元転生令嬢との魔術特訓(1日目)
今回は時間がなかったので少し短めです。
「⋯⋯知らない天井だ」
まあ記憶喪失だから全部知らない天井なんだけれど。ただ、この土で出来た天井を見たら何となくそう言わなきゃならない気がした。
ボクのために用意された部屋は、最低限の家具が置いてあるだけのシンプルな部屋だった。それでも、自分の部屋ってだけで安心感がある。
記憶喪失でも、身支度の仕方はばっちり覚えていた。顔を洗い、服を着替える。服の替えもばっちり用意されてあった。⋯⋯うわぁ、サイズぴったり。なんでだろうな。昨日会ったばかりなんだけれど。用意周到過ぎてちょっと怖い。
部屋のドアを開けると、長い廊下に出る。この廊下、ぱっと見だと突き当たりが見当たらない。改めてこの空間はかなり謎だと思う。
「なんだろこの匂い。朝ご飯かな?」
どこからか良い匂いが漂っている。ついついその匂いにつられてフラフラと足を運ぶ。
どうやらその匂いの元は、昨日ボスたちに会ったあの部屋のようだ。そっとドアを開けると、さらに匂いが強くなる。
昨日は無かったはずの大きなテーブルが、部屋の中央にどんと置かれている。そこでは、赤毛のシスター、ラブが朝っぱら酒瓶を傾けていた。
「お、新人じゃん。おはよっ。朝早いねぇ」
「おはようございます。ラブさんもお早いんですね」
「あー、昔のなごりでね。どうしても早く起きちゃうのよ」
「それで朝っぱらからお酒を飲むのはどうかと思うけれどな。ほい、朝ご飯だ」
そう言ってラブの前に味噌汁とお茶碗を置いたのは、まだ見たことのない人物だった。さっきの台詞とエプロンを着ていることから、この人があの良い匂いの発生源だろう。
ボクがじっと見ていることに気付いたのか、彼は人当たりの良さそうな笑みを浮かべて自分から名乗ってくれた。
「お、君が噂の新人か。俺は『トム』。気軽にトムおじさんって呼んでくれ。ここではコックみたいなことをしてんだ。色々大変なこともあると思うが、頑張れよ」
「ぼ、ボクはユウです。よろしくお願いします!」
「はは、若い子は元気でいいなぁ。おじさん羨ましいよ」
昨日まで女の人しか見なかったから、てっきりここに男の人は居ないと思っていた。異性と話すのは記憶の中では初めてのことなので少し緊張しちゃったけれど、トムおじさんには話しやすい雰囲気がある。昨日あんな濃い面子ばかり見てきたからなおさらそう思えた。
「そういえばユウ、アンタ今日からリズに仕事教わるんだろ?」
「あ、はい。昨日ボスから言われました」
ボクの返答を聞いたラブは、にいっと悪戯っぽい笑みを浮かべ、ちょいちょいっと手招きをしてボクに近くへ来るよう誘った。
「ラブさん、どうしたんですか?」
「ラブでいいって。まあ何も聞かず黙ってこっちに来なよ。いいこと教えてやるからさ。にししっ!」
そして、そそそっと近くに寄ったボクに、ラブはこう囁いた。
「気をつけろよ、ユウ。リズのやつ、レズだから。もしかしたら襲われるかもな~?」
〇〇〇〇〇
「どうしましたか、ユウさん。さっきから何だかソワソワしてますわよ」
「い、いいえ!! 特に何もないです、はい!!」
さっきラブに言われたことが頭の中をぐるぐると回っているせいで、リズとの会話に集中できない。
本人に聞いて確かめてみたい。しかし、知り合ってそんなに経ってないのにこんなデリケートな質問をしたら失礼じゃないだろうか。
「何もないなら良いですけれど⋯⋯ちゃんと集中してくださいませ。今から貴女には魔術を覚えて貰おうと思っているのですから」
「魔術って⋯⋯本当にボクにそんなことが出来るんですか?」
「昨日会った時も言いましたが、貴女には魔力が備わっていますわ。わたくしの目、サファイアのような青色をしているでしょう? これは少し特別な目でして、生物が宿す魔力の量を見ることができるのです」
リズは自分の目を見せるためか、その整った顔をぐいっと近づけてきた。いきなりの急接近に、思わず「ひょえっ!?」と間抜けな叫び声を上げてしまう。
「ふふっ、驚いた顔もとても可愛らしいですわね。さあ、ひとまず魔術の基礎から学んでいきましょう? わたくしが手取り足取りじっくり指導いたしますわ」
ラブからあんなことを言われたせいで、リズの言動をいちいち意識してしまう。この日は結局最後まであまり集中できないまま、魔術の特訓を終えたのであった。
次回は少し長め。2,3日目をまとめて投稿します。