婚約破棄された娘は死んだ婚約者に復讐をする
「実際のところ、真実の愛ってそんなに素敵なものかしら?」
王宮の裏手側。日の当たらない、そして周りに何もない一角に向かってそっと声をかける。つい最近土が掘り返されたのか、長方形型に色が異なって見えるが、特に上には墓石も何も置かれていない。
「強引に王命を拒否したいと思うほどに?」
第三王子であったあなたは、私との婚約を一方的に破棄して新たに男爵令嬢と婚約したいと、彼女との間には真実の愛があるのだと卒業パーティで盛大に宣った。
結局あなたは王命に対する反逆で廃嫡、そして同じく男爵家から追い出された彼女と二人、平民として生活することになったと公的には通達されている。
けれど実際そんなことあるわけない。仮にも王族を野に放つなど、クーデターの傀儡として担ぎ上げられるに決まっているのに。だからあなたは処分された。北の塔でひっそりと。
そして、華々しい王族の墓地ではなく、王族でありながら問題を起こした者たちの溜まり場である一角にその遺体は投げ込まれた。
王子妃教育で、こうした裏の話も聞いていたのよ。そういう場所があるって。
「悔しいけれど、今日はあなたにお別れを言いに来たの」
今日は、あなたに勝手に婚約破棄宣言をされたことに、王家から私的に謝罪を受けるために登城したの。王子妃教育もなくなるし、今後は王宮に顔を出すこともないでしょう。
そうそう、あなたの愛した彼女はまだ平民街にはいないわ。あなたとの子供がいないか確認が取れるまで、王宮で匿われているらしいわよ。まさか既に手を出していたなんて。さすが王家の暗部は何でも知っていたのね。ならば婚約破棄を叫ぶ前に何らかの手を打ってもらいたかったものだけど。
まぁ、使えない駒は残しておいても問題にしかならないし、いずれやらかすならば早い内に処分した方がましと判断したのでしょうね。王妃は散々懇願したでしょうけれど、こんな人間は王家には不要だわ。
王や王太子ならともかく、第三王子が側妃や愛妾など持つことはできない。彼女と添い遂げたければ、私との婚約を何とかしなくてはと卒業を前に焦ったのでしょうけれど。
馬鹿よね、1年前まで平民だったという男爵家庶子の嘘に踊らされ、私が彼女に嫌がらせをしていたと思ったなんて。
知らなかったと思うけど、私あなたのこと大嫌いだったのよ。
「平民もどきに騙されるなんてね」
ねぇ、覚えているかしら。私が双子であったこと。侯爵家長女である私と長男である弟は、二つ上だったあなたの遊び相手として、早々に引き合わされたわ。それからしばらくしてよね、あなたとの婚約が王命で決まったのは。そうして何故か病死した弟。
今はまだ王太子殿下には御子がいらっしゃらないから、しばらくあなたは王子のままで、私は王子妃となるはずだった。けれども王太子に御子が生まれれば、あなたは我が侯爵家を継ぐ形で臣籍降下することは早い時点から決まっていた。
知っているわ。王妃があなたをとても可愛がっていたのは。この国を背負って立つ王太子、そして隣国第一王女と結婚が決まっている第二王子に比べ、第三王子であるあなたは腹黒くもなく、とても素直な子供だったから。それこそ人の言葉の裏なんて読むこともできないほど。それは王族として致命的だと思うのに。
「覚えているわ。私はあの日のお茶会を」
まだ5歳だった私と弟。王妃様が手ずから準備してくださったお茶会には、王妃様と第三王子であるあなただけが先にいらしていたわよね。
大臣職の仕事のある父に連れられ登城した私たちは、父とは別に王妃の侍従に園庭まで案内されることになっていた。それを私たちは断ったの。まだ時間も早いから、お茶会の場所の前に中庭で盛りの薔薇を見てみたいと。もともと幼かった私たちの、童顔で小柄な母に似て年齢より更に幼く見えてしまう私たちの上目遣いは、大人にはかなり有効だったらしくて、一も二もなく同意してもらえたわ。勿論ある程度離れたところに控えてはいたけれど。
そうして薔薇園を見ていた私たちだけど、実はそこにはお茶会の場所を見られる一角があったのよ。幼く見えても私たちは侯爵家の跡取りよ。暗殺の危険もあったし、念のため怪しい人がいないか事前チェックをするつもりだった。
そこで聞こえてしまった王妃とあなたの会話。第三王子であるあなたはいずれ、王族ではなくなるから、その時に新しく爵位をもらうか、それとも私と結婚して侯爵家を継ぐかと。弟がいるのに何を、と思った私たち。でも、あなたはにこやかに笑って言ったわよね。私がお嫁さんになるなんて嬉しい。それに、新しい爵位なんて誰にどう聞けばいいかわからないから、継いだ方が私の親から教えてもらえて楽じゃないか、と。
勿論私たちの更に遥か後方に控えていた侍従には全く聞こえていなかった。けれど私たちはしっかり聞いたわ。
そうしてお茶会で婚約の打診がされた。勿論父がいない場だからと返答を濁したけど、王妃が話すからにはほぼ本決まりと捉えるしかなかった。あなたは、幸せにすると誓うよなんて言ったけれど、そんなことはどうでもよかった。
弟の体調が急激に悪化したのはそれから数か月後。私に婚約者の王命が下った後。
私たちは本当に食事には注意していたのに。だけど王家の暗部の方がやっぱり優秀だったということよね。
毒が盛られたという証拠はない。でも食事の後で弟が急に崩れ落ちて、息子の婚約者の弟だから心配だという王妃の声掛かりで王宮医師が派遣され、それを拒むこともできない間に弟の体調はどんどん悪化していった。どう考えてもそれは毒でしか有り得なかった。
だから私たちは最後の賭けに出たの。体調の悪い弟を連れて、母と共に侯爵領に戻ったのよ。空気の良い所で静養させたいと言って。
今動かせば死ぬと脅されたけれど、王宮医師に診察される方がもっと危険だった。だから私は幼い我が儘のふりで、ひたすら言い募った。弟に領地の景色を見せればきっと良くなるはずだと。
そうして死にかけの弟を、どれほど心の凍る思いで領地まで連れて行ったことだろう。眠っている弟が二度と目覚めないのではと思いながら進む馬車の道のりは、本当に恐ろしかった。
実際、領地への移動は弟の体にはかなり負担だったと思う。それでも弟はやり遂げてくれた。領地で信頼できる医師に来てもらい、弟の体から王家が混入した知られていない毒の血清を作ることができたのだから。
「誓ったのよ」
おそらく王家はこの先も利己的な理由で、王家秘蔵の毒を使うことがあるでしょう。でもその時にはこの血清で王家の相手方を絶対に救ってやるのだと。僕の血を使ってという弟に、必ず王家に目に物見せてやると誓ったわ。
あなたは自分の言葉が何を引き起こしたか分かっている? 婚約者として葬儀の場に来て、私を慰めていたあなたは、本当に何も知らなかったのだと分かる。けれどそれが何だというのだろう。
それにあなたを連れて領地に来た王妃が、本当に弟が亡くなったのか棺をしっかりと検分していたのを見た時は、それこそ反吐が出る思いだったわ。あのハンカチで隠した口元。王妃が笑っていたのが、幼い私は下から見えたのよ。
でもね、この血清、もっと良い使い道を発見したの。
領地の医師は弟を助けるために奇天烈な発想で色々なことをしていたのだけど、大量に出来上がった血清と色々な毒を掛け合わせて、化学反応もどきで弟が生き返らないかと亡くなった弟に無理やり投与していたら、まさかゾンビとして生き返ることができたなんて。もっとも弟の場合は、ほんの数分程度だったけれど。
姉さん、苦しい、助けて。
繰り返すのはその言葉だけ。それが弟自身の思考から出てきていたのか、喉に染み付いた言葉だったから繰り返していたのかは分からない。でも、確かに脈も途切れているはずの弟は、目を開けて数分間その言葉を繰り返し、そしてまたその目を閉じた。
王家の暗部が優秀なことはよくわかっていた。だから、私は王子妃教育が始まるまでずっと領地にいたのよ。王都にいる婚約後に来たメイドなど、弟に毒を入れた人かもしれないと考えたら怖くて仕方がなかったから。だから、領地の孤児たちに教育を与えて、彼らに侯爵家に入ってもらった。
そうして、領地では医師と助手になった孤児に、領地で死んだ野犬などを使って研究を重ねてもらっていたわ。死んだ弟の眠りを妨げたことは万死に値すると今でも思っている。そして、神に対する冒涜だということもわかっている。でも、王家を決して許せなかった。
これは、医師と助手、私と父だけの秘密。暗部にばれないように、領地の片隅で彼らにこっそり実験してもらっていた。建前上は野良の動物は疫病を持っていることがあるから、死骸を引き取って確認するのだということで。
でね、しっかりゾンビとして生き返ってしまう薬ができたのよ。
だから、あなたがいるこの場所に来たのよ。この瓶、お酒が入っているように見えるでしょう? 今日のために、わざわざ領地から助手に持ってきてもらったの。傍からは、献杯しているようにしか見えないはずよ。たとえ暗部の方が見ていても、そして私の話すことを聞いていたとしても、何もおかしなところはないわ。
沢山かけてあげるわね。あなたはまだ亡くなったばかりだから体があるでしょうけれど、以前に殺された方はどうなっているのかしら。出て来られる方が多いといいわね。
そして皆様暴れ回ってくださいな。もし意識があるのでしたら、王家の暴露話でもしていただければ尚結構。
腐っているだろう方々を見たくないので、私そろそろ失礼させていただきますわね。
これから先、体がすべて腐り落ちるまでもう一度動けるようになるそうよ。
真実の愛のお相手をその間に探しに行けるといいわね。
おそらくあなたが最期に閉じ込められた北の塔あたりに、彼女はいらっしゃるんじゃないかしら。
「ロマン溢れる未来を、今度こそ掴んでくださいね」