体育会系悪役令嬢が役に立たない
やったぁ! 交通事故に遭ってサイアクーと思っていたら、乙女ゲーム世界に生まれ変わったわ!
私はヒロインのアンジェラ!
今日からこの学園に通って攻略対象達とラブラブイベントをこなして過ごすのよ! 楽しみー!
攻略対象は四人いるんだけど、私の推しは断然、王太子のクリストファー!
クリストファーと結婚して王妃になるのよ!
でも、クリストファーの婚約者のエリザベータが邪魔してくるのよね! エリザベータは公爵令嬢で、めちゃくちゃ偉そうでヒロインを「平民ごときが!」っていじめるの! クリストファーにべったりまとわりついて嫌われている嫌な女よ!
あっ! あそこにいるのは……クリストファー!
いよいよゲーム開始ね!
まずは学園の門でクリストファーとヒロインがぶつかるところからよ!
『す、すいません!』
『いや、大丈夫かい?』
『は、はいっ!』
『見かけない顔だけれど、もしかして転入生かい?』
『はい! アンジェラと申します!』
『僕はクリストファー。よろしくね』
『よろしくお願いします! クリストファー様』
『クリス様! 何をなさっておいでなの?』
『エリザベータ……彼女が転んだので支えただけだよ』
『クリス様がそんな下賤な者に関わってはいけませんわ!』
『何を言うんだ、エリザベータ!』
『あなた! そこをお退きなさい!』
『きゃっ!』
『大丈夫か? エリザベータ! 何をする!』
『あわわ……私は平気ですから』
『クリス様に近寄らないでちょうだい!』
『すまない……お詫びに僕が教室に案内するよ』
と、こうなる訳よ。
よーし、行くわよ!
走っていって、クリストファーの前で躓いたふりをして……
「きゃっ」
よし、完璧!
このままクリストファーに倒れ込んで……
どどどどどどどっ!!
「オハザーッス!!!」
どっかん!
「ぎゅふっ」
なに? なんなの? クリストファーに倒れ込む寸前に猛烈な勢いで走ってきた何かに弾き飛ばされたんだけど!?
「大丈夫かい? おーい、エリザベータ。人を轢いたらダメだよ。謝りなさい」
クリストファーが倒れた……というか勢いで地面に突っ込んだ私に手を指しのべてくれたけれど、なんか思ってたのと違うわ。
私をはね飛ばしたものは、少し離れたところでキキーッ!と止まった。
「うっす! サーセン!!」
ドレス姿の令嬢が勢いよく九十度に腰を曲げた。
エリザベータ……って、これが悪役令嬢?
「すまないね。エリザベータも悪気はないんだ」
「申し訳ないっす! お詫びに校庭百周してきます!!」
微笑むクリストファーの横でびしっ!と直立する悪役令嬢。
な、なんか、ゲームで見たのとちょっと違う。
「ところで、君は転入生?」
「は、はい。そうなんですぅ……」
「転入生っすか! ヨロシクオナシャーッス!!」
そんな腹から良い声出さないでくれ。
「エリザベータ。お詫びに教室に案内してあげたらどう?」
「うっす! お任せください!」
「え? ちょっと……」
「こっちっすよ!」
悪役令嬢に引きずられるように……いや、引きずられてるわコレ。
何よこれー!? 教室に案内してくれるのはクリストファーのはずなのにー!
悪役令嬢に引きずられて教室入りした私は、席について頭を抱えた。
なんなのいったい!?
ゲームのエリザベータは『おほほほ! 平民ごときが身の程を知りなさい!』とか言うキャラクターだったのに。
間違っても、『校庭百周してきます!』とか言うキャラじゃなかった。
「はっ! さては」
私はあることに思い至ってエリザベータの前に立った。
「さてはアンタも転生者ね!」
「テンセーシャ? 何スカそれ? 新発売のプロテインっすか!?」
「違う! 公爵令嬢がプロテインなんか飲むな!」
くっ……とぼけやがって! こうなったら絶対に尻尾を掴んでやる!
「アンタが転生者だっていう証拠を掴んでやるわ! 覚悟しておきなさい!」
「うっす! ちゃんと鍛えとくっす!!」
「鍛えろとは言ってない!」
覚えてろ。
席に戻った私は次なるイベントを思い出した。
それはお昼のお弁当イベント!
