君は、知るべきだよ。
お城の中へと入り、コツコツと灰色のブーツから鳴る足音を響かせながらゆっくりと歩く。
小さなお客様はキョロキョロと周囲へ視線を向けていて、その姿に思わず微笑む。
ああ、本当に似ている。
でも。
だから、こそ。
「さあ、着いたよ」
「……!」
ただ真っ直ぐ歩いた先に到着した目的地。
目の前に見えたのは、本来であればこのお城の持ち主や権力者が居座る場所。
玉座。
「見たことはあると思うよ。君のパパが座っている椅子さ。でも、私はあの椅子には座りたくなくてね。ミュゼの管理を任されているだけであって、ここを支配しているわけではないんだ」
ミュゼの支配者ではない。
私は、ただの管理者。
加えて、そもそもミュゼは私以外には扱えないのだ。
まあ私が権限を与えれば出来るけども、その権限を与えたい相手など家族以外にはいないし、たとえ家族でも、こんな“無価値なモノ”を見せたくはない。
「そろそろ、本題に入ろうか。でも、その前に聞きたいんだけど、君はミュゼについてパパとママに聞いたのかな?」
腕の中にいる小さなお客様。
彼女がどうしてミュゼに来たのか、私はある程度予測している。
けど、だからこその疑問だ。
ミュゼを訪れる許可を与えた存在は4人。
家族である3人と、騎士である小さなお客様のパパのみ。
でも、小さなお客様はふるふると頭を振った。
「違う?じゃあ、あの双子か…」
私が許可した人物で、小さなお客様が知っているのはパパとママのみのはず。
あと2人である私の兄と姉はそもそも普通では会いに行けない場所にいるし、移動することが出来るのは兄だけ。
そこから辿り着いた答えは1つ。
私をミュゼの管理者に指名した双子だけだ。
「………アイツら、一体どこにいるんだか」
全てを調べ、全てを記録する双子。
彼らは私をミュゼの管理者へと指名し、その直後には姿を消した。
まあ、自由気ままにフラフラと出歩いているだけだろうが、私としては管理者の仕事を押し付けたことで怒りをぶつけたいのが本音だ。
家族の為に自身で選んだ道とはいえ、ミュゼから出られないとか聞いてないし。
「……?」
「……!ああ、ごめんね」
いけない。
双子への怒りで、本来の目的を忘れていた。
「それじゃあ、本題へと入ろう。小さなお客様、君がミュゼに来た理由は力を求める為でしょ?」
「っ…!」
的確に目的を聞けば、小さなお客様は僕の顔を見上げて固まった。
ミュゼに入る為にどうして管理者の許可が必要なのかには様々な理由があり、その1つがクレールを継承する為。
クレールは小さなお客様の世界、アクワレルにおいての能力者の名称。
その能力は継承される色によって変わり、継承に失敗してしまえばその色は途絶えてしまう。
過去にはその失敗によって失われてしまった色もあり、とある時期からは私の先代である双子がミュゼを管理することとなり、色が失われる事は無くなった。
「アクワレルで戦う力を手に入れる方法は2つ。1つはクレールの配下になり、その能力の一部を扱うようになる。もう1つは、君が望んでいる先代クレールからの能力継承。配下になっても扱える能力には限りがあるけども、継承となれば能力の全てを扱える。ただ、デメリットとして、クレールとなった者は後継者に能力を継承するまで死ぬことを許されない」
「………」
「君が継承を望むというのであれば、それはパパとママを死なすかもしれないよ?」
「っ…!!」
それは、小さなお客様にとっては絶望的な現実。
だからこそ、私の言葉を聞いて小さなお客様は不安からか灰色のローブを握った。
小さなお客様がミュゼに来た時、私の頭の片隅には現実世界であるアクワレルにおいて何が起こっているのか予想していた。
“僕ら”の大切な妹と、その騎士は命を狙われたのだと。
クレールは後継者がいない間は不死の状態であることから、もしも今、小さなお客様が継承してしまった場合は不死ではなくなってしまうことにより死んでしまう可能性がある。
能力を継承するまで死ぬことを許されていないいとはいえ、今もなお、彼女のパパとママは危険な状態のはずだ。
「まあ、“僕ら”が死なすはずないけどね」
「……?」
「大丈夫。たとえ継承でパパとママが死にそうになっても、“僕”の姉が治療してくれるさ。だから、君に必要な覚悟は別にある」
小さなお客様が求める力は、パパとママが扱うクレールの能力。
その2つはアクワレルで最強と最高と呼ばれている。
求める覚悟はパパとママを死なすことではなく、最強と最高の能力を扱う覚悟だ。
「君は、パパとママ、そして自分がどうして狙われたのか知る必要がある。今から話すのはその理由となる2人のお話だ。その話を聞いた上で問いたい。君の覚悟を。クレールとして、最強の能力と最高の能力を君は扱えるのかを」
「…………」
私の言葉を聞き、小さなお客様は握っていた灰色のローブから手を離す。
代わりに、その手が伸ばしたのは誰も座っていない玉座。
ああ。
この子は何をすべきか分かっているのだろう。
「それが、君の答えなんだね」
小さなお客様が手を伸ばす玉座へと、私は歩き出す。
座りたくはないと言ったが、座らないわけではないのだ。
私がこれから行う管理者としての仕事をする為には、この玉座に座ることが必須なのだから。
嫌いだけども仕方ない。
「さて、始めようか」
玉座に座り、膝上に小さなお客様を乗せる。
そして、私は久しぶりに魔力を解放した。
解放と共に玉座の周囲には灰色の光が舞い始め、小さなお客様は驚きからぎゅっと灰色のローブを再び握る。
「っ…!?」
「大丈夫だよ。私の魔力は、君を傷つけない」
灰色の光は魔法陣を目の前に描き出し、完成すれば中央に出現したのは1冊の本。
ソレは勝手に開き、パラパラとページが捲られていき、とあるページで止まれば空中に何かを映し出す。
「これは、天使に恋をした皇帝のお話」
本来であれば出会うはずの無かった2人が許されない恋に落ち、そして、2人のハッピーエンドの為に動く家族と皇帝の部下たち。
2人の恋の結末は何十年にも渡ってようやく幸せを勝ち取るんだ。
その証が君だよ。
「………君はね、愛されているんだ。多くのクレールが君の誕生を待っていたのだから。君こそが平和の証なんだよ」
だから、こそ。
新たな火種が生まれてしまった今、君は知るべきなんだ。
パパとママがどうやって幸せになれたのかを。
君が、生まれる日までのお話を。