烈火
「さあ、我と一緒になろう」
「だーかーらぁ、キモいって言ってんのよ。頭おかしいんじゃないの?」
私とドクさんの目の前に立つのは、先日九州の任務でも遭遇した『暴食魔将』グラルート。その闘気は、意味の分からないことを言っている今も衰えることなくこちらに向けられている。
正直これと真正面から言い合えるドクさんのメンタルはおかしい。兎の聴力で分かる心拍数にも変化がないし、本当頼りになる先輩だと思う。
「そもそもねぇ⋯⋯ドクちゃん男だから、あんたと結婚するのなんて無理よ?」
「⋯⋯は?」
そしてなんと、ここでドクさんは衝撃の事実をぶん投げてきた。よっぽど予想外の答えだったのか、あれだけ張り詰めていたグラルートの闘気が揺らいでいる。
まあ、確かにこれはビックリするだろう。私は鼻と耳が良いおかげで会った時からドクさんが男だということには気付いていたけれど、一見ドクさんは可愛い女の子にしか見えない。
「⋯⋯成程。我の妻になることに抵抗があるのだな。安心しろ、我は生涯貴様のみを愛すると誓おう」
「いや、だから違うって。もう⋯⋯可愛すぎるのも罪ってことかしらん。あ、エミにはまだ打ち明けてなかったわよね。どう、驚いた?」
「いいえ、私は知ってましたから」
「ふーん。⋯⋯え、マジ? それはそれでなんかムカつくわね」
ドクさんがあまりにもいつも通りなのでこちらも会話する余裕が生まれてきた。ただ、対照的に困惑を深めているのはグラルートだ。
「おい、貴様ら⋯⋯冗談はいい加減にしろ。あまりしつこいようだと我の手でその服剥ぎ取って真偽を確かめてくれるぞ」
「何ナチュラルにセクハラ宣言かましてるのよ、ぶっ殺すわよ? ほら、よく見なさいよ。正真正銘、男でしょ?」
そう言ってガバッと服をまくり上げるドクさん。反射的に目を逸らしてしまったけれど、ちらりと見えた上半身は見事に腹筋が割れており、それはもう素晴らしい肉体美であった。
そして、その肉体美を真正面から見たグラルートは⋯⋯思いっきり鼻血を出していた。
「⋯⋯成程。すまない。我としたことが貴様のアプローチに気付かずにいたとは。それはあれだな。つまり、美味しく召し上がれと⋯⋯そういうわけだな?」
「いやいや、アンタ馬鹿なの? 男だってこと証明するために脱いだに決まってんだろ」
「我は貧乳でも構わぬ。それにこんなに美しい貴様が男のはずがない」
「あー、もういいわ。これ以上話してても埒があかない。やるなら早くやりましょうよ。『暴食魔将』さん?」
くいくいっと手招きをし、挑発的な笑みを浮かべるドクさん。その姿には相変わらず格上への恐れなどは一切見られない。先程までのグラルートとのやり取りも、もしかしたら私の緊張をほぐすためだったのかもしれない。
そしてそんなドクさんを見て、すっと表情を引き締めるグラルート。しかし、ドクさんを見つめるその瞳は未だ喜色に満ちていた。
「流石、我が妻となる女よ。もうこれ以上の言葉はいらぬと言う訳か⋯⋯。ならば、後は拳で語るのみ!」
グラルートが力強く地面を踏みしめる。それと同時にドクさんは化粧道具を自分の周囲に展開させ、その中からパフを取りだし、両手に装着した。
「化粧という美の魔術による幻影に溺れなさい! 『幻想魔術装』!!」
両手のパフを打ち合わせた瞬間、舞い散る白い粉。その粉が彩るのは顔では無く、ドクさんを中心とした空間だ。目の前でドクさんが増殖する光景は、これがドクさんの化粧による幻想だと知っていても惑わされそうになる。
「エミ、プランA!」
そして、ドクさんにより出された合図は、九州の任務の後、再びあのような事態があった時のために考えていた作戦の1つを行使するためのもの。
舞い散る粉の中に地面を蹴って突入すれば、私の身体も粉に塗れて増殖する。
「アケディアが使うような幻術か⋯⋯。そんなものには我は惑わされぬぞ!」
グラルートは、掌に大きな口を開けてファンデーションの粉ごと幻想を喰ってしまう。一瞬で化粧の魔術は消えた。しかし、問題はない。
プランAは、化粧がグラルートに食べられることを想定した作戦。だからこそ、私は粉の中に突っ込む時身体を毛で覆って直接粉に触れないようにしていた。
「ぐぐっ!? これは、まさか!?」
「そう、そのまさか。昔の白粉とかって毒が入っていたのよ。そうじゃなくても女性の化粧を食べて剥がそうなんてしない方がいいってことね」
ファンデーションの中に含まれていた猛毒を摂取したことで、痛みに苦しむグラルート。毒が効くのは長時間ではないとはドクさんの予測。しかし、毒によって生じたこの僅かな隙こそ、私の攻撃が届くまたとない好機だ。
「はぁぁぁ!! 全力で、行きます!! 『弾丸蹴兎』!!」
兎の脚力で壁や地面を蹴り、速度を高めて放った弾丸のような蹴りは、グラルートに捕食されることなく顔面に直撃。その巨体を地面に倒すことに成功したのであった。




