おじさんはスローライフがしたい
今回は今まで影が薄かったトムおじさんの過去に触れていきます。
「いやぁ、おっさんは戦いとかそういうのは得意じゃないんだよ。肩はあんまり上がらないし、ちょっと身体を動かすだけで翌日筋肉痛になってしまう」
「それに、いくら魔族とはいえ娘くらいの見た目の子を傷つけるのはあんまり良い気持ちがしないんだ。絵面もヤバいし、君がどこかに訴えたら負けるのはおっさんの方だと思う」
「だからというわけじゃあないけれど⋯⋯そろそろ死んでくれないか?」
地べたにどっこいしょと座り込むトム。彼