生き残り少女と手を繋ぐ朝
前回後書きで温泉回と言いましたが、思った以上にその前の描写が長くなってしまったので温泉回はまた次回に延期です。ごめんなさい!!
「おい、ユウ起きな」
ガシガシと身体を揺らされ、無理矢理起こされる。眠たい目を擦って時計を確認すると、まだ朝の五時だ。昨日は宴で盛り上がったこともあって寝るのも遅かった⋯⋯というか途中から全く記憶が無い。何故か頭もガンガンと痛むし、もう少し寝かせて欲しい。
「おい、何黙って二度寝しようとしてんだい。露天風呂を見つけたから、アンタも一緒に入らないかい? アベとご隠居はもう先に行ってるよ」
「露天風呂、ですか⋯⋯? なんでそんなものが⋯⋯」
「さあね? たぶん、あのメビウスとかいう魔族が趣味で作ったんじゃないかい? アイツ自体は気に入らないけれど、施設自体に罪はないしね。存分に堪能させてもらおうじゃないのさ」
ラブの言うことは一理ある。それに、昨日は宴のあとそのまま寝てしまったのか身体が汗で若干べたべたする。ボクはラブに付いていこうと布団をはねのけて⋯⋯その時、ザキがまだ布団にくるまって眠っていることに気が付いた。
「あれ、ザキさんは誘わないんですか?」
「あー、それなんだが、ザキは一緒に風呂に入りたがらねぇんだよ。前にも誘ったことがあるんだけれどさ、全力で拒否られてね。それ以来誘わないようにしているんだ」
風呂に一緒に入りたがらないという人は、確かに居ると思う。拒否するならば、無理に誘うのもよくないことだろう。
「⋯⋯ラブさん、先に露天風呂に行っててくれませんか? ボクはサーチを使えば場所は分かりますし」
「あんたもしかして、ザキを誘うつもりかい? 無理だと思うけれどねぇ」
それでも、何故かこの時ボクは、ザキを誘ってみようと思ったのだった。先に風呂へと向かうラブを見送り、とりあえずザキを起こすため声をかけてみることにする。
「もしもーし、ザキさん、朝ですよ~」
返事はない。すうすうという小さな寝息が聞こえてくるだけだ。そこで、もう少し耳元に近づいて大声で話しかけてみる。
「もしもーし! ザキさん、起きてくださーい!!」
「ふえ!? な、何ですか大声出して⋯⋯って、ユウさん!? 近いです近いです私を殺す気ですか!?」
ザキは無事目覚めたが、何故かボクの顔を見るなり猛スピードで部屋の隅に逃げて行ってしまった。猫耳フードのパジャマを着ているせいで、ふうふうと鼻息荒く警戒した目でこちらを見る様子は、まるで本物の猫のようであった。
「ザキさん、なんでそんなに逃げるんですか? それに顔も赤いみたいですし⋯⋯もしかして熱でもあるんですか?」
「ああ、あなた、昨日のこと覚えていないんですか!?」
「え、よく分かりましたね。実は昨日の記憶が一部飛んでいて⋯⋯ラブさんから水を貰ったことは覚えているんですけれど、それ以降のことは全く覚えていないんですよね」
そう答えると、ザキは信じられないようなモノを見る目でこちらを凝視してきた。
「う、嘘⋯⋯!?まさか、アレを覚えていないだなんて⋯⋯」
「え、もしかしてボク、何かしちゃいました?」
「おお、覚えていないなら、いいんです。いや、よくはないけれど、触れられない方が助かります⋯⋯。そ、それより、なんで起こしたんですか? 時計を見る感じ、まだだいぶ早い時間な気がしますけれど⋯⋯」
そういえば、まだ本題を話していなかった。ボクはザキに、ラブに露天風呂に入らないかと誘われたこと、そして、もしよければ一緒に入りに行かないかということを告げた。
「お、お気持ちはありがたいですが、遠慮しておきます⋯⋯。私、他人と一緒にお風呂入るのが、その、苦手なので⋯⋯」
ラブから聞いていた通り、ザキは誘いには乗ってこなかった。しかし、断られることは想定内である。そこで、もうちょっと強引に誘ってみることにした。
