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美しい花には毒がある

お待たせしました! これにて九州編は終了です。

「その耳⋯⋯見覚えがあるぞ。貴様、ルクスリアのところで剣闘士として戦っていた者だな?」


「⋯⋯そうですけれど、それがどうかしました?」


「1度だけ戦っているところを見たことがある。兎のような素早い身のこなしに、華麗な蹴り。一朝一夕で身についた技術ではないだろう。⋯⋯我と戦う資格はある」


 正面で私を見つめるグラルートは、まだ背中の大剣を抜いていない。しかし、その立ち姿には一切の隙が無かった。


 何も考えずに突っ込んでいけば返り討ちに合うのは確実。耳に神経を集中させて、僅かな隙を探っていく。同時に、ドクさんが逃げたかどうかも確認するが、動いたような音は聞こえてこない。出来れば私が時間を稼いでいる間に逃げて欲しい。たぶん、私ではこいつに勝つことは出来ないから。


 軽く跳びはねながらグラルートの出方を確認するも、全く動く気配はない。こちらが動くのを待つつもりなのか。相手の誘いにはあまり乗りたくない。乗りたくないが、このまま待つだけでは埒があかない。


 あの巨体から察するに、スピードはあまりないのではないかと思われる。それならば、こちらがスピードで翻弄しつつヒットアンドアウェイを繰り返せば勝ち目はあるかもしれない。


 そう判断し、一気に地面を蹴りグラルートへと接近する。そして、蹴りをグラルートの脇腹目掛け放とうとした直前、本能が全力で危険だと訴え、私はその本能に従って蹴りは放たずそのままグラルートの横を猛スピードで通過していった。


「ほう。我の『口』を避けたか。野生の本能という奴か?」


 振り返ると、グラルートの脇腹にはぽっかりと穴のようなモノが空いていた。そして、その穴に触れた落ち葉が、一瞬で消失する。もしあのまま蹴りを放っていたら、あの穴に飲み込まれていたのは私の足だったろう。そう思うとゾッとする。


「どうした。近づいてこないのか? ならば⋯⋯その距離、喰らってやろう」


 グラルートが腕を勢いよく振り下ろす。すると、ムシャリという咀嚼音と共に、2メートルほど離れていたグラルートとの距離が一気に詰められた。


 咄嗟に飛び退いて回避しようとするも、何故か距離は離れない。混乱する私の耳に、グラルートの声が冷酷に事実だけを告げる。


「我が今し方喰らったのは貴様と我との『距離』。喰らった距離は、我が完全に消化するまで元に戻ることはない。消化にかかる時間は3秒程度。⋯⋯貴様を殺すには、充分過ぎる時間だ」


 再び聞こえる、ムシャリという咀嚼音。グラルートの広げた手が喰らったのは、私の右足だった。


「あああああ!?」


「自慢のスピードも、足を喰らえば意味は成さぬ。⋯⋯これで、詰みだ」


 ガバッと音を立てながら、グラルートの腹に大きな穴が空く。そして、その穴の中へと取り込むように、私を両手で掴み、引っ張るグラルート。


「⋯⋯なに勝手に人の後輩を食べようとしてんのよ!」


 その時だった。私とグラルートの間に割り込むように飛び込んできたドクさんが、私の代わりにグラルートの体内へと飲み込まれていく。直前まで全く気配が無かった故に、私もグラルートも気が付かなかった。


 あっという間にグラルートの体内へと消えたドクさんを、呆然と眺めていた私の腕を、何者かが後ろに引っ張る。足が片方ないため上手く走れない私を、ため息をつきながら腕に抱えたのは、先程グラルートに食べられたはずのドクさんだった。


「え!? ど、ドクさんさっき食べられたはずじゃ⋯⋯。というかこれお姫様抱っこ⋯⋯!?」


「細かいこと気にしてるんじゃないわよ! さっさと逃げるわよ、この馬鹿兎!!」


「で、でもグラルートが私達を逃がしてくれるとは⋯⋯」


 どうしてドクさんが無事だったのかはまだ理解出来ていないが、このままグラルートが私達を逃がしてくれるとは考えにくい。


 しかし、何やらグラルートの様子がおかしい。先程私に使った技を使うことはなく、しかも何やら苦しげに呻いているではないか。


 そして、その間に既にドクさんはアジトへの転移陣を作動させている。転移陣の中心に乗ったドクさんは、グラルートに向かいべーっと舌を出すと、得意げにこう言った。


「何でもかんでも食べるのは褒められた行為じゃないわよ、お馬鹿さん。綺麗な花には毒があるんだから。⋯⋯余分な脂肪で型を取って、中にありったけの毒を詰め込んだ『死化粧(しにげしょう)』。それで死ぬとは思えないけれど、しばらくもだえ苦しむといいわ」



 満面の笑みでそう告げた直後、ドクとエミの姿は阿蘇山から消えていなくなる。ただ1人残されたグラルートは、ドクの体重分の毒を喰らってしまい、必死に消化分解に励んでいた。


 普通の魔族なら致死量の何十倍もの量の毒でも、『暴食魔将』グラルートならば苦しみこそすれ、死に至ることはない。


 しかし、久方ぶりに感じた苦痛。そして毒の作用によって激しく高鳴る胸と高熱は、グラルートの心にある変化をもたらしていた。


「ま、まさかあのような弱者が我を苦しめるとは⋯⋯。気配は感じていた。しかし、我の障害にはならぬと決めつけ無視していた弱者が⋯⋯。しかし、奴は我を苦しめ、あろう事か愚弄して逃げ去った。嗚呼、なんと⋯⋯なんと素晴らしい女性なのだ」


 今まで経験したことのない程の胸の高鳴り。グラルートは、これが恋であると悟った。


「ふふふ⋯⋯。確か、ドクと呼ばれていたな。あの美しい毒姫は、必ず我がモノとしてみせるぞ」


 毒に苦しみながら、そう決意を新たにするグラルート。そして、無事アジトに帰還したドクは、謎の悪寒に身体を震わせることになるのであった。


次回からは新パート突入。出番が無かった子たちの久々の登場。そしてそれが終わったら第五章です!

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