元復讐者とのショッピング(2日目)
3日目と一緒にしようかとも思いましたがキリがよいので2日目までで。
「下僕ぅー! ぐうたら寝てないで早く起きなさい。今日もショッピングに付き合って貰うわよ~!」
ドクが指導役に就いて2日目の朝は、最悪なモーニングコールで目が覚めた
しかも、乱暴にドアを叩く音のおまけ付きだ。
時計を見てみると、まだ早朝の5時。こんな時間から空いているお店とかあるのだろうか? しかし、いくら頭の中で不満を並べてみてもドクが自分の部屋の前に居る事実は変わらない。
諦めて身支度を整えていると、カチャカチャと金属音が聞こえてくる。続いて、バァン! と勢いよくドアが開く音。驚いてドアを見ると、そこには針金のようなものを握ったドクがいた。
「おっそい! ドクちゃんが声をかけたんだから30秒で支度しなさいよこのノロマ!」
「そんなこと言われても無理ですよ」
「言い訳しない! メイクならドクちゃんがしてあげるからとっとと行くわよ!」
乱暴な手つきでパフを顔面に塗りたくられる。ちらっと鏡を見ると、そこにはエルフ族特有の長い耳が付いていた。変な種族に変身させる意地悪をしないところから見るに、急いでいるっぽいのはどうやら本当らしい。
そして、今更気付いたけれど、ドクの服装がいつもと違う。普段はフリルやレースがふんだんにあしらわれたゴシックドレスなのに、今日はゴシック調なのは変わらないがだいぶシンプルな衣装だ。しかも、よく見たらスカートじゃなくてズボンをはいている。
それに、心なしか少し肩幅が広いような⋯⋯。
「あの、もしかして今男に化けていたりします?」
「⋯⋯お前、意外に鋭いわね。でも、ドクちゃんが男に化けようが別にお前には関係ないでしょ? それに~、ドクちゃんは男でもさいっこうに可愛いし~?」
どうやら、感じていた違和感は性別のせいだったみたいだ。勘で尋ねてみたところ、本当に男になっていた。ただ、本人が言うとおり男に化けていると言っても見た目にはほとんど変化がないのは凄いと思う。
どうして男になっているのか⋯⋯なんて聞いても、恐らく答えは返ってこないだろう。昨日1日でドクの性格は何となく分かっている。何も言わずに、アジトを出るドクの後ろに続く。
外は、こんな時間だというのに大勢の魔族が居た。しかも、そのほとんどがどこかへと向かっているようだった。ドクも、そんな魔族の動きの流れに任せるように、歩みを進めている。
「あの⋯⋯今更ですけれど、どこに向かっているか聞いてもいいですか?」
「⋯⋯そのうち着くわ。お前は黙って私に従ってればいいのよ」
ドクの言葉通り、目的地はすぐそこのようだった。先程まで歩いていた道路から、開けた場所へと出る。そこに、魔族が一様に集まっていた。そして、その視線の先にあるのは⋯⋯。
「な!? あ、あれは⋯⋯!」
「しっ。静かに。ここで騒ぐと怪しまれるわよ。⋯⋯まあ、お前の気持ちも分かるけれどね。相変わらず、魔族は趣味が悪いわ。吐き気がする」
ボク達の視線の先には、ボクと同じくらいの歳に見える人間の女の子が、全裸で磔にされていた。魔族は、そんな女の子の様子を笑いながら見つめていて、時折石や野菜を投げつけている。ホント、見るだけで吐き気がするような悍ましい光景だった。
「なんて酷い⋯⋯。どうしてこんなことを!?」
「魔族とひとくくりにしても、エルフにオーク⋯⋯種族が違う奴らが集まれば、必ずストレスはたまるし争いは起こる。だから、こうやって時折人間を見世物にして痛めつけることで、住民の怒りを解消させているのよ」
「そんな⋯⋯!」
人間が魔族によって支配されていると話では聞いていたけれど、こうやって直接人間が虐げられている光景を見たのは初めてで、それ故にショックが大きい。だが、それと同時に抱いたのは激しい怒りだった。
「ドクさん、あの子を早く助けましょう⋯⋯!」
「あら、何当たり前のこと言ってるわけ? 今日のショッピングの目玉はあの子よ。ちゃんとドレス着ておめかしすれば、きっと可愛くなるわ。まあ、ドクちゃんには負けるけれどね」
ドクはいつものように自信満々だ。でも、今はその態度がとても頼りになる。
「うえっほん! 今から、この人間の公開処刑を開始しゅるっ! お前ら、目ん玉かっぽじってよく見ろよ~!!」
槍を持った処刑人が、見物客たちを盛り上げるべく声を張る。それに対し、大歓声で答える観客。
そして、その大音量に紛れて、ドクの放った毒は静かに魔族へと浸透していた。
「おい、お前今俺のこと殴ったろ!」
「はあ!? 殴ってねぇし! 言いがかりはやめろよ!」
「俺はそいつがお前のこと殴ったの見たぜ!」
「やっぱり殴ってるじゃねぇか! 巫山戯んなよ!!」
魔族の姿へとメイクで化けたドクが、他の魔族を殴る。そして、その魔族が振り向いた時には、そこに居るのはドクではなく、ドクが化けたオリジナルの魔族。その時には、ドクは既に他の魔族へと化け、偽の証言を流すことで混乱を促す。
気付いた時には、観客は公開処刑そっちのけで大乱闘になっていた。
「しゅるるるるっ!? おい、お前ら何暴れてんだ! 落ち着け、落ち着かんかいっ!!」
「当て身っ!」
混乱に乗じて処刑台へと近づいていたボクは、火の魔術の応用で空気を熱することで空間を歪ませ、自分の姿を隠して処刑人の首に思いっきりチョップをお見舞いした。身体強化の魔術付きだから、首の骨が折れたかもしれないけれど、同情することはない。
「リズさんから教わった後も地道に特訓しといてよかったなぁ⋯⋯」
「何ぼさっとしてんの。早くその子を回収してずらかるわよ!」
いつの間にか近くに来ていたドクから、そう急かされる。確かに、この数の魔族を全部相手にするのは、今のボクの力では無理だ。火の魔術で処刑台の根元を焼き切り、台ごと少女を抱きかかえる。その時になってようやく観客がボク達の存在に気付いたみたいだが、もう遅い。
「あ~ら、間抜けな魔族さんたち。こんな大勢居てか弱い乙女1人殺せないなんて、とんだ腰抜けの集まりね。ほんっと、ざ~こ♡」
「やーいやーい! ばーかばーか!」
「⋯⋯お前のはアホっぽいからやめなさい」
ドクの真似して魔族を煽ったら、何故か睨まれた。解せぬ。
魔族は目の色を変えてボクたちに手を伸ばすが、既にアジトへの入り口は開いている。ボク達は、怒る魔族にべーっと舌を出して、そのままアジトへと帰還した。
その後、ボク達が助けた少女は、ラブによる治療を受けた後、メイの管理するアジト内のあの施設に住むこととなった。
これはまだ先の話になるが、少女の様子を見に行った時、そこには綺麗なドレスを着て子供たちと遊ぶ少女の姿があった。ドクの言うとおり、ドレスを着ておめかしをした少女は、とても可愛かった。
次回でドクちゃん編? 終わりです~!