表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

1 見てるだけで満足だったんです。ええ、本当に

 高校三年生となれば、受験を(ひか)える立場(たちば)だから、夏になれば部活動の引退を考える。七月になった今の時期、美術部の部室には私と水野さんしか居ない。水野さんくらい絵が上手(うま)ければ、きっと美大にだって行けるのだろう。私が部室に居るのは、ただ受験から逃げているだけであった。


 中学では陸上部を辞めて、顧問の先生を失望させて。高校に入っても特技は見つからなくて、良い大学には行けそうもなくて両親を失望させている。それが私である。


 絵を描く事は、これからも趣味として続けていきたい。今、私は部室で、自分の油絵を描きながらもチラチラと水野さんの方を見ている。私は彼女と、まともにお話をした事が無かった。いつも水野さんは怖いくらい真剣で、自分の課題に集中して、部員とも(しゃべ)らずに帰っていく。クラスも違う私は、彼女が教室で、どんな子で居るのかなぁと一人で考えていたものだ。


 私は水野さんの事を何も知らないに(ひと)しい。このまま、(まじ)わらないまま高校生活も終わってしまうのかなぁと思った。いつも水彩画を描いている彼女と、油絵に挑戦している私。『水と油は交わらない』などという言葉が胸の中に浮かんだ。


 何か(はな)()ければ良いのかなぁ。きっと友達(づく)りが上手(じょうず)な子なら、携帯でのお話やメッセージアプリで、(またた)()に水野さんとの距離を()めるのだろう。そんな才覚(さいかく)は私に無い。逆に言うと、私には何があるのだろうか。水野さんを満足させられるものが思い浮かばない。


 絵も下手(へた)で知識も無くて、一歩ごとに(つまづ)き続けて前進も出来(でき)ない私。挫折(ざせつ)した元・陸上部。高校でも何も()られなくて取り残された私は、前を進む水野さんの背中を見送(みおく)るのが精一杯(せいいっぱい)。彼女は自分の道を迷いなく進んでいるように私には見えた。なら、私は、彼女の邪魔(じゃま)をしてはいけない。そういう事だろうと思った。


 こんなに色々と考えていては絵なんか描ける訳もなくて、(ふで)が止まってしまった。いけない、(へん)に思われたくない。ううん、変に思われるのは、まだ(かま)わない。(きら)われたくない。


貴女(あなた)なんかが、私の事を好きですって? 笑わせないでよ、近づかないで』


 そう言われて拒絶されたら、たぶん私は一生、立ち直れない。死に(いた)る失恋というものはあるのだと、私は思う。ゴッホも若い時に失恋をして、そして立ち直れず、不幸な人生を送った。ゴッホの(むく)われなかった初恋は二十才の頃で、その時の相手は異性だった。そして晩年、同性である画家のゴーギャンと共同生活をしたけれど、それも破綻(はたん)。絶望したゴッホは自分の耳を切り落として、それから二年も()たない内に自殺である。三十七才だった。


 異性からも同性からも拒絶された人間は、どうやって生きていけば良いのだろう。そんな事を私は考えて、だから安全(あんぜん)(さく)として、これからも水野さんの事は遠くから(なが)めるだけにしようと思っていて。そんなだから、いつの()にか、その水野さんが私の背後に立っていた事なんか全く()づけなかったのだった。


「ねぇ。さっきから声を掛けているんだけど」

「ひゃい!?」


 はい、と言えなくて変な声が(のど)から出た。後ろから氷水(こおりみず)を背中に流し込まれたら、こんな反応をするんだろうなぁという手本みたいな姿の私が居る。立っている彼女の前で、私は腰を()かして椅子(いす)に座ったままだった。


「ななな、何でしょうか。私が何か無礼(ぶれい)を働いていたら、どうか(ゆる)して(いただ)きたく」


 自分でビックリするくらい卑屈(ひくつ)な口調になった。前世でも私は無名の町娘(まちむすめ)とか、そんなポジションで生きていたのだろう。きっと水野さんは前世では、お殿様(とのさま)とかなのだろうなぁ。


「そうじゃなくて、絵の話。絵というか、今後の予定の話なんだけどね。それを聞きたくて」


 絵の話? 予定の話? 私の絵が(ひど)すぎるから、今すぐ荷物をまとめて視界から消えてほしいとか、そういう事を言われるに違いない。そう思って画材などを片付(かたづ)ける準備に入ろうとしていたら、水野さんは説明を続けてくれた。


「ほら、もうすぐ夏休みでしょう。だからさ……良かったら、私の家に来て、一緒に描かない?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