番犬、手を振り払われる。
マキアさんがラトさんへ「好きな人に心配をかけたくないのはわかるけど」という発言に、廊下の角で固まるように聞いていた私とペペルの乙女達は、そこに呆然と立ち尽くした。
‥そうか心配かけたくない‥ほど好きな相手がいたんだ‥。ズキズキと胸が潰れそうに痛くて、今までのラトさんの姿を思い出して、胸がぐちゃぐちゃになる。
あの笑顔も、嬉しそうな顔も、完全に全部善意だった。
私はそれをどこか「もしかしたら好きなのかな?」って完全に勘違いしてた‥。それなのに「番犬」って言って、側にいさせて。そのせいでラトさんは好きな人に会えなくて‥。だから、時々ラトさんが私を見つめる瞳が寂しそうだったのかな。‥私が引き離しちゃったから‥。
それって、つまりは‥
「そ、そんなやっとお会いできたら、失恋なんて‥」
メルフィラさんの言葉にハッとして、ペペルの乙女達を見ると全員さめざめと声もなく泣いている。すごい‥。ラトさんの「好きな人がいる」威力すごい。思わず泣きそうになった私の涙が引っ込んた。と、とりあえず、ラトさんに気がつかれないように移動しよっか!??慌てて自分の部屋へ行こうと声を掛けようとすると、
「スズ〜〜?そこで何してるの?」
ニーナさぁああああああん!!!!!
そこでデカイ声を出さないでぇええええ!!!
ラトさん達がこっちに振り返ろうとした瞬間に、ペペルの乙女達と私は急いで顔を引っ込め、さっと立ち上がるとニーナさんは「すご!動き、全部同じだ!」って面白がっているけれど、今すぐ泣きたい‥。
すぐにラトさんとマキアさんがこちらへ来るけれど、ペペルの乙女達はまだ涙している子はいるし、メルフィラさんも涙目である。どーすんだこれ‥。
しかし、メルフィラさんはぐっと涙を拭き、私をビシッと指差す。
「これで、私と貴方は対等ですわ!明日の温泉の復活。乙女として勝負です!!」
「え、ええ?勝負はそちらにお譲り‥」
「勝負ったら勝負です!!!でないと立ち上がれないんです!!!」
ラトさん達はメルフィラさんの発言にどういうこと?とばかりに私を見つめるけれど、主な原因はラトさんです。‥そっか、でもメルフィラさんは強いなぁ。私なんてラトさんの顔をちらっと見ただけで泣きそうになっているのに、神殿で数回しか会ってないのに好きだったメルフィラさんはもう乗り越えようとしているんだ。
私は手をぎゅっと握りしめ、メルフィラさんを見つめる。
「‥ポンコツですけど、頑張ります」
「ええ、では明日。皆さん行きますよ」
メルフィラさんはペペルの乙女達に声を掛けると、廊下の向こうへと行って‥、角を曲がった途端、ラトさんが私の手を素早く握った。こ、こら!!!今一番手を繋ぎたくないのに!!
ラトさんは心配そうに私の顔を覗き込んで、
「何かあったのか?」
って、いつものように聞くけれど‥。
本当にそれやめて、そんな風に心配されたら今泣いちゃうんだけど。
泣くな、勝手に自分で勘違いしていただけのくせに‥。ぐっと泣きたい気持ちを堪えて、引きつるような笑みでラトさんを見上げる。
「だ、大丈夫です。お互いに励まし合ってただけ、です」
「でも‥」
「えーと、今日はもう疲れたんで、部屋に戻りますね。あの、なので手を‥」
そっとラトさんの繋いでいる手を離そうとすると、ラトさんが私の手をギュッと握る。
やめてよ、そんなことするから誤解しちゃうのに。
ぼろっと涙が出てきて、ラトさんに
「手を離して下さい!!」
強く言って、振りほどくように手を引っ張った。
瞬間、ラトさんが驚いた顔をして私を見つめるけれど、もう無理だ。
今日だけは無理。
ラトさんの手の力が緩んだ瞬間に、私は部屋に飛び込んでドアを閉めるとヘタリとしゃがみ込んだ。
頭の片隅で、手を振りほどいた瞬間驚いて、悲しそうな表情をしているラトさんの顔がちらついたけれど、もう無理。今日で全部気持ちを忘れるから、そっとしておいて欲しい。次から次へと涙が出て、膝を抱えるとドアの前で声を殺して泣いた。
この温泉の依頼が終わったら、ラトさんが好きな人の所に戻れるようにしよう。
そう思えば思うほど胸が痛くて、涙が止まらなくて、メルフィラさんの「失恋」という言葉を思い出した。そっか、私は失恋したんだな‥。
っていうか、明日仕事あるのに失恋。
歌の神様、私は歌える気がまったくしません‥。




