エミの孤独な戦い
『それじゃあ、いってきます』
そう言って、いつものように学校へと行った兄。それが、エミが聞いた兄の最後の声だった。その日を境に、兄は唐突に姿を消してしまったのだ。
警察にもちゃんと相談したが、学生の行方不明事件など単なる家出だろうと言われてちゃんと捜査して貰えなかった。しかし、あの兄に限って家出なんてあり得ない。いつも、病弱な母のことを心配して学校が終わるとすぐ帰ってくるような兄なのだ。だから、エミと母の2人は、兄が帰ってくることを信じて待ち続けた。
⋯⋯結局、半年経っても兄は帰ってこず、第2の不幸がエミたちを襲った。魔族の襲来である。突如として異世界からやって来た魔族によって、日本はあっという間に支配された。そして、エミは母と引き離され、この『ヒューマン・ズー』へと連れてこられたのだ。
エミが連れてこられた時は、『ヒューマン・ズー』はまだ本格的に稼働してはおらず、同時期に連れてこられた人間は皆、『色欲魔将』ルクスリアの指示と『憤怒魔将』イライザの協力の元、改造手術を施された。
その改造手術に成功し、兎の特徴と身体能力を身につけたエミは、不幸と呼ぶべきか、それとも幸運と呼ぶべきだろうか。中には手術に失敗し、訳の分からない物体に成り果てた者や、その場で死んだ者も居たから、それと比べれば幸運だったのかもしれない。しかし、エミはそれと同時に修羅の道を歩む選択肢を強いられることになったのであった。
「折角の成功体だもの。皆に披露してあげなきゃ」
そんなルクスリアの提案によって作られたのが、『ヒューマン・ズー』中心部に位置する巨大闘技場である。エミはそこで、剣闘士として一日中バケモノや同じ人間相手に戦う日々を送ることになった。
これまた不幸か幸運か、エミには並外れた戦闘センスがあった。エミの改造手術のベースとなった兎は、その長い耳からも分かる通り非常に聴力に優れており、また脚力も凄い。大型の兎ならば時速80キロで走ることが出来ると言われているくらいだ。
エミは、その脚力を活かして、蹴り技だけで数々の相手を倒してきた。また、戦闘において通常の兎よりもさらに発達した聴力は、筋肉が収縮する音まで察知する。その力を使って、まるで未来が見えているかのように対戦相手の攻撃をかわし、必殺の蹴りをカウンターで放つのだ。
当然、エミも最初から戦えていた訳ではない。初めて闘技場のステージに立った時は、足が震えて逃げ回ることしか出来なかったくらいだ。そんなエミを変えたのは、ルクスリアが放ったとある一言であった。
「可愛い可愛い兎ちゃ~ん。もし、貴女がこの闘技場で100勝を果たした暁には⋯⋯貴女を自由にしてあげる。そして、居なくなった貴女のお母さんとお兄ちゃんを探す手伝いをしてあげるわぁん」
「そ、それ、ホントですか⋯⋯?」
「ホントよ、ホント。オカマは嘘はつかないのよぉん」
ルクスリアのその言葉を信じ、エミは毎日戦いに身を投じた。いくら並外れた格闘センスがあったとはいえ、連日連戦では疲れもたまる。しかし、エミには休みなど与えられなかった。日々増えていく傷、そして荒んでいく心⋯⋯。特にキツいのは、人間同士で戦う時である。相手も、自分と同じようにルクスリアに何か言われているのか、勝利のために必死で向かってくる。そんな相手を倒すのはとても心が痛んだ。
それでも、エミは負ける訳にはいかなかった。自分でここから抜け出すのは不可能なこと。それは、多少強くなった今でも分かった。だからこそ、ルクスリアの言葉を信じるしかない。母と兄に会わせてくれるという言葉を信じ、エミは戦い、勝ち続けた。
そしてついに昨日、エミは通算98勝を納めた。今日2勝すれば、ルクスリアの約束である100勝を達成する。エミは、折れそうな心と身体に鞭を打ち、闘技場の中へと足を踏み入れるのであった。
〇〇〇〇〇
「さあ、皆盛り上がってるかしら~? さっきのマウンテンバイクゴリラVSドラゴンカーサックスの戦いは盛り上がったわね~。で・も~、アンタ達が楽しみにしているのはこいつでしょ? 通算98勝、無敵の剣闘士! 可愛い見た目に騙された男共が、何人この兎ちゃんの餌食になったことやら。返り血を浴びて染まる真っ白な衣装を見た剣闘士達が、付けた呼び名は『ブラッディ・バニー』!! エミの登場よ~!!」
