下さい。それに一緒にやった方が早いですよ』
「‥‥じゃあ、片付けだけ」
渋々といった様子のラトさんに笑いかけ、お皿を一緒にシンクに下げるけれど、ラトさんはそれはもう「心配で堪らない」という顔をしているので、思わず笑ってしまう。こんな強そうな騎士さんが私の行動でオロオロしているって面白いなぁ。心配性だなぁなんて思いつつお皿を洗い始めると、ラトさんが何も言わずともお皿を受け取って拭いてくれた。
うちの番犬は優秀だなぁ。
あ、恋人か。
お皿を片付けたら、先にラトさんの書類をやっつけて‥、それから洗濯と祠の掃除をしようかなって思っていると、お皿を洗い終えた私をラトさんは軽々と横抱きしたかと思うと、またキッチンの椅子に座らせた。な、なんで??目を丸くして、ラトさんを見上げると、すぐに私の手を握り、
「スズはこれ以上家事はしないこと」
え、ええ?!!
でも洗濯も祠の掃除もしたいし‥、板切れに書くと、ラトさんが私を見て
「それは俺がする」
って宣言したけど、いやいやラトさんだって仕事から帰ってきたばかりで疲れてない?そう思うのに、ラトさんは頑として譲らない。くそう、喋れないって本当に不便だな。思わず頬を膨らませる私にラトさんが私の頭を撫でると、柔らかく笑う。
「‥スズに元気になって欲しいから、無理はしないで欲しい」
『もう元気です』
「声が出ない状態は、万全ではないだろう」
ぐうの音も出ない。
うっと言葉に詰まると、ラトさんが可笑しそうに笑う。
「今度はスズが俺みたいだ」
あ、ラトさんもそう思ったんだ。
私は頷いて、板切れに『不便です‥。早くラトさんと話をしたい』と、書くとラトさんは嬉しそうに微笑んで、私の手をぎゅっと握って顔を寄せる。
あ、これはもしやキスしようとしてる?!
慌てて目を瞑るとラトさんが私の額にキスをして、ふっと小さく笑う気配を感じたその瞬間、
「おーーい、スズ風邪治ったか〜〜?」
玄関から、ノックの音と同時にルノさんの声がして私とラトさんの動きがピタリと止まった。
る、ルノさん‥?
私は目を開けて、玄関のドアをブスッとした顔をして見つめるラトさんを見て思わず笑ってしまった。と、ラトさんはそんな私を見て、ちょっと照れ臭そうにすると玄関のドアを開けにいってくれた。
ルノさんは、「お、起きてるじゃねーか」と言いつつ軽く手を上げ、手に持っていた籠をラトさんに渡す。
「番犬に風邪引いたって聞いたうちのかみさんが心配して、色々作ってくれてさ。良かったら食べてくれ。で、調子はどうなんだ?」
ええ、絶賛声が出ません。
板切れにそう書くと、ルノさんは目を丸くした。
「まじか!それは困ったなぁ‥」
何かあったのかな?
首を傾げると、ルノさんが玄関の方を振りかえる。
釣られて私とラトさんもそちらを見ると、後ろに優しそうな顔をしたおじさんが立っていた。
誰だろ?
私はルノさんを見ると、後ろにいた優しそうな顔をしたおじさんを指差し、
「うちの親戚なんだけどな。花の香を作る名人なんだ。毎年春に合わせてリアナ姫に頼まれて香を作ってたんだけどよ、今年はなぜかいつも咲く花が一部だけ全く咲かないんだ」
えっっ!??リアナ姫??!
思わぬ名前にドキッとして、私は思わずラトさんを見上げると、
「確か「春の祭り」に合わせて城で花の香を焚くと聞いている」
と、大変安心する説明してくれた。
な、なるほど‥。思わず結婚!?って思ったよ‥。って、待て待て!花畑!?
私がルノさんを見ると、うんうんと一人頷き、
「スズ歌って、花をいっちょ咲かせてくれよ」
無茶苦茶言ってるーー!!!
私はブンブンと首を横に振って、板切れに『私の奇跡はしょぼい』って痛む心を抑えて書いたけど、花の香を作るおじさんはもう涙目で、
「お、お願いします!!花をぜひ‥!でないと、我が家は路頭に迷ってしまいます!!」
「ほらほら、スズ!そんな訳で頼むぜ?」
無茶苦茶やがなーーー!!
歌の神様、声が出ないのにどーすればいいですか‥?