「えー、折角なので一緒にお風呂入りましょうよ。ボク、ザキさんと一緒にお風呂入ってみたいです。まだあんまりお話出来ていませんし、裸の付き合いで仲を深めませんか?」
「は、裸の突き合い⋯⋯!? ななな、何てことを言うんですか! あなたやっぱり変態ですね! 昨日だってあんなことをいきなり⋯⋯」
ザキは慌てて口を塞いだが、もう遅い。どうやら昨日ボクがザキに何かをしてしまったのはほぼ間違いないようだ。ボクは覚えていないが、ザキはしっかり覚えているようなので、出来れば教えて欲しい。もし仮に失礼なことをしてしまったならば謝る必要もある。
「ねえザキさん、昨日何があったのか、教えてくれませんか?」
「だ、ダメです。話せません。⋯⋯って、なんで少しずつこっちに近づいて来ているんですか!?」
「いや、逃がさないようにしようと思いまして。で、何があったんです? もしボクがザキさんを怒らせるようなことをしてしまったなら、謝らせてください」
「い、いや、別に怒ってはいませんけれど⋯⋯ちょっと驚いただけというかなんていうか⋯⋯と、とにかく教えることはできません!」
じりじりと畳の上で距離を詰めていき、もう拳1個分の距離まで近づいた。この距離だと、顔を下に向けていてもザキの顔が真っ赤になっていることが良く分かる。その顔を下から無理矢理覗き込むと、ザキは小さく「ひぃっ!?」と悲鳴を上げた。
「⋯⋯分かりました。じゃあもう昨日のことは聞きません。その代わり、一緒にお風呂に入りませんか?」
「ど、どうしてそこまで私と一緒にお風呂に入りたいんですか⋯⋯?」
「深い理由はありませんよ。ボクはただ、ラブさんやザキさんともっと仲良くなりたいだけなんです」
合同任務で一緒になったはいいが、ラブもザキも、ゆっくりと話す機会はなかった。そのため、リズやラビ、ドクといった指導という名の新人研修で一緒に居たメンバーと比べると、まだ距離を感じるところがある。その距離を、この機会に少しでも縮めたいと思ったのだ。
「ゆ、ユウさんの考えは分かりました。でも⋯⋯やっぱり、私は他人と一緒にお風呂に入るのは無理です。私の裸なんて見たら、皆不快に思ってしまいますから」
ザキの口ぶりからするに、風呂に入るという行為というよりは、裸を見せることに躊躇いを感じているようだ。しかしそれならば、対処は簡単である。
「それじゃあ、ここで脱いで裸を見せてください。ボクだけに見せるなら、抵抗も少ないでしょう?」
「⋯⋯え? えええ!? ああ、あなた、何馬鹿なこと言ってるんですか。やっぱり変態です最低です死んでくださいぃぃぃ!?」
「まあまあ、落ち着いてくださいよ。もしこれでボクがザキさんの裸を見て不快に感じなければ、ザキさんが風呂に一緒に入れない理由はなくなるでしょう? そして、もし他の人に裸を見られるのが嫌でも、ボクの身体に隠れれば問題はないはずです」
「な、なるほど⋯⋯?」
「納得してくれたようで何よりです。それでは、早速脱いでみてください。ラブさん達を待たせているので、モタモタするならこちらで脱がせますよ?」
「分かりました、脱ぎます! 脱ぎますからぁ!! うう、後悔しても知らないですよ⋯⋯」
ようやくザキの説得に成功し、ザキは涙目になりながらもゆっくりとパジャマを脱ぎ出す。パジャマは上下一体になっているタイプらしく、背中のチャックを開けてもぞもぞと手足を動かすと、いきなり下着姿のザキが現れた。
まず目を引くのは、服を着ている時ではあまり分からなかった大きな胸だろう。ブラジャーの拘束でもその重量を支えきれず、服を脱いだ瞬間たゆんと大きく上下に弾む胸につい視線がいってしまった。
「どうです? 醜いでしょう⋯⋯?」
「すごい大きいです」
「え?」
「あ、すいません」
思わず素直な感想を述べてしまい困惑させてしまった。ザキが自分で『醜い』と言っているのが何かは、何となく察することが出来る。胸の次に視線がいったのがソレだったからだ。
