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残火

「⋯⋯そういやアベ。アンタギャルなんだし化粧道具とか持ってないわけ?」


 ドクは、グラルートに聞こえないよう小声でアベに尋ねる。幸い、興奮した様子のグラルートはこちらの会話を気にしてはいないようだった。


「え!? も、持ってます持ってます! あ、良かったらメイクしてあげようか?」


「いらないわよ。道具だけよこしなさい」


「分かった! はい、ポケットから~キュンです!」


 アベは親指と人差し指を交差させると、ポケットの中から化粧道具を取りだした。大きさ的に本来あり得ないことだが、今はそのことに突っ込んでいる暇は無い。グラルートが攻撃の姿勢を取っていたからだ。


「死ね、泥棒猫!! 食事剣陸ノ皿、『心無津(ココナツ)海琉狗(ミルク)』!!」


 怒りを隠さないグラルートが狙うのは、突如戦場に舞い込んでドクに一目惚れしたギャル陰陽師、アベだ。白い斬撃の波が、うねりながらアベへと向かう。


「きゃあああ!!」


 斬撃波が直撃し、悲鳴を上げるアベ。しかし、その身体はぼろっと崩れ、土塊だけが残る。明らかに偽物であった。そして少し離れた場所でメイク道具を構え、得意げな顔を見せるのはドクである。


「いつも使ってるメイク道具じゃなくても、これくらいは余裕よ。本来、ドクちゃんが得意なのはサポート! 戦場を仲間に有利な形にメイクするのが、役目なんだから!」

 

 アジトの土壁から抉り取った土塊にメイクすることで作りだした人形は、本来ドクが使うメイク道具に比べればクオリティは落ちるものであったが、怒りで冷静さを失っていたグラルートの目を誤魔化すには十分だった。


「おんみょ~ん☆ うちはここだよ! 昔話的陰陽術、『Dig・Dog』!!」


 グラルートの背後に回り込んでいたアベが、地面に両手をつく。すると、地面が隆起し、金色の鉱物が棘となってグラルートを襲った。


「ぐぬぬ、これは⋯⋯!」


 咄嗟に大剣でガードするグラルートだったが、隆起した金は止まること無く、天井へとその巨体を持ち上げる。


「さらに追い打ちマジ卍~☆ マジヤバ陰陽術、『多火侵(タピオカ)』!!」


 アベが卍のポーズを取ると、背後に白と黒の勾玉が重なった陰陽マークが浮かび上がり、その中心から黒く小さな火の玉が飛び出す。まるでタピオカのようなその玉は、グラルートの身体を包み、そして⋯⋯破裂した。


 既にダメージの許容量を超えているグラルートはこれを喰らうことが出来ず、黒焦げになった身体が地面に落ちる。それを待ち構えるのは、ドクである。


「これくらいでくたばりはしないでしょ? 特別なメイクで迎えてあげるわ」


 そう言って、ドクが構えるのはマニキュアだ。七色に塗った爪で空を斬り裂くと、そこに虹の橋が架かる。その虹に落下したグラルートは、虹のアーチによって身体を拘束されてしまった。


「ふん、万全ではないといえ、これしきの拘束で我を止められるか!」


「でしょうね。だから⋯⋯あんたのその馬鹿力、ちょっと落とさせて貰うわよ。『メイク落とし』!」


 ドクは、化粧箱から取り出したクレンジングオイルをグラルートにぶっかける。すると、グラルートは自分の身体に力が入らなくなったことに気が付いた。


「むぅ、また面妖な⋯⋯。えぇい、小細工などせず、我が愛の前に倒れろ!」


「小細工万歳! ドクちゃんが真面目に戦うのはあくまでそれしか選択肢が無い時よ。無難に強い陰陽師がいるんだもの。こっちはサポートに徹するまで! さあアベ、トドメを刺しなさい!」


 地面とグラルート両方に施した鎖のメイクで動きを封じたドクは、アベへと呼びかける。その声に答え、アベは指でハートマークを作り、その中心にグラルートを捉えた。


「任された! キュンキュンときめく恋心、撃ち抜け心臓まっしぐら! マジヤバ陰陽術奥義、『きゅんきゅん如律令(にょりつりょう)』!!」


 身動きが取れないグラルートに迫る、ハート型の(やじり)。グラルートは筋肉を膨張させ拘束から逃れようとするが、ドクが足にしがみつき邪魔をする。


「ぬぅ!? 我が妻よ、我から離れがたいのは分かるが今は邪魔をするな!」


「黙ってなさい豚魔将。アンタはここで死ぬのよ!」


 ハートの鏃は、ぶれることなく真っ直ぐにグラルートの心臓へと迫る。様々な術式を凝縮した鏃は、刺さった瞬間相手の心臓を破裂するほどの衝撃を与える、まさに奥義の名に相応しい威力を持った技であった。


──しかし、その鏃がグラルートへと刺さることは無かった。


「よっこいせっと」


 そんな、どこか間の抜けた声と共に戦場に姿を現したのは、ペストマスクを被った魔族だった。彼は、その場に無かったはずのドアを開け、その中にグラルートを押し込む。


「え、ちょっ⋯⋯」


 そして、グラルートの足にしがみついていたドクも、一緒にドアの中へと押し込まれてしまう。2人の姿がドアの中に完全に吸い込まれたタイミングでその魔族がドアを閉めると、2人の姿はこの場から完全に消えて居なくなってしまった。


「⋯⋯え? あ、あんた誰? ドクちゃんをどこにやったの?」


 この状況に混乱するのは、1人残されたアベだ。標的を失ったハートの鏃は壁に突き刺さり、代わりに表れたこの変な魔族が何かしたのだろうということしか分からない。


「ほうほう。『あ、あんた誰?』と尋ねられましたら、答えてあげましょそうしましょ! このわたくしこそ、『大罪七将』の1人、『強欲魔将』アワリティアと申すものでございま~す!⋯⋯以後、お見知りおきを」


 とぼけた口調で名乗りを上げ、シルクハットを脱ぎ一礼するアワリティア。ここに来てまさかの新たな『大罪魔将』の参戦であった。一気に警戒を強めたアベは、派手にデコった護符をアワリティアに突きつけながら、厳しい口調で問い詰める。


「あんたが『大罪七将』の1人なのは分かった。それはそれとして、ドクちゃんをどこにやったの!?」


「ドクちゃん? あー、グラルート殿と一緒に転移ドアにぶち込んだ人間のことね。あれは僕ちんとしても予想外というか何というか⋯⋯。そもそも本来の目的は、“ユー”の確保だし?」


「ユウ? まさか、ユウっちも攫うつもりなわけ!? そうはさせないよ! あと、ドクちゃんも返して!!」


 そう叫び、同時に手に持った護符を投げつけるアベ。しかし、護符を投げた先には既にアワリティアの姿はなく、声は背後から聞こえてくる。


「おっほ、怖い怖い。いや~、返せるんなら返したいんだけれどね? 一旦閉じたゲート開くの面倒くさいし? そもそも送り先魔王城だからあのスペルビアと会話するのが怠いし⋯⋯。というわけで、拙者はこれにて退散するでござる。にんにん」


「ちょっと、逃げるとか許さないんだから⋯⋯」


 しかし、振り向いた時にはそこには既にアワリティアの姿はなく、閉じかけのドアからフリフリと手を振ってどこかへと消えてしまった。閉じられたドアは一瞬で消え、残されたアベは呆然と立ち尽くすことしか出来なかったのであった。


次回からルクスリア戦となります。

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