第4話
ウクライナでの戦いは、チェルノブイリに続いてウクライナ南部の原発もロシア軍に掌握され、戦闘後に原発内で起きた火災でチェルノブイリ以上の放射能漏れが懸念され、一方で世界中からの非難がロシアへ向けられた。
ようやく行われたロシアとウクライナの停戦交渉もロシア側からの停戦条件、
①NATO・EUを含めた西側のいかなる条約と同盟にウクライナは加盟しない
②ウクライナの完全な非武装中立化
③ウクライナ東部の独立とロシア軍の駐留を認めること
この3つの停戦条件はウクライナには当然認められるものではなく、ウクライナ側からの「クリミア・ウクライナ東部を含めたウクライナからの無条件でのロシア軍の完全な撤退」にロシアも応じることはできず、停戦交渉は平行線のまま一向に進まなかった。
当初は短期間で終わるはずだったウクライナ侵攻も2ヶ月以上も膠着状態が続いて、ロシアも焦りを感じていた。ウクライナ軍兵士達の士気は高く、キエフ近郊の橋を爆破してロシア軍の侵攻ルートを潰して、徹底抗戦の姿勢を崩さなかった。「たった一人でも国民が残っていればキエフからは逃げない」というウクライナのセレンスキー大統領の姿勢がウクライナ国民からの支持を集め、ウクライナ軍兵士達の士気を高めていた。
アメリカ・EUのNATO加盟国はウクライナへの武器提供は積極的にしていたものの、本格的な軍事介入には消極的な姿勢をしていた。アメリカに次ぐ世界最大の核保有国であるロシアとの直接的な軍事衝突は避けたいというのが各国の本音だった。
「私は全てのロシア国民が悪いとは思っていません。停戦交渉に協力してくれるロシアの友人達も少なからずいます。しかし我が国に侵攻するロシア軍とは徹底的に戦います。侵略者達には決して屈服しません」
テレビ・SNSを通してセレンスキーは世界中に配信していた。セレンスキーの大統領としての姿勢はウクライナ国民だけでなく世界中で共感された。
本来、自分達の国が侵略を受けたら戦うという「国防」は当たり前のことなのだが、戦後の日本では「戦争」「軍隊」という言葉がタブー視され、日本の国防の担う自衛隊は特定の思想を持った一般活動家、メディア、教職員、組合、政治家達によって平和憲法に違反した非合法集団と叫び、自衛官とその家族に「人殺し」「税金泥棒」と当たり前のように人権侵害をしてきた。
第2次世界大戦の終結後、アメリカは敵国だった日本に対する占領政策の一環として大日本帝国軍(日本軍)の解体と「戦争放棄」と「戦力(軍隊)の不保持」を掲げた憲法9条(平和憲法)を制定させた。
ところが、日本の非武装化を進めている時に中華人民共和国(中国)の成立や朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)による朝鮮戦争の勃発などのアジアにおける共産主義勢力の台頭という国際情勢の激変を受けて、アメリカは日本の再軍備へと方針を変えて警察予備隊を組織させ、保安隊を経て現在の自衛隊となった。サンフランシスコ条約によって日本の主権は回復したが日米安保条約(日米同盟)を結び、米軍は日本に駐留を続けた。それがソ連・ロシア、中国、北朝鮮の脅威に対する抑止力ともなっていた。もし、日本がアメリカとの同盟を結ばずに在日米軍がいなければ日本は周辺3国からの軍事攻撃を受けられて、逆にウクライナがNATOに加盟していたらロシア軍の侵攻は受けなかっただろう。
しかし、近年の日本では国防に対する意識も少しずつだが変化していた。今回のウクライナのことに対してチャラ男系お笑い芸人は自身のSNSでこうコメントしていた。
「今の日本じゃウクライナの人達と違って“国を守る”っていう意識が凄く薄いと思う。今の時代戦争なんて無いと思っていたけどそんなことはないっていうことが今回わかった。何か起こってからじゃ遅いから今回のウクライナのことを機会に考えた方がいいと思う」
他にもインテリ系お笑い芸人も「東日本大震災の時でも自衛隊は僕達国民を全力で助けてくれることが分かっているし、ウクライナで攻めてきたロシア軍と戦っているウクライナ軍の兵隊さん達を見てると、国民を守ってくれる自衛隊がいてくれるというのは本当に有難いことだと思います」とSNSで発言した。これらのSNSでの発言は若者を中心に多くの人達の共感を呼び、直ぐに拡散された。