『幻惑に囚われて』 その1
お待たせです。ちょっと色々忙しくて投稿遅れました。
「やあ、トム。私が頼んでいた作業は無事に進んでいるかな?」
アジト内の食糧を一手に補う地下農場。普段はその管理者であるトムくらいしか立ち入る者が居ないそこに、ボスがふらりと立ち寄る。組織のトップである彼女の来訪に、トムは思いっきり顔を歪めてこう答えた。
「ああ、進んでますよ。ただ、いくら俺でもあまり気乗りする作業じゃないけれどね」
「まあ、そうだろうな。だからお前に頼んだんだ。他の子らは皆真面目だからね」
「それ、遠回しに俺が真面目じゃないって言ってる?」
「はっはっは。それくらい信用しているってことだよ。もっとポジティブに受け止めた方が人生楽しいぞ?」
ボスとトムは軽快に会話を弾ませつつも、その視線は注意深く1点のみに向けられている。そして、その視線の先にあるのは、無数の植物の蔦で覆われた小さな魔族⋯⋯『怠惰魔将』アケディアだった。
「植物による洗脳で『魔族は敵、人間は味方』と認識させる⋯⋯。これが味方になれば心強いのは分かるけれど、やっていることは魔族と大差ない。俺だってボスの頼みじゃなきゃこんなことしたくなかったよ」
「我々はいつだって人手不足だ。使える人材は多いほど嬉しい。そして、綺麗事だけで成り立つ程、魔族による支配からの解放は簡単なことではない。私はどんな手段を使ってでも、必ず目的を果たしてみせる。⋯⋯散っていった仲間達や、失われた人間の尊厳のためにもね」
ボスは、片目をすっと細め、今ここには居ない仲間達のことを思う。先日任務を終えて帰ってきた頼もしい仲間達。九州に行ったドクとエミは運悪く『暴食魔将』と遭遇したみたいだが、無事帰ってきてくれた。北海道に行ったザキとラブからの報告はまだ受けていないが⋯⋯途中連絡で寒すぎて全く身動きが取れないと愚痴っていた。あの土地は魔族が日本を支配してから異常に気温が下がり、唯一魔族の支配から逃れた場所となっているのだ。その代わり、普通の人間も生息困難となってしまっているが⋯⋯。
「ユウたちは確か岐阜だったかな? リョウメンスクナの協力を得ることが出来たのは大きいなぁ。サトリも居たんだよね。私も会いたかったなぁ」
「その間俺はずっとここで留守番でしたけれどね。俺もどっか行きたかったなぁ」
『ビエエエエエーーーーー!!!!』
「まあ、そのうち君にも別の指令出すよ。あ、そうだ。その時は私も付いていこうかな」
「いや、ボスはアジトから出ちゃダメでしょ。戦闘技術ないじゃないですか」
『ビエエエエエエエーーーーー!!!!!』
「ちえっ。まあ私も自分の弱さはよく理解しているからね。君達に迷惑かけるわけにもいかないし、アジトでラビと遊んでるよ。⋯⋯ところでトム、さっきから何かアケディアが泣き叫んでいるけれど、これ大丈夫?」
「いや、緊急事態ですね」
先程から会話に割り込んできていた謎の叫び声。ボスは、出来ればそれが自分の空耳であって欲しいと願い無視を続けていたが、トムにも聞こえていたことでいい加減この事態を受け止めざるを得なくなってしまった。
少し前まで意識があるかどうかすら怪しかったアケディアが、何故急に叫びだしたのか、その原因は分からない。そして、その原因を突き止めるより先に、目の前の景色が急速に変化し始める。
「ボス。これあれです。アケディアの幻覚魔術です。このままだとアジト全体に幻覚が広がりますよ!」
「はっはっは。何それヤバ」
〇〇〇〇〇
「あ、ラブさん! 任務から戻って来たんですね。あれ、ザキは⋯⋯?」
「あいつなら今温泉に入ってるところだよ。東北で入った温泉を空間ごとラビがアジトに持ってきたおかげでいつでも温泉に入れるからね。あたしもさっき入ってきたところさ」
食堂でトムさんが作り置きしてくれていた夕食を食べていると、任務から帰ってきたばかりのラブさんも食堂にやって来た。温泉に入ってきたという言葉通り、その燃えるような赤髪は僅かに湿っていた。
ラブさんは椅子に座ると、ポケットからタバコを取り出し、ふう~っと大きく息を吐く。ボクはあまりタバコは好きじゃないけれど、ラブさんの吸うタバコはすっきりとした臭いがするからあまり気にならない。それに、こうしてタバコを吸うラブさんはとても絵になると思う。
「そういえば、ザキとラブさんは北海道に行ってたんですよね? どうでしたか?」
「どうもこうも、辺り一面雪だらけでろくに前すら見えなかったよ。一応一週間は粘ったんだけれど、アイヌの原住民に会うことすら出来なかったね。治癒魔術が得意なあたしと寒さも殺せるザキとじゃなきゃたぶん死んでたよ。あそこはもう人が住める土地じゃないね」
「そ、そうなんですか。大変でしたね⋯⋯」
どうやら、思っていた以上に2人は大変だったみたいだ。それに対し、ボクの任務は比較的楽だったんじゃないかと思う。少し前に戻って来たエミとドクさんも、『暴食魔将』と遭遇したと言っていたし。
ラブさんも夕食を食べ始め、お互いに任務の時の話をし始めたその時だった。周りの景色が急速に変化していき、辺り一面が雪に覆われてしまう。
「ラブさん、これは⋯⋯!」
「ああ、この感覚間違いない。アケディアの幻覚魔術だ。でも、何だって急に⋯⋯?」
ボクとラブさんは、アケディアと戦ったことがあるので魔力の感じからこの変化がアケディアによるものであることが分かった。しかし、本当に何故急に⋯⋯?
「対応出来るのはラビかザキくらいか⋯⋯。助けが入るまではあたし達で身を守らねぇとな。ユウ、アンタの魔術でとりあえず熱源を確保しよう。アケディアの幻覚は実際に影響を受けるくらい強力だからね。このままじゃ凍死するよ」
「分かりました。じゃあ早速⋯⋯あれ?」
ラブさんに指示されて火の魔術を使おうとしたけれど、何故か上手く魔力が練れない。
「ら、ラブさん。なんか⋯⋯魔術使えないです!」
「はあ!? なんだいそれ。アケディアの幻覚にはそんな作用はなかっただろう!?」
ラブはそう言って治癒魔術を発動させようとしたが、どうやらボクと同様魔術が使えなかったみたいだ。その事実に驚き、顔を青くしていた。
「どういうことだい、これは⋯⋯。これじゃまるで、ザキを相手にしているようじゃないか」
何故アケディアの幻覚魔法が発動しているのか。そして何故魔術が使えないのか。分からないことが多すぎるが、1つだけ分かることは⋯⋯このままだと、ボクたち2人は雪の幻覚の中で凍え死んでしまうということだ。




