エピローグ きっと私達はマスターピース
何回かの経験を通して、私は水野さんの事が少し解った。水野さんは既に、初めてを奪われていて、その相手は大人の女性だ。そして多分、その人は水野さんの叔母さんであった。
水野さんは自分の初体験に付いて無言を通したけど、その代わり、「私の叔母さん、つまり母の妹は絵描きなの。今は海外で絵を描いてるわ」と教えてくれた。水野さんと叔母さんの関係は、誰にも言えない秘密のもので、恐らくはアトリエの画室と浴室で睦み合っていたのではないか。……まあ、私の推理に過ぎないし、答え合わせをするつもりも無いけれど。
初めて私を押し倒して愛してくれた時の、水野さんの動きは大人から仕込まれたものだと感じた。きっと水野さんは真剣に、相手を愛していたのだろう。それでも別れる事になって、どんなに辛かっただろうか。そんな水野さんは今、私なんかを真剣に愛してくれている。
「あの、水野さん……そろそろ休憩にしない?」
「まだ駄目。あと少し、続けさせて」
これはベッドでの会話、という訳ではない。そもそも私達は、まだ一回もベッドで愛し合った事が無いので。私達の関係は、まだ水野さんの親にも私の親にも内緒だった。そんな二人が愛し合うのは決まってアトリエの中で、画室の床や浴室での行為は常に燃え上がった。
若いというのは凄いもので、体の節々が痛くなりそうな硬い床での行為も何とも無い。もうベッドでは物足りない身体になっているのかも。水野さんと同じなら、それもいいか。
それで先ほどの会話だけど、場所は画室。私達は絵を描いているだけだ。お互いに全裸で。
「もう少しで一段落するから。そのまま、続けててね」
そう水野さんが言う。私達は裸で椅子に座って、それぞれ絵を描いている。私は自分の課題を仕上げていて、そして水野さんの絵のモデルにもなっているのだった。彼女が描いているのは『絵を描いている裸婦』というタイトルらしくて、念のために言っておくと、この作品は学校にも何処にも提出されない。私と水野さんだけの密やかな楽しみである。
これまでの夏休みで、私も時々、裸の水野さんをスケッチさせてもらっている。お互いに裸で絵を描き合うのは、どうせ我慢できなくなって愛し合う事になるのが分かっているからだった。もう私は、水野さんと愛し合うために絵を描いているようなものである。
水野さんは叔母さんとも、こんな事をしてたのかなぁ。少し、嫉妬心が湧いた。
「うん、これで一区切り。休憩しましょう」
「水野さんも、お疲れ様。じゃあ御褒美をあげる」
たゆん、と私は片方の胸を、下から腕で揺らして見せる。水野さんは内側の敏感な部分を殴られたような反応をした。切なそうな表情で椅子から立ち上がり、こちらへ歩いてくる。その姿は、絶対に逆らえない崇高な存在へ近付こうとする、信徒のように感じられた。
私は椅子に腰かけたまま水野さんを待つ。彼女は私の前で、まるで祈りを捧げて跪くような姿勢で胸に縋りつく。水野さんは赤ん坊のようになって、私は彼女の頭を撫でてあげる。
「私の胸、そんなに好き?」
「好き……好きぃ……」
きっと水野さんの叔母さんも、胸は大きかったんだろうなぁと私は思った。私から見れば水野さんは完璧な存在で、その評価は今も変わらない。水野さんは神様が作った最高傑作なのだと私は信じている。そして完璧な水野さんには、きっと安らげる時間や場所、そして相手が必要なのだろう。
浴槽の温い湯の中で、私達は仲良く過ごす。私の初体験の時、水野さんは激しかったけれど、本来の彼女は受け身なのだと私は知った。私より軽い水野さんは今、持ち上げられるような形で、私に白い背中を向けて湯に浮かんでいる。そして好き放題、私に体を弄られていた。
「こんな事ばっかりしてたら、莫迦になっちゃう……」
「水野さんは少し、莫迦になってもいいと思うよ」
後ろから耳を食むように、水野さんに伝える。浴槽の浮力を利用した、この態勢は彼女の前面にも、可愛らしいお尻にも簡単に指が届くのだ。小鳥が囀るような、可憐な喘ぎ声の水野さんは全くの無防備で、こうされる事を望んでいたんだなぁと思うと私の胸は熱くなった。
「ねぇ、水野さん。東京の大学に行こうよ。私も偏差値が低い大学を探すから」
水野さんなら、美大でも普通の良い大学でも行けるだろう。そして偏差値が低くても、就職に強い大学というものはあるらしい。そういう進路を私は目指す事に決めた。
「何処かアパートを借りてさ。そこで一緒に暮らそう? きっと楽しいよ」
きっと東京のアパートは家賃が高いから、こんな広いお風呂には入れないだろう。そろそろ私達も、普通にベッドで愛し合う練習を始めるべきかもだ。既に水野さんは何も聞こえなくなっていて、引き続き私は作業に没頭する。
私には何も際立った才能は無い。でも水野さんは、私に取っては邪魔でしか無かった大きな胸と、私自身を愛してくれた。つまらない土塊のようだった私は今、非公認ながら水野さんの恋人である。金貨のような価値があるものに、水野さんは私を変えてしまった。まるで神の御業だ。
人は皆、それぞれが神様による最高傑作なのだろう。人の価値を引き出すものは愛だ。私は水野さんから美を見出され、愛を与えられて価値を引き出された。だから私は、これからの人生を水野さんに捧げて行きたい。
「海に行こうよ、水野さん。そこで思い出を一杯、作ろうね」
温い湯の中で、私は海を幻視する。そこは母親の胎内のように水で満たされていて、中には裸の私達が居る。まるで世界を覆うように海は広がっていて果てしなく続く。争いの無い、穏やかな空間。そういうものを私は作り上げて、水野さんを閉じ込めて絶対に逃がさないのだ。
「だぁい好きだよ、水野さん……」
呪文のように私は繰り返して、水野さんの耳を舌で味わう。きっと今年は最高の夏休み。
完結です。