番犬
榊視点です。
夜の総合病院、榊は自分の仕える主の荷物を持ち病室を訪れる。そこは特別室に準ずる豪華な部屋で、一定の寄付をしている家しか使えない場所だ。その部屋に静かに入ってみると主は疲れたのか寝ている。それもそうだろう。主は事故に遭い、3日ほど目が覚めず今日起きたばかりなのだ。
主の姿を確認すると荷物が入ったキャリーケースをベッド脇に置き自分は備え付けられているソファーに座り時間を過ごす。
どれ位経ったのだろうか。廊下に気配を感じそっと病室を出るとそこには絶対来ないであろう男がいた。
「よぉ、番犬」
「おや、珍しい事もあるものですね。どうしました婚約者殿、お嬢のお見舞いですか?」
せせら笑い嫌味を言う榊に美夜の婚約者、玲王は一瞬眉間に皺を寄せるが不機嫌な顔に戻り
「お前に話がある」
「私に、ですか?ヒマじゃないんですけどねぇ」
戯けて話す榊に苛つき舌打ちしながら問う。
「どうだ?」
「どうだ、とは?」
「……お嬢だ」
「お嬢はお休みになられていますよ」
「チッ、分かってて言ってるだろ。アレは本当に記憶を失くしているのか?記憶を失くした振りをしてまた何かしようとしてんじゃないのか?」
「ああ、そちらですか。……そうですね、記憶喪失は本当でしょう。私がいつもと違う対応をしても何一つ変わらなかったですし、『記憶は無いけど今までの事を謝らせてほしい』と言っていましたよ」
驚き目を見開く玲王を見つめくつくつと笑う。
「謝ったのがそんなに不思議ですか?確かに今までのお嬢なら謝らないでしょうね」
「今までの?」
榊の言い方に違和感を覚えて片眉を上げる。
「ええ、記憶を無くす前のお嬢は暴虐無尽で謝る事を知らない方でしたが……今日のお嬢は普通の女の子ですね、残念です」
少しがっかりしてみせた榊は恍惚とした顔をし
「ああ……早くあの高飛車でお仕置きするお嬢に戻ってほしいものです」
「……変態が」
「ふふっ、だからこそ私がお嬢の側にいるのですよ」
「チッ」
もうこれ以上話すことは無いときびすを返し歩き去る背中に
「恋人の所へ行かれるのですか?良かったですね、今のお嬢ならその方に手は出しませんよ」
榊の言葉に返事をせず玲王は病院を後にする。
姿が見えなくなった廊下でボソリと言う。
「逆に危害を加えられそうですけどね」
その音は玲王の耳には届くことはなく、ため息を一つ吐き病室へ戻ると寝ている美夜を見つめ
「体だけ求めてるといつかしっぺ返しが来ますよ。まあ、その時守るのはあなたではなく私ですけどね。なにせお嬢の番犬ですから」
ふっ、と口角を上げ目を閉じ開いた瞳は全て漆黒に染まり、人形の様な顔に変化する。それは死んだ優妃を神様の元へ連れて行った者の体を成している。
『それにしても神様の尻拭いも何度目ですかねぇ』