エミが入場してきた瞬間、会場が揺れんばかりの大歓声が巻き起こる。そんな大歓声にも動じることなく、エミが見つめる先は対戦相手の入場してくるゲートの方である。
「そんなエミちゃんを相手にするのは~、最近闘技場で頭角を現してきたこの男! 元殺人犯、通称『殺戮サイボーグ』!! フォルテッシモ・ピッツァーノよ~!!」
ルクスリアの紹介を受けて登場したのは、2メートルは優に超えた大男だ。その両手はどちらもギャリギャリと音を立てるチェーンソーに改造されており、恐らくそれを武器にして戦うのだろうことが予想出来た。
「ヒャッハー! よう、ブラッディ・バニー! お前の連勝記録も残念ながらここでストップだ。今からお前のその真っ白な服を、返り血じゃなくてお前自身の血で染められるかと思うとよぉ⋯⋯俺の股間のボルトが、いきり立ってしまうぜぇぇぇーーー!!」
ギャルルルルルという激しい駆動音と共に、股間のボルトがせり上がり、ズボンを突き抜けてエミへと撃ち出される。先手を打ったのはフォルテッシモだ。
しかし、耳のいいエミは、撃ち出される前から股間の異音に気付き、反撃の準備をしていた。撃ち出されたボルトを打ち返すのは、鋼鉄のすね当てが付けられた細長くしなやかな脚だ。
「⋯⋯ひょえ?」
打ち返されたボルトは、そのままフォルテッシモの脳天を貫き、闘技場の壁に埋まり込んで止まった。こういう、元殺人犯とかいう悪人ならば、エミも躊躇う必要がないのでやりやすい。
いくらサイボーグとはいえ、脳天を撃ち抜かれてはどうしようもない。ビクンビクンと闘技場内で痙攣を続けるフォルテッシモを見て、ルクスリアはエミの勝利を告げた。
「なな、なんと~! 99勝目は驚くべき速攻よ~!! カウンターが見事に脳天に決まったわね。ん~、気持ちイイ~!! そして⋯⋯次もしエミちゃんが勝てば、100勝目。私は彼女に、無事100勝を果たしたら自由にすると約束をしてあげたわ」
ルクスリアがエミとの間で交わした約束について告げると、会場からはブーイングが巻き起こる。しかし、そんなブーイングも想定内とばかりに落ち着いた態度のルクスリアは、手をばっと上にあげるだけで会場を静かにしてみせた。
「あんた達、見苦しいわよ! オカマは嘘は決してつかないの。確かに、エミちゃんという人気者を失うのは大きな損害⋯⋯でも、ここまで頑張ってきた彼女には、これくらいのご褒美はあげて当然。そうは思わないかしら?」
内心、約束は守られないのではないかと不安に思っていたエミは、ルクスリアのその言葉を聞いてほっと息をついた。約束を破らないというのは、どうやら本気らしい。そうじゃなければ、こんな大人数の前でこのようなことを言わないだろう。
しかし、その一瞬の安堵は、次のルクスリアの言葉でたちまち絶望へと変わるのであった。
「でも⋯⋯記念すべき100勝目の試合に、中途半端な相手が出てくるのは、皆つまらないわよね? だから、今日は特別ゲストを呼んできたわ。彼女なら、100勝目の相手に相応しい⋯⋯それどころか、これまでのどの試合よりも盛り上げてくれること間違いなし! さあ、紹介するわよ。私のお友達、『憤怒魔将』イライザの入場よ~!!」
その名が呼ばれると同時に、会場に響き渡る咆哮。入場ゲートを豪快に突き破って現れたのは、ボサボサの白髪を腰あたりまで伸ばした、褐色肌の美人だった。しかし、その手足は毛皮で覆われ、頭のてっぺんにあるネコ科特有の丸い耳が、彼女が人間ではないことを示していた。
「ガルルルル! さあ、お前がアタイの相手かい? ちったぁ楽しませてくれよぉ!?」
彼女こそ、『憤怒魔将』イライザ。またの名を⋯⋯『百獣女王』。ライオンの力をその身に宿した『獣人族』最強の戦士が、エミの前に立ち塞がったのであった。
褐色肌よいよね。あ、あと感想とかポイント評価とか気が向いたらお願いします




