番犬、知らぬ間に。
ラトさんが慌ただしくどこかへ行く夢を見た。
ああ、話せないのに大丈夫かな?怪我をしないといいなぁ。
ところで私の体が痛いんだけど、なんでだろう?夢なのにおかしいなぁ‥。ん、待って夢?!
薄っすら目を開けて、びっくりした。いや、待って?これベッドじゃなくて、土じゃない?頭だけなんとか動かせることに気が付いて、顔を動かすと辺りは薄暗い森の中だ。
も、森?
でも待って、この光景どこかで見た覚えがある。
えーと、あれだ!ラトさんと一緒に霧が立ち込めた源泉の洞窟の近く‥。
でもなんで私がここに?驚いていると、後ろからバキッと枝が折れた音がして振り返ると、ペペルの神官のバレウス様が立っている!?ちょっとペペルの乙女達はどうしたの?それと私はなんでここに?そう聞こうとして、ハッとする。
声が出ない?!
喉に手を当てようとするけれど、体がまた急に縛り付けられたように動かなくなった。驚いた顔をするとバレウス様の顔がニタリと笑う。
「ふむ、術はちゃんと効いているようだな」
術?
術って何??目を丸くすると、バレウス様が私に指を向けると、体が急に立ち上がる。え、これってもしかして魔術?でもなんで私に魔術をかけてるの?完全に混乱している私を横目に林の奥に何かキラッと光る物が見えた。すると、バレウス様をそれを拾ってこちらへ見せるように持ってきた。
それは大きな鏡の一部で、半分に綺麗に割れた鏡を私に見せると顔を歪めた。
「せっかく私の掛けた術を歌で解除してしまうとはなぁ‥。ろくな奇跡も起こせない乙女だと聞いていたのに油断した」
術を解除!?
もしかして、歌った瞬間に割れた音がしたけど‥あれって術を解除した音だったの?
そうしてふとニーナさんが「山はずっと晴れていた」って言ってた言葉を思い出した。‥術って、もしや幻術みたいなものだったんだろうか。ここだけ霧を発生させて、魔物も見せて‥、そう考えたら離れた場所から見たら山が晴れていたって納得できちゃう。
じゃあ、お湯が出ないのもバレウス様に何か原因があるのか?
だからペペルから乙女を派遣しようとしなかった‥?
とはいえ、私は何も言えないし、動けない。下卑た笑みで私を見ているバレウス様をきっと睨み付けると、バレウス様は面白そうに笑う。
「おお、声も出ないくせに私に睨むか。しかも術を掛けられているのに‥」
バレウス様はそう言って指をまた動かすと、私の体がひとりで起き上がったかと思うと、いきなり足を進め始めた。な、何をするんだ!乙女の体を勝手に動かすなんて!!慌ててなんとか体を動かそうとするけれど、まったくいうことを聞かない体は、どんどん坂を登っていく。
と、目の前の洞窟に、ハッとする。
もしかしてここって源泉が湧いている洞窟‥かな?
進めば進むほど、水の音が近付いてきて、私の心臓がギュッと縮む。ふわりと水と硫黄の匂いがする。温泉が出ないと言ってたけど、目だけで周囲を見回すとそんな事を全く感じない。足元の細い道の両側に流れる水がチラリと見えたけど、結構水が流れている。
な、なんか嫌な予感しかしないんだけど!?
後ろからバレウス様がゆっくり歩きながらこちらへ近付いてくる。
「ああ、気が付いたか?そうだ、お前は一人源泉の洞窟へ行って歌を歌おうとした、ところが足を滑らせて洞窟の水が深い場所へ落ちた。そういうことにする」
やっぱり〜〜〜!!!
やめて!!そんな最悪な死に方絶対やだ!!
どうにか声を出そうとするのに、声が出ない。しかも体はどんどん水音がする場所へ向かっていく。
「お前の歌が万が一奇跡を起こしたら、危険だからな」
さようなら、そう言われた瞬間、足元が何もない。
声もなく、私は一瞬で水の底に沈んでいって、もがくこともできずに目だけ水面の上を見ると、誰かが水中に飛び込んできて私を抱えたかと思うと、ものすごい濁流にあっという間に流された。
 