この学校には学食があるんだけど、ヒロインはお弁当を持ってきているのよ。
そこへ悪役令嬢が「あーら? 平民はランチの代金もありませんの?」とか言っていびってくるのよ。
でも、それを見たクリストファーがヒロインのお弁当を見て、
『すごく美味しそうだ。僕も食べてみたいな』
『え……?』
『こんなに美味しそうなお弁当が作れるなんて、君は素敵な女の子だね』
って台詞で背景がキラキラーってなってクリストファーの微笑みが拝めるのよ!
ふふふ……出会いイベントは邪魔されたけれど、お弁当イベントは完璧にモノにしてみせるわ!
私は気合い十分にお弁当を取り出す!
さあ! 見なさい!
「あら、エリザベータ様。今日も手作りスタミナ弁当ですの?」
「うっす! 筋肉付けるためにタンパク質は欠かせないっす!」
「食後の昼休みはドッヂボールをおやりになるの?」
「昨日、騎士団長の息子を倒しちゃったので今日は挑戦者がいないっす!」
ちょっと! 何さらっと攻略対象その2を倒してるのよ!
ていうか、学食行きなさいよ! なんで机の上に重箱広げてるのよ!
「挑戦者がいないのでしたら、久しぶりに私達と……」
「エリザベータ嬢!!」
ああっ! 突然教室に現れた彼は……サイラス様!! 宰相の息子で眼鏡を持ち上げる姿が様になる攻略対象その3!
「先日は破れましたが、あの敗北を乗り越えて私は真の強さを得ました! ありとあらゆる戦術を学び、私の意のままに動く最強部隊を作り上げたのです! 」
眼鏡を光らせ、どこからともなくドッヂボールを取り出す。
「さあ! 戦いましょう!」
「うっす! 望むところっす!」
攻略対象その3まで倒しとったんかい!
結局その日一日、悪役令嬢エリザベータのせいでクリストファーとの仲が縮まらなかった。
おのれ! 明日こそはクリストファーとイチャイチャしてやる!
私は強く決意した。
***
ふふふ。今日は皆より早く登校して、学校の花壇の花に水をやるのよ。
すると、クリストファーが通りかかって、
『誰も見ていないこんな体育館裏の花にまで……君の心は花のように美しいのだね』
『クリストファー様……っ』
ってなるのよ!
だけどそれをエリザベータが目撃していて、花壇をめちゃくちゃに荒らしちゃうのよね。
荒らされた花壇をみつけたヒロインが悲しむ姿に、クリストファーは「彼女を守る」と決意するのよ!
さあ、やるぞー!
「せいっ! せいっ!」
何故か悪役令嬢がクワ持って花壇を耕しているけれど気にしない! 気にしな……気になるわ!
「何してんのよっ!?」
「あ、オハザース!! 日課の畑仕事っス!」
公爵令嬢の日課に「畑仕事」なんて組み込まれるわけないでしょ!! スケジュール管理してる執事のクビが飛ぶわよ!!
「やあ、おはよう。二人とも、早起きだね」
「クリスファー様……っ」
「チィーッス!」
くそぅ! 本来なら花壇の花にうっとりする乙女の姿を目撃されるはずだったのに、ほっかむりした悪役令嬢のせいで理想のシーンがぶちこわしよ!
でもでも、ここで悪役令嬢の好感度を落としてしまえるのでは?
「クリストファー様っ、私、美しい花壇を見たくて……それなのにっ、エリザベータ様がっ」
「花咲いてるッスよ!」
「黙りなさい! 私が見たかったのは茄子の花じゃないのよ!」
「えっ、じゃあ向こうの畑にマメの花が咲いてるッス!」
「なんで学園の花壇がアンタの家庭菜園になってるのよ!? 職権濫用よ!」
あああ! 悪役令嬢が邪魔!! いや、悪役令嬢に邪魔されるのはシナリオ通りだけど、私が求めていたのはこういうのじゃない!!
「エリザベータ!」
はっ! あれは女好きの遊び人だけれどそれは孤独な心の裏返し、両親の関心を妹に奪われて荒んだ心をヒロインに癒されて恋に落ちる攻略対象その4の公爵家嫡男!!
「お兄様、チィーッス!」
「お前の愚行にはほとほと愛想が尽きた……っ!」
おお! ようやくエリザベータを窘めてくれる人が!! よし、やっちまえ! クリストファーは役に立たねぇ! お前だけが頼りだ!
