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天使の幸せこそ、悪魔の望むハッピーエンド  作者: 真花 涼
僕はね、君を待っていたんだ
3/7

パパとママはね、夢で出会ったんだ。

昔のお話。

とある世界に、血も涙も無いと言われるほど無慈悲な皇帝がいました。

彼が治めるアクワレルでは代々ルージュと呼ばれるクレールが皇帝を継いでおり、彼は歴代の中でも最もルージュの能力を最大限に引き出していた逸材でした。

けれど、強大な能力にはもちろん代償があります。


「………」


血も涙も無い無慈悲な皇帝。

その名は、皇帝が背負っている代償と関係がありました。

強大な能力の代わりに皇帝は感情を表に出すことは1度もなく、その事が原因となり誰もが彼のご機嫌を取ろうと必死でした。

なぜかって?

無表情とはいえ、皇帝の機嫌を損ねてしまえば無慈悲な皇帝は自分に罰を与えると、アクワレルに生きるほとんどの人が怯えながら生きていたからです。


「どこだ、ここ」


さて、そんなある日のこと。

皇帝は気づくと知らない空間で目を覚まします。

周囲には何も無いほど真っ白な空間で、皇帝は慌てる様子もなく歩き出しました。


「何も、無いな」


警戒もせず、ただ散策のために無表情のまま歩き出した皇帝。

どこまで歩いても景色が変わることはありません。

ただ続いている真っ白な空間に飽きてきたのか、皇帝は少しずつ歩みを遅くします。

けれど、そんな時でした。


「………ふぇ…」


「……!」


小さく、声が聞こえたのです。

か細く今にも消えそうな声は一度だけではありません。

歩みを止めると、皇帝は意識を集中して声はどこから聞こえてくるのかを探し始めます。

そして、方向が分かると走り出しました。


「……ひっく…」


「……!」


走っていくうちに声は次第に大きく聞こえ、その声は泣いていることに気づくとさらに走る速度を上げます。

そして、ようやく見つけます。


「おんな、のこ…?」


肩まである白い髪に、汚れなど無い白いワンピースから見えるのは傷が1つも無い白い肌。

この空間に同化してしまいそうなほど、その女の子は全てが白い存在でした。


「……ぐすっ…」


「大丈夫、か…?」


「っ…!」


女の子は溢れる涙を止めようとして何度も両手で目を擦っているので、皇帝は思わず声をかけます。

すると、その声に驚いた女の子は皇帝を見ると目を大きく開いて固まってしまいました。

しまった。

皇帝は自分が皆からなんと呼ばれているのかを思い出し声をかけたことを後悔しますが、今更女の子を1人にするわけにもいかなくて、どうしようかと無表情のままグルグルと頭の中で考え始めます。

そんな時でした。


「……っぷ、あはは…!」


「え?」


「お兄さん、変なの…」


「へ、ん、?」


泣いていたはずの女の子は、突然笑い始めました。

それも、楽しそうに。


「いろんな声が聞こえるのに、顔に出ない人は初めて…」


「……!」


「でも、その声はどれもが優しいね…」


楽しそうに笑う女の子を見て皇帝は安心しますが瞳にはまだ涙が残っており、皇帝はそれに気づくと女の子に近寄り側でしゃがむと頬へと右手を伸ばしました。

親指で優しく涙を拭けば女の子は頬にある皇帝の右手に擦り寄ります。

まるで、感謝しているかのように。


「君は、俺が怖くないのか?」


そこで、皇帝は考えることなく質問していました。

気になったのです。

血も涙もない皇帝と呼ばれている自分が怖くないのかと。

けれど、女の子は皇帝の右手に頬を寄せながら答えます。


「怖く、ないよ…」


優しく笑う女の子。

皇帝は、その姿に胸がぎゅっと締め付けられ思わず左手で胸元を握りしめましたが、胸元に傷などは何もなくて首を傾げます。

傷はないのに、なぜか胸が苦しい。

これは一体なんなのだろうかと答えの出ない感覚に戸惑いますが、その直後に周囲の空間が少しずつ朧げになっていきました。

ぼやけていく光景の中、ハッキリと見えるのは皇帝と女の子の姿のみ。


「これは…」


「時間、みたい…」


「時間?」


「あのね、ここは夢の中なの…」


「夢、ここが?」


女の子はこの光景に慣れているのか、慌てることもなく皇帝に教えてくれました。

夢の中。

つまり、空間が朧げになりつつある現象は女の子と皇帝が現実世界で目を覚まそうとしているということ。


「お兄さん、ありがと…」


「え?」


「いつもはね、泣き疲れるまでここから出られないの…。でも、お兄さんのおかげで今日は気持ち良く起きられそう…」


女の子はそう言うと、少しずつ白い体が透け始めました。

頬に触れている右手からその温もりが少しずつ失われている事に皇帝は焦りますが、夢の中だということを思い出して彼女自身が消えているわけでは無いと気づきます。

そして、消えつつある女の子の頭に右手を乗せると躊躇しながらも彼女に言いました。


「次、からは…」


「……?」


「その、俺を呼んでくれ…」


「……!」


皇帝は思ったのです。

女の子が1人で泣いているのはいつもの事で、泣き疲れるまで出られないというのであれば側にいたいと。

ただ、目の前にいる女の子に笑っていてほしいと。


「1人で、泣かないでくれるか…?」


「………お兄さん、お名前は…?」


「え?」


「お名前、知らないと呼べない…」


名前。

女の子に教えて欲しいと皇帝は言われますが、なんて答えればいいのだろうかと固まります。

そもそも、当代のクレールに個人の名前はありません。

ルージュ・ド・イマージュ。

この名こそが、皇帝の持つ名称でした。

けれど、皇帝はこの名を女の子には教えたくないと思い、咄嗟に伝えたのは。


「シューバリエ」


「しゅ…?」


咄嗟に口にしたシューバリエという名は、アクワレルの皇帝がルージュの名を継承するまでに与えられていた名でした。

アクワレル皇帝ではなく、ルージュの継承者ではなく、ただの1人の自分として女の子には呼んで欲しかったのです。


「呼びづらいか?」


「しゅーば、り…?」


「シューバリエ」


「しゅぅ、ばりぃえ…」


女の子は口が上手く回らないようで、拙い発音で名前を呼びます。

皇帝はその事が嬉しくて心の中で笑いますが、女の子にとっては不満のようで頬をぷくっと膨らまして抵抗しました。

けれど、その姿すら皇帝にとっては嬉しい反応。

こんなにも自身に対して感情豊かに接してくれる人など今までいなかったのですから。


「じゃあ、シュウって呼んでくれ」


「しゅう…?」


「ああ」


呼びづらそうにしている女の子を見て、皇帝は呼びやすいように名前を略しました。

すると、女の子は何度も名前を口にして練習します。

何度も呼ばれる名前に少し恥ずかしい皇帝ですが、重要なことを思い出して女の子に尋ねました。


「しゅう、しゅう…」


「なあ」


「しゅう…?」


「君の名前も、教えてくれないか?」


そういえば、と。

皇帝は女の子の名前を知らなかったのです。


「名前、うん…。私は、ハクっていうの…」


「ハク、か。うん、いい名前だな」


「……!えへへ…」


名前を教えてくれたお礼にと、乗せていた右手で皇帝は女の子の頭を優しく撫でます。

その仕草に対して嬉しそうに笑えば、女の子はそのまま姿を消しました。

けれども、右手には彼女の温もりが残ったまま。


「また、会いたいな…」




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