炎炎
ザキvsクロノ、一応の決着です。
「⋯⋯あなた、誰ですか? 私のユウはどこです? 早く答えないと殺しますよ」
クロノにとっては、四度目となるザキの台詞。記憶どおりに壁を撃ち破ってきたザキを、クロノは穏やかな笑みを浮かべ、拍手で迎えた。
「見事です。私をこんなに手こずらせたのは貴女が初めてですよ」
「はぁ? 私、あなたみたいな人見たことないですけれど⋯⋯」
「ふふふ、困惑するのは当然です。しかし、それは紛れもない事実。そこで、貴女には私の全力を披露することにします」
「いや、最初から全力でやりましょうよ。負けてからさっきのは全力じゃなかったとか言い訳するの最高にかっこ悪いですし、変に油断して死んだらそれこそ馬鹿みたいですよ?」
ザキは本心からそう思って言ったのだが、その言葉は既に三度ほど死んでやり直しているクロノにとっては地雷であった。笑顔から一転、額に青筋を浮かべたクロノは、全身から殺意のオーラを垂れ流す。
そして、その姿を赤い毛で覆われた半獣の魔族へと変化させた。
「ふぅ、獣臭い獣人なぞにはあまりなりたくないんですが、貴女を殺すためならばしょうがないですね。さあ、私のこの姿を見て何か気づくことはありませんか?」
変身を終えたクロノは、ザキにそう問いかける。しかし、その時には既にザキの姿は元居た場所にはなく、ゼロ距離まで詰め寄って銃口を向けていた。
「普通こういうのは黙って待つもんじゃないんですかぁ!?」
「敵が強くなるのを待つわけないじゃないですか馬鹿なんですか死んでください」
しかし、不意を突かれた形になったにも関わらず、ザキの銃弾を避けるクロノには余裕が見える。明らかに身体能力が大幅に向上していた。
そして、その理由は、クロノの今の姿にある。ザキが攻撃してきたせいでクロノが説明することはなかったが、この姿こそ、クロノの本気、その一端。
今のクロノは、かつてリターナーが倒した『大罪魔将』の1人、『憤怒魔将』イライザの力を使っている。これが意味することはつまり、クロノは『大罪七将』全ての能力を使うことが出来るということである。
より正確に言えば、『大罪七将』とはそもそもが『強欲魔将』アワリティアを除いて、クロノの力を分け与えられて産まれた存在であり、死んだ『憤怒』・『嫉妬』・『色欲』の魔将の力がクロノの元に帰ってきたのだ。
ただ、能力を分け与えられたと言って彼らが元は普通の魔族であったかというとそうではなく、特に『暴食魔将』グラルートなどは身体能力は彼自身のものであるし、『傲慢魔将』スペルビアはかなり特殊な産まれだったりするのだが、詳細については今は割愛する。
とにかく今、クロノは『憤怒魔将』に与えていた『獣人特有の超身体能力』を取り戻し、その上で『時間加速』により動きを加速させている。
「はぁっ!!」
結果、クロノが放った正拳突きをザキは認識すら出来ずに吹き飛ばされる。一瞬意識が飛びそうになるのを何とか堪えたザキだったが、反撃の銃弾を撃つ暇もなくいつの間にか背後に回り込んでいたクロノの回し蹴りを喰らい、思いっきり壁に叩きつけられる。
何とか受け身を取って致命傷は避けたザキであったが、この時既にクロノの身体能力はザキの生存本能を上回っていた。
魔術耐性と驚異的な生存本能を誇り、魔将相手には無双できるザキであっても、その上をいく魔王の暴力的とも呼べる身体能力に対抗する術は持っていなかったのだ。
⋯⋯いや、本来ならザキは既に三度、魔王に勝利しているのだ。しかし、それを無かったことにして同じ時を繰り返すのが、魔王クロノの理不尽さ。クロノは数回のループを繰り返すことで、ザキに対する最善策を導き出し、それを確実に実行していた。
「ははっ! 死ね、死ね、死ねぇぇぇ!!」
血走った目で何度も何度もザキの顔面を殴りつけるその姿からは、もはや姫としての面影はどこにも見当たらない。そこに居るのは、まさに暴虐の限りを尽くす『魔王』であった。
