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恋火

お待たせしました。

「はぁ、はぁ⋯⋯。いい加減、倒れてくれたかしら」


 全力の猛攻でグラルートを吹き飛ばしたまではいいが、ドクの体力も既に限界に近い。祈りにも近い思いでそう口にしたドクであったが⋯⋯現実は非情であった。


「流石は我が妻⋯⋯。我の長き人生でもこれほどのダメージを受けたのはいつぶりであろうか⋯⋯」


 土煙の中、姿を現したグラルートは、ふらつきながらもしっかりと2本の足で立っていた。しかも、あれだけ攻撃を加えたというのに外傷がほとんど見当たらない。


「チッ。アンタしぶとすぎでしょ? てかなんで怪我すら治ってるのよ。あれだけ殴って無傷とか自信なくしちゃうんだけれど」


「安心しろ、我が妻よ。確かにお前の魂の猛攻は我が身体を傷つけた。それこそ、立ち上がれない程にな。しかし、我はそのダメージを全部喰らった。喰らったダメージは我の胃の中で消化され、全て無くなるのだ」


「何よそれ。反則じゃないの! それじゃ、アンタを倒すことなんて永遠に出来ないじゃないの!」


 『暴食魔将』の名に相応しい、反則的なその能力に、思わず声を荒げるドク。敵対する相手にキレても無意味なことは理解しているが、それでも何か言ってやらないと気が収まらなかった。


「確かに、我が述べた事実だけ受け止めれば無敵の能力のようにも思えるだろう。しかし、実際は無敵ではない。直に、お前もそれに気が付くだろう」


 『直に気付く』とか、一体何変なこと言ってんだこの筋肉料理人⋯⋯と心の中で悪態をつくドクであったが、その変化は突然表れた。


 ぶよんっという擬音が聞こえてきそうな程に、グラルートの腹部が柔らかな脂肪に包まれたのだ。心なしか顔も丸くなり、全体的に脂肪がまとわりついたように見える。呆気にとられるドクに、グラルートは太くなった声で自身の変化の理由を語った。


「ふぅ、ふぅ⋯⋯。これが我が能力の代償だ。ほぼ全てのモノを食し、消化出来るが、限度を超える量を胃に収めると、即座に脂肪に変換されてしまう。しかも、この脂肪は消化することは出来ぬ故、自力で痩せねばならぬのだ。この体型の間、能力は使用出来ず、身体能力も大幅に低下してしまう」


「⋯⋯まあ、そんなにデブったら身体能力落ちるでしょうね」


 身長2メートルの巨漢マッチョが、一瞬にして縦にも横にも大きな豚になってしまった。こちらの方が『暴食魔将』という2つ名が似合いそうではあるが、さっきまで全力で戦っていた相手の突然の変貌にドクは未だ困惑を隠しきれない。


 しかし、いくら身体能力が落ちたといっても、あれだけ与えたダメージは全て無駄になったと言っても過言ではない。対するこちらは体力も限界に近く、立っているのもやっとの状態だ。どちらが不利かは、言うまでもない。


「ぶふぅ、ふぅ⋯⋯。しかし、この恥ずべき姿をお前に見せたのは、我が勝つためだ。誇りを捨ててまで勝利を掴もうなど今まで考えたことはなかったが、どうしてもお前だけには負けたくない」


「はぁ、はぁ⋯⋯。息が荒いわよ、オークさん? アンタがドクちゃんに勝つぅ? 寝言言ってんじゃないわよ。アンタはトンカツの衣にくるまってるのがお似合いよ」


 圧倒的に不利な状況。それでも、ドクが絶望することは決してない。動かぬ身体に喝を入れ、目の前のグラルートを睨み付ける。


 これからおそらく最後の戦闘が始まる。お互いその覚悟で向かい合ったその時。その緊張感ある空気をぶち破り、底抜けに明るい声が乱入してきた。


「マジヤバ陰陽術、『悲炎(ぴえん)』!!」


 涙の雫の形をした炎が天井から降り注ぐ。その炎の向かう先は、グラルートだ。グラルートは咄嗟によけようとしたが、贅肉が邪魔して動きが鈍い。結局避けきれずに炎に焼かれ、苦悶の表情を浮かべる。対照的に、ドクはほっと安心した表情を浮かべていた。


「アベ! アンタ、来るならもっと早く来なさいよ!」


「めんごめんご~☆ いや、何故かラビっちと連絡着かなくてさ~。しょうが無いから自力でアジトの入り口こじ開けたってわけ⋯⋯」


 にぱぁっと普段通りの笑顔で応じたギャル系陰陽師、アベであったが、途中でピタッと動きが止まる。その視線は、メイクが剥がれ、また上半身が露わになったことで男を隠しきれていないドクに向けられていた。


「ちょっと、何黙って見てんのよ。こっちは割かしピンチなんだから薬とかよこしなさいよ」


「え、ちょっと待って。超タイプ⋯⋯。てか、一目惚れなんですけれど。あ、あの、付き合ってください!!」


「アンタもか! てか何真っ赤になってんのさ。純情乙女かこら!!」


 なんと、ここにきて新たにドクを恋愛的な意味で狙う人物の追加である。これには世界一可愛いと自負しているドクも流石に参った。


 そして、アベの告白に当然黙っていられなかったのが、この男である。


「貴様ぁぁぁぁ!! 我の妻に告白するとは、殺されたいらしいな!」


 炎の中から勢いよく飛び出してきたグラルートは、怒りで体温が上がったせいか、先程よりも少しスリムになって見えた。


「いや、だからアンタの妻じゃないっての」


「え、この声⋯⋯。もしかしてドクっち!? 男だったの!?」


「気付いてなかったのかよ!」


「あ、あの、うち、実はこう見えて料理とか結構得意なんだよね。今度、手料理ご馳走してあげるよ」


「ぬかせ! 貴様の料理など誰が喰うか! 妻が喰らうは我が食事剣のみ!!」


「ああ、もうあんたら面倒くさい! 真面目にやれぇぇ!!」


 アベの乱入によって、混沌を極めた戦場に、ドクの叫び声が響き渡ったのであった。


次回、グラルート戦決着です。

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