魔王の娘との迷宮巡り(2~3日目)
「ユウ、おはようなのだ!」
「おはよう、ラビ。今日はどこに案内してくれるのかな? ワクワクしすぎて昨日はあんまり眠れなかったよ」
実際、あの後部屋に戻ったはいいがラビの見せてくれるという『もっと凄い場所』のことが気になってあまり眠れなかった。記憶をなくしたことで精神的にちょっと幼くなったのかもしれない。
「ふふ、ワクワクしすぎて心臓破裂しないよう気をつけるのだ。⋯⋯あれ? あそこに居るのは、ザキなのだ?」
ラビの視線の先を見ると、そこには確かに黒髪の少女、ザキがいた。まだ寝起きなのか、猫耳フードのついたパジャマ姿のまま、眠そうに目を擦っている。
そんなザキを見ていたラビは、ふと思いついたように、にいっと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「そうだ、ユウ。あそこにちょうどいいカモがいるから、吾輩の凄さをお前に見せてやるのだ。食らえ、『迷宮変化』!」
ラビが呪文らしきものを唱えると、目の前でアジトの壁⋯⋯つまりダンジョンの壁が変化し、ザキを押し潰さんと迫る。確かにこれは凄いが、寝ぼけ眼なザキ相手にやり過ぎなのではないか。下手したら本当に潰されるなんてことも⋯⋯。
「⋯⋯あなた今、私を殺そうとしましたね?」
パァン! という乾いた銃声がアジト内に響く。その銃声の発生源はすぐ横からだ。そこには、煙の出ている銃を握りしめるザキと、頭部が完全に吹き飛ばされたラビの姿があった。
「⋯⋯え? ら、ラビ、死んで⋯⋯。ザキ、仲間になんてことしてるんですか!?」
「私は悪くないです許してくださいでも死なないためには殺すしかないじゃないですかごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃ!!!」
何故かラビを殺した張本人であるザキの方がパニックになっていて、ろくに会話出来るような状態ではなかった。首から噴水のように血を吹き出しているラビの死体を呆然と見ていると、突然その死体が光に包まれて消えた。
そしてその直後、ダンジョンの床に魔方陣が浮かび上がり、そこからピンピンした様子のラビが現れる。
「これぞ吾輩の秘技、『りすぽーん』なのだ! ダンジョンマスターである吾輩はダンジョンの中では不死身! たとえ死んでもこうやって即蘇ることが出来るのだ! どうだ、ユウ! 吾輩凄いだろう!?」
自慢げに胸を張るラビ。たぶんボクに、「凄い」って褒めて貰いたいんだろう。でも、ボクはとてもそんな気分ではなかった。
「良かった⋯⋯! ラビ、本当に死んだと思って心配したんだからっ⋯⋯!」
「むぎゅっ!? ゆ、ユウ? そんなに力強く抱きしめられたら苦しいのだ」
「ダメ。ボクを心配させた罰として、しばらくこうやってギュッてされてて」
ラビと初めて会ったのは僅か数日前のこと。でも、昨日1日一緒にダンジョンを巡って仲良くなり、友達になった。記憶をなくし、自分のことすらよく分からないボクにとって、そんな存在がいかに大きなものであったか、目の前でラビが死ぬのを見て改めて思い知った。
リズにラビ。それから他の皆も、こんなボクを助け迎えてくれた温かい仲間だ。この仲間を守るためにも、ボクももっと強くならないといけないと思う。
《――『仲間を守る意志』、条件一部達成。『勇者』の力の解放を進めます》
その時、頭の中に機械質な声が響いた気がした。『条件一部達成』? 『勇者の力の解放』? もしかしてこれも、なくなった記憶に関係しているのだろうか⋯⋯?
「ああああああ!? なんで復活しているんですかお願いですごめんなさい死んでくださいぃぃ!!」
ボクの思考を中断させるようにして再び響いた銃声が、服を真っ赤に染める。気が付くと、抱きしめていたはずのラビの頭だけが器用に吹き飛んでいる。
その後、ザキが落ち着くまでラビは13回程蘇生を繰り返し、ボクは朝から服を着替える羽目になったのであった。
「いやあ、散々な目にあったのだ。もうザキにちょっかい出すのはやめるのだ」
「全く、ザキさんもザキさんだけどラビもラビだよ。目の前でホラー見せられるボクの気持ちも考えてよね」
ザキと別れたボク達は、本来の目的のため長い長いダンジョンの通路を歩いている。この先に、ラビ曰く『もっと凄い場所』があるのだ。
「お、着いたのだ。ここが吾輩が見せたかった場所なのだ!」
ラビが立ち止まったのは、かなり大きな扉の前だった。それこそ、今まで見てきたダンジョン内の施設の中でも1番大きい。
このドアの向こうに一体何があるのか。目の前にするとますますワクワクが止まらない。大きな扉は、その見た目とは裏腹に手で触れるだけで簡単に開いた。
「おや、お久しぶりですラビ様。そしてそちらの方は最近組織に加入されたというユウ様ですね。ようこそいらっしゃいませ」
そして、扉を開けてすぐボク達を丁寧な挨拶で出迎えたのは、メイド服を纏った少女だった。深々と頭を下げた彼女がその顔を上げると、目の部分が包帯で覆われているのに気付く。もしかして、目が見えないのだろうか。
「出迎え感謝なのだ、『メイ』。他の人間は元気にしてるのだ?」
「はい。ラビ様や他の方々のおかげで皆平和に過ごしております。ラビ様が遊びに来られたと知ったら喜ぶことでしょう」