ザキの顔面は地面に陥没し、持っていた銃も無残に壊されている。それでもクロノが攻撃の手を緩めないのは、殺された記憶があるからこそ。魔術は効かないということが分かっているので、徹底的に拳で痛めつける。
『時間超過』の魔術で自分の周囲だけ時間の流れを歪め、数分を数日に引き伸ばし、休むことなくクロノはザキの身体を破壊する。
そして、およそ7日分ほど休むことなく破壊行動を続けたクロノは、そこでようやく手を止め、ふぅっと息をつく。流石に疲労を感じたクロノは、魔王城へと戻って休もうと立ち上がる。
しかし、立ち上がろうとしたクロノの腕を、何かが掴む。ぎょっとしたクロノが下を向くと、そこには原型を留めていないザキの身体があった。
ただ、その中で何故かザキの手だけが意志を持っているかのように蠢き、クロノの腕を掴んでいる。そして、その手は黒い文字のようなもので埋め尽くされており、握られた箇所から徐々に黒い文字がクロノの身体にも登って来ていた。
「な、なんなの、これ⋯⋯!?」
慌てて手を振り落とすも、一度登ってきた文字は止まる気配なく、腕から肩、そして全身へと広がっていく。力いっぱいこすっても、文字は消えることはない。
「し、死にぞこないが何をしようと無駄よ。こんなの、気味悪いだけで無視すればいいんだもの」
クロノは、自分の声が震えていることが分かった。もうとっくに勝負はついているのだ。今更何も恐れることはない。そう思っていても、震えが止まらない。
そして、そんなクロノに追い打ちをかけるように、聞こえてきたのは、聞こえるはずのない声。
「死に、たく、ない⋯⋯! 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない」
「ひぃっ!?」
その声は、クロノの身体から⋯⋯つまり、今全身を埋め尽くそうとしている謎の黒い文字から聞こえてきていた。恐怖のあまり悲鳴を上げるクロノ。その視界までが、あの文字で染まった時、クロノはようやく自身を埋め尽くす文字がなんと書いてあったかを知った。
『死』
視界一面にその文字が浮かび上がった瞬間、クロノは4度目の死を迎えたのであった。
△△△△△
「ああああああ!?」
まるで悪夢にうなされたかのように、悲鳴を上げてベッドから飛び起きたクロノ。その背中はびっしょりと汗でぬれている。4度目の死⋯⋯それは、今まで迎えたどんな死よりも恐ろしく、受け入れがたいものであった。
「一体何なの、あれは⋯⋯。まさか、自分が死ぬと相手も死ぬような能力を持っているとか⋯⋯?」
クロノは確かに、あの時ザキを殺した。しかし、なぜかその後あの文字のようなものが全身に広がり、自分も死んでしまった。
ザキほどではないが、クロノもある程度の魔術耐性は持っている。そのため、死の魔術などは普通に跳ね返すことが出来るのだが、あの感覚は魔術とはどうも違うように思えた。
もう一度ザキと戦うべきだろうか。クロノの中で迷いが生じる。このまま、ザキと戦った時刻に『時間跳躍』しなければ、彼女との戦いは避けることが出来る。
しかし、彼女があの組織にいる以上、いつかは戦わなければならない。それなら、今戦って殺した方がよいのではないかとも思える。
メイドが持ってきた朝食にも手を付けず、長い時間考えたクロノは⋯⋯もう一度、『時間跳躍』することを決めた。
「⋯⋯あなた、誰ですか? 私のユウはどこです? 早く答えないと殺しますよ」
もう聞き飽きたザキの台詞。過去何度かのループでは、ここでクロノが何か言い返したり、いきなり攻撃をしたりしていた。
──しかし今回は、続くはずのないザキの台詞が、こう続けられた。
「あれ、あなた⋯⋯もしかして、私を殺しましたか?」
光のないザキの瞳で見つめられながらそう問われ、クロノは思わずひゅっと息を呑んだ。
クロノがザキを殺したのは、1つ前のループでの話。時間魔術の使えないザキは、当然その事実を覚えてはいないはず。
だというのに、ザキはクロノの様子を見て確信を得た様子で、カタカタと全身を不気味に揺らしていた。
「ああ、やっぱりそうなんですね! 私は覚えてないけれど、私の本能が全力で貴女を拒否していますから。一度迎えた『死』は二度と『生』には還らない。だから私は死ぬのが怖い。だから私は、『死』の記憶を絶対に忘れない!!」
ザキがカタカタと身体を揺らす。⋯⋯いや、違う。揺れているのはクロノの視界の方であった。クロノは、この『死』を全身で表した怪物を前に⋯⋯久しく忘れていた恐怖の感情を抱いていた。
「だ、黙れ! そんなに死ぬのが怖いなら、もう一度殺してやる!!」
クロノは自らの恐怖を振り払うかのように声を振り絞り、再び『憤怒』の力を使おうとする。しかし、何故か変化は起こらない。そして、そんなクロノをあざ笑うかのように、真横からザキの囁き声がこう告げる。
「貴女が私に何をしたかは、私には分かりません。でも、私が一度殺された術をもう一度使わせると思っているんですか? それはもう⋯⋯死んでますよ?」
反射的に拳を振りぬくも、その攻撃はしゃがんだだけでかわされ、視界の下の方にこちらに向かい銃口を突き上げるザキが見えた。
「それじゃあ、死んでください」
顎から脳天にかけて突き抜ける銃弾。その傷口からまたしても『死』の文字が全身に巡り、クロノは5度目の死を迎えた。
△△△△△
「私の能力を殺した? そ、そんな馬鹿げた話、あるはずがない」
またしても朝まで戻ったクロノだが、最初の頃の余裕はその姿には見られない。どこか焦った表情を浮かべ、部屋の中を右往左往する。
そして、確かめてみた結果、『憤怒』の力は全く使えなくなっていることが分かった。
しかも、それだけではない。本来もう使えるようになっているはずの、『色欲』や『嫉妬』の力まで失われていた。これは、もしやと思い部屋にやって来たメイドに試そうとして判明した事実であった。
「まさか、このまま殺され続けると、時間魔術の能力まで殺されてしまう⋯⋯?」
それは、考えうる限り最悪な可能性であった。クロノの願いを果たすためには、この能力は必要不可欠なもの。この力を失うリスクだけは、避けなければならない。
「だからといって、魔王である私が、勇者様以外に敗北したことを認めろと言うの⋯⋯!?」
ギリリ⋯⋯と歯ぎしりをするクロノ。朝食を持ってきたメイドを八つ当たりに殺し、死体の頭部を壁に投げつけるも怒りは収まらない。
「もう一度よ⋯⋯! 次で絶対にあいつを殺してみせる。今度こそ、失敗はしないわ!!」
そう決意し、最後の『時間跳躍』を発動させるクロノ。そして、記憶通りに壁を撃ち破って現れるザキ。彼女はクロノの姿を見ると、こう言った。
「ねえ、貴女、もしかして時間巻き戻してないですか?」
その言葉を聞いたクロノの心は一瞬で絶望と恐怖に満たされ⋯⋯クロノは、自死を選んでいた。
△△△△△
「ははは、ははははははは!!!」
今回の死で果たしてクロノは何を失ったのか。それを確認したクロノは、もはや笑うことしかできなかった。
「はははははははは!!!」
狂ったように笑い続けながら、使うのは『時間跳躍』。跳ぶ先は⋯⋯ユウをアワリティアに頼んで転移させたその直後。つまり、ザキが現れる前。
その時刻に跳んだクロノは、迷うことなく魔王城へと転移した。そう、ザキとの戦いを避けたのだ。
その僅か数秒後、ザキが壁を撃ち破って現れるが、そこにはクロノもユウもいない。
「ははは、ひぃ、ははははは、アハハハハハ!!!」
そしてその同時刻、魔王城の自室へと転移したクロノは、ザキから逃れた安堵と、そして自分の馬鹿さ加減に笑いを止めることが出来なかった。
ザキとの度重なる戦闘で、クロノが最終的に失った力⋯⋯それは、『もし自身が死ぬことがあればその日の朝に巻き戻る』ことが出来る力。
つまりクロノは、もう二度と過去に戻ることが出来なくなってしまったのであった。
たぶんこの決着予想できた人はいないのでは?
とりあえず次回で第5章は終わりです。