「肥料は○×商会のものを使うべきだ! お前が使っている××商会のものは昔からある商品! 新しく改良されたものの方が作物に合うだろう!」
「そんな! お兄様、××商会の肥料は農夫からの信頼の厚い優れた商品です!」
「だが、農夫の大半は○×商会の肥料に切り替えている! 頭の硬いものだけが古いものにしがみついている! 新しいものを柔軟に取り入れることが出来なければ取り残されるだけだ!」
「何の話をしてんのよ!!」
突如勃発した公爵家兄妹の肥料論争に私は口を挟んだ。
「そんなの、二つの肥料を植物によっていい具合に使い分けるか、絶妙なバランスを見つけ出して混ぜ合わせるかすればいいだけでしょ!」
「はっ!」
「そうか!」
二人ははっと気付いたように目を見開いた。
「君の言う通りだ」
「ありがとう。大切なことに気付かせてくれて」
「公爵家兄妹の諍いを収めてしまうだなんて……君はすごい子だね」
攻略対象と悪役令嬢に感謝され、クリストファーに感心されたが、なんか違う。
私はこんなことがしたかったんじゃないのよ!
***
ええい、もう! なんなのよあの悪役令嬢は!
ちっともヒロインをいじめに来ないし、喋り方は体育会系だし、挑戦しにきた攻略対象2と3を返り討ちにしちゃうから私がその二人と出会えないじゃない!
「食らえ! これが俺の編みだした新技! スーパーメテオアタックだぁぁっ!!」
「甘いっ!!」
「ぐああああっ! 馬鹿なっ……! あれを打ち返すなどっ!!」
「こうなっては私も本気を出さなければいけないようですね……行くぞ、お前達!! フォーメーションZ! 『鳳凰飛翔天空の陣』!!」
「そこだっ!!」
「ま、まさか、この陣の綻びを瞬時に見つけ出すとはっ……!! くっ……このままでは終わらんぞぉっ!! 鳳凰は何度でも蘇るっ!!」
今日もまた2と3が公爵令嬢に倒されてしまったわよ!
こうなったら、ヒロインである私が悪役令嬢を倒して二人を救うしかないわ!
「待ちなさい! 次は私が相手よ!」
「マジっすか! っしゃあ! 負けないッスよ!」
ふっ。愚かな!
私を誰だと思っているの?
前世では小学校でドッヂボールクラブに所属し、中学では全国大会に出場したこともあるのよ!!
「そりゃっ!」
「むっ! とうっ!」
「甘いっ! 覚悟っ!」
「なんとっ? ていっ!」
ボールをキャッチして投げ返す。どちらもボールに当たることなくラリーが続いていく。
くっ……しつこいわ! 悪役令嬢の癖に!
だけど私は負けない!
「ヒロインの底力を思い知るがいい! 『トルネードボール』!!」
私の必殺技は竜巻のごとく悪役令嬢を襲い、その手を弾いてコート外に飛び出したわ!
「やったわ!! 私の勝ちよっ!!」
「くぅぅ~、負けたッス!!」
悪役令嬢が悔しそうに地団駄を踏む。おほほほ! その顔が見たかったのよ!!
「エリザベータ……覚悟はいいかい?」
クリストファーが悪役令嬢に歩み寄った。おお! ここで断罪が始まるのね!
「エリザベータ。僕達にはアンジェラ嬢の存在が必要なんだ」
「クリス様……わかったッス。認めるッス!」
やったー!! やっぱり最後はヒロインが勝つのよ!! あーはっはっはっ!!
「そう、彼女が僕らのチームに入ってくれれば、五人揃う! 大会に出場できるよ!」
クリストファーが笑顔で言った。
大会?
***
それから、私はクリストファー、悪役令嬢、2と3の四人と共に五人チーム制ドッヂボール大会に出場し、隣国の王子率いる「チーム凛極」や聖女で構成された「チーム聖娘」を倒し、決勝戦で魔王率いる「チーム魔界天昇」を破ってこの世界に平和をもたらしたわ!
凱旋した私達を、一人で畑を守っていたその4が温かく迎えてくれて、国中が私達の勝利を祝って盛大な祝勝パレードが行われたわ!
ん? 確かゲームのハッピーエンドは盛大な結婚パレードだったのに……
なんでこんなことになってんのよ!?
「それもこれも全部、悪役令嬢が体育会系なせいよっ!! 責任取んなさいよっ!!」
「うっす! なんだかわからないけど、スンマセン! 校庭百周してきますっ!!」
~おしまい~