メイと呼ばれたメイド服の少女は、先頭に立ってボク達を案内する。入った時から分かっていたが、ここは相当に広い場所のようだ。見渡すと草原が辺り一面に広がっているし、ダンジョン内だというのに見上げると空まで見える。
「なんかここ、小さな村みたいだね⋯⋯」
「みたいじゃなくて、実際に村なのだ。ほら、あれを見るのだ」
ラビが指さす方向を見ると、そこには小さな家がいくつも並んで建っていた。しかも、家の前では走り回っている子供たちの姿も見える。
「ここは、これまで助けてきた人間たちの一時的な住処なのだ。皆が皆吾輩達のように特別な力を持っているわけではないからな」
「私たちは全員、居場所を与えてくれたラビ様たちに感謝しております。あの時助けてもらえなければ、私たちは今頃魔族に殺されていたでしょう。殺されなかったとしても、精神的に死んでいたに違いありません」
メイの声には、感謝の気持ちが強くこもっていた。そして、家の前で遊んでいた子供たちが、ラビが来たことに気付いて駆け寄って来る。
「ラビ姉ちゃん、来たんだね! 一緒に遊ぼうよ!」
「勿論なのだ! 吾輩もお前達と遊ぶのを楽しみにしてたのだ!」
ニッコリ笑って子供たちの相手をするラビは、本当にお姉さんみたいに見える。妹みたいだと思って接していたボクにとっては、何だか新鮮な一面を見た気分だ。
「あ、でも、ユウは大丈夫なのだ? もし嫌だったら他の場所に行くのだ」
しかし、こちらを振り返って心配そうにこちらを見つめるラビは、見た目相応に幼く見えて、やっぱり可愛いなと思う。それに、こちらのこともしっかり気遣ってくれる良い子だ。
「ラビがせっかく案内してくれた凄い場所だもん。嫌なはずないよ。その代わり⋯⋯ボクも、一緒に遊んでいいかな?」
「⋯⋯! 勿論なのだ! ユウも一緒に遊ぶのだぁー!!」
その日は、結局最後までラビたちと遊んで過ごした。ただ、子供たちの無尽蔵の体力に振り回され、後半はバテ気味だったのは内緒だ。⋯⋯もっと体力つけないとなぁ。
〇〇〇〇
今日は、ラビと過ごす最終日。2日目までにだいたいの場所は案内して貰ったため、ラビの部屋にお呼ばれしてお喋りの日となった。
「ラビは、どうして組織に入ろうと思ったのですか?」
「吾輩の場合、組織に入ったというより、そもそもの創立メンバーなのだ。この組織は、吾輩とボスの2人で作ったものなのだ」
リズにもした質問をしてみると、予想外の答えが返ってきた。ボスは、その呼称からもこの組織を作った人物であることは何となく分かっていたが、まさか魔族であるラビもまたその1人だったとは。
「えっと⋯⋯もし答えづらかったら別にいいんだけれど、ラビってその⋯⋯魔族だよね? なんで人間を救う側の立場につこうと思ったの?」
「別に答えづらいことでも何でもないのだ。吾輩は人間のことが大好き! 理由はそれだけで充分なのだ」
『人間が大好き』⋯⋯シンプルだけれど、とても分かりやすい理由だと思う。昨日子供たちと混じって遊んでいた時のラビの表情からも、ラビの言葉が嘘ではないことが分かる。
「あとは、まあ吾輩の母上が元人間っていうことも理由の1つなのだ」
「元人間⋯⋯? ラビのお母さんって、どんな人なの?」
「吾輩の母上は、昔この世界から異世界に転生して、色々あって魔王にまでなった凄い人なのだ。吾輩がこの世界にやって来たのも、そんな母上の故郷を1度訪れてみたいと思ったからなのだ。まあ、実際来てみれば人間はほとんど魔族に支配されてて、聞いてた話と全然違ったけれど⋯⋯」
「ちょ、ちょっと待って。1度に提供された情報量が多すぎる」
「あと、母上に内緒でこっちに来ちゃったから、きっと母上は今あっちでカンカンなのだ。怒られるのは怖いし、通信機はこっちに来た時落としちゃったから母上に助けを求めることは出来ないのだ」
「いやいや、これ以上さらに情報増やさないでよ!?」
ちょっと一旦頭の中を整理しよう。えっと⋯⋯? ラビはつまり魔王の娘で、でもその魔王は別の世界に居るわけだから今人間を支配している魔族とは関係なくて、そんな母親の故郷を見たいと思って内緒でこっちに来たラビが今人間を救う組織の一員として働いている⋯⋯?
うん、簡単に整理してみてもよく分からない話だ。リズといいラビといい、どうしてこうややこしい事情の人ばかり集まっているんだろう。いや、そんな事情があるからこそ集まっているのか?
「そんな難しい顔をしても仕方ないのだ。ラビはラビなのだ。それはどんな世界でも変わらないし、今吾輩はこうやって皆の役に立てて満足してるのだ」
「⋯⋯それもそうだね。ボクも、ラビに負けないようこれから頑張るよ」
ラビは見た目こそ幼いけれど、その精神はそこら辺の大人に負けないくらい立派だ。ボクも、そんなラビを見習うことにしよう。
どんな世界でも、記憶をなくしても⋯⋯ボクがボクであることには変わらない。心の声に従って、生きていけばいいんだ。
「そういえば、ユウの次の指導役はドクなのだ。アイツ、おっかないから気をつけるのだ」
「あ、あの子かぁ⋯⋯」
初めて会った時そっけない態度だったドクのことを思い出し、少し憂鬱な気分になる。果たして、リズやラビの時と同じように、ドクとも仲良くなれるのだろうか?
次回はドクちゃんです!