ザキの真っ白な身体には似合わぬ、無数の傷の跡。それが、太股や腕、腹など至る所に付いていた。しかも、右太股の傷はよく見たら名前のように見えるし、他の傷もどこか法則性があるように思えた。
「⋯⋯この傷は、私と一緒に施設に捕まった人達の名前です。誰かから既に聞いているかもしれませんが、私は昔、魔族に捕まり、恐ろしいゲームの実験台にされました。そして、私は⋯⋯自分が生き残るために彼らを皆殺した。そうするしか、なかったんです」
ザキが語り出したのは、自らの過去についてだ。ラブも詳しくは知らなかったザキの過去。それを何故今、自分に話してくれているかはよく分からない。でも、話してくれるからには聞く準備はしっかりと出来ていた。
「私は、自分が生き残るためだけに他の人間を殺した、醜い人間です⋯⋯。こうして名前を自分の身体に彫ったのは、彼らを忘れないため⋯⋯。私の罪を、忘れないようにするため。死んでしまった彼らのためにも、私は絶対に死ぬ訳にはいかないんです。そして、こっちの傷は⋯⋯私がこれまで殺してきた魔族の数を示したものです。昨日も、忘れずに傷を付けました」
そう言ってザキが指さす先には、確かにまだふさがったばかりと思われる切り傷が刻まれていた。ボクがその傷を見たことを確認したザキは、ぐしゃっと歪んだ笑みを浮かべる。
「これで、分かったでしょう⋯⋯? 私は本来、あなたたちと一緒に戦うことすら許されない、穢れた人間なんです。こんな私と仲良くなろうなどと思わず、あなたは早く私を置いて皆の元に向かってください」
「何を言ってるんですか? ザキさんは穢れてなんかいません。むしろ、凄い優しくて綺麗ですよ」
これまで、『ザキ』という人間のことをあまりよく理解出来なかった。それどころか、何となく怖い人だななんて思っていたくらいだ。
しかし、先程のザキの話を聞いて分かった。この人は、とても優しい人だ。だから、自分だけ生き残ってしまったことに罪悪感を抱えているし、自分の身体を傷つけることで贖罪としている。
それに、殺した魔族の数を刻むという行為も、それだけみればかなりヤバいが、これもまたザキなりの贖罪なのだろう。数を記すだけなら、わざわざ自分の身体を使う必要はないのだ。本来ザキにとって憎しみの対象でしかない魔族に対してもそのような行為をするのは、ザキが真面目で、不器用な人だからだ。
「私が、綺麗⋯⋯?」
「はい。この傷は、ザキの心そのものです。傷ついてもなお、優しさを失わず真っ白なまま。誰が何と言おうと、ボクはザキの身体はとても綺麗だと思います。隠す必要なんて全然ありませんよ。だから、一緒にお風呂に⋯⋯」
その言葉を、最後まで言い切ることは出来なかった。ザキが、ボクにいきなり抱きついてきたからだ。ちょっと驚いたが、ザキの目から涙が零れているのを見て、ボクは優しく彼女の頭を撫でてあげることにした。
「そ、その言葉⋯⋯信じますからね? もし冗談なら、この場で殺しますよ⋯⋯?」
「もちろん本気ですよ。ボクは嘘をつけるほど器用な人間じゃありません」
「そうですか⋯⋯。え、えへへ、何か、胸がぽかぽかします。⋯⋯もうちょっとだけ、このまま頭を撫でて貰っていいですか?」
「いいですよ。ザキさん⋯⋯いや、ザキが満足するまで、このままずっとこうしています」
ボクはしばらくの間、ザキに求められるまま彼女の頭を撫で続けた。そして、どれくらいそうしていただろうか。満足した様子のザキは立ち上がり、ボクに向かって手を伸ばした。
「それじゃあ⋯⋯ろ、露天風呂、行きましょうか。案内、してくださいね⋯⋯」
「勿論です! 皆のところに行きましょう!」
ザキと手を繋いで、一緒に露天風呂へと向かう。その頃には、もうすっかり朝日は昇りきっていた。
次回こそ温泉回です!




