番犬を返却検討。
ラトさんの手を振りほどいて、部屋のドアの前でしばらく泣いて、ようやく落ち着いた頃にドアをノックされた。
今日は絶対ラトさんには返事しない。
そう思っていると、ドアの外から「可愛いニーナさんだよ?開けておくれ」って言う声が聞こえて、思わず笑ってしまった。小さく返事をしてドアをそっと開けると、夕飯を持って立っているニーナさんが困ったように笑っている。
「ちょっと落ち着いた?」
「‥はい」
「夕飯持ってきたんだけど、部屋に入ってもいい?」
小さく頷くと、ニーナさんが「お邪魔しま〜す」と言って入ってくると、窓辺にあるテーブルに夕飯を置いてくれた。
「ほら、一緒に食べようよ」
「え、ニーナさんいいんですか?食堂とかで‥」
「泣いてる乙女を放って食堂で飲み食いするほど白状じゃないわよ〜」
カラカラと笑って、椅子を勧めてくれたので私は静かに座るとニーナさんは何も聞かずに私に小さな小鍋に入ったシチューとカトラリーを渡してくれた。
「ごめんね、今回私が仕事を頼んだばっかりになんだか色々巻き込んじゃったね」
「え!?い、いやいや、ニーナさんは全然悪く‥、いや、馬車の一件は悪いな?」
「あはは!スズのそういう所、本当に好き〜」
「好きって‥、私は自分があんまり好きじゃないですよ‥。ポンコツだし」
「ポンコツなんかじゃないよ。誰かの為にできることをしようって頑張れる人は早々いないもんだよ」
そうかなぁ?
そんなこと、当然じゃないの?
私は首を傾げるとニーナさんは面白そうに笑って、
「エルフなんて自分のしたいようにしている生き物だからね、スズのそういう自分では気が付いてない良いところが眩しく感じられるもんだよ。って、ヤダヤダ年寄り臭いな!」
私は若い、若いって自分に言い聞かせるニーナさんにプッと吹き出してしまう。結構な年数を生きているニーナさんの言葉が今は素直に胸に沁み渡る。
「‥ありがとうございます。ニーナさん」
「うんうん、乙女はやっぱり笑顔が一番だよ。明日は、大丈夫そう?」
ニーナさんが私を見つめると、にっこり微笑んだ。
ああ、気遣ってくれているんだな‥、そう思ったらその気持ちが今はくすぐったくなるくらい嬉しくて、小さく微笑んだ。
「よしよし、じゃあ明日は頑張ろうね。朝食を食べたらすぐに源泉の湧く洞窟へ行くことになったんだ」
「わかりました。明日は雨、降らないと良いなぁ」
「ああ、雨ね。多分もう降らないよ」
「え、なんでわかるんですか?」
「山を観察してた自警団の人に聞いたら、今日はずっと晴れてたんだって」
え??晴れてた??
でも普通霧が出てくる時って、雲が掛かったりするものだよね?
私は思わずニーナさんをじっと見つめると、ニーナさんは面白そうにニヤニヤ笑って、
「とにもかくにもすっごく楽しいことになってるのだけは分かるよ!」
「そこか!そこなのか!?」
そんな楽しんでいる場合じゃないと思うんだけど‥。
じとっとニーナさんを見つめると、可笑しそうに笑って、
「まぁ、どうせなら楽しもうよ!こんなに面白そうなのに悩むなんて勿体ないよ」
「‥それも、まぁそう、なのか??」
と、ニーナさんが私の額にそっと手を当てる。
「ニーナさん?」
「ちょっと目が腫れてるから治しておくね」
「っへ??治す??」
「目がパンパンじゃあ、番犬ちゃん心配しちゃうでしょ」
「‥うっ」
「でも心配されたくないんでしょ?」
「ううっ!!」
まさにその通りです。
ニーナさん、あの一瞬で何かを感じ取ったのか‥。流石だなぁと思っていると、目元がふんわりと温かくなる。
「はい、ちょっと腫れが引いたから明日はこれで大丈夫!」
「え、すごい!!ニーナさん、回復の魔術を使えるんですか?」
「まぁ伊達にエルフやってないからねぇ」
ニコニコ笑いつつ、夕飯を持ってきてくれた籠からやおらワインの瓶を出して、グラスに注ごうとしたので慌ててワインを取り上げた。
「ちょ、なにナチャラルに飲もうとしてるんですか!!」
「え〜、一杯くらいよくない?」
「ダメですよ?!誰ですか町長さんの馬車にぶつかった人は‥」
じとっと睨むと、ニーナさんは「やっぱり隠れて飲むべきだったな」って言うので私がやけ酒したくなった。
っていうか、明日仕事かぁ‥。
ちょっとスッキリした気持ちで夜の窓の外を見つめる。
明日はラトさんに謝って、ちゃんと仕事をしよう。
それでもって、王都へ行くように話そう。そう思って、取り上げたワインを見つめて「仕事を終わったら飲んで良いですよ」とニーナさんに言うと、ニヤッと笑って「今度は一緒に飲もうよ」と言うので頷いておいた。だって私もう神殿にはいないしね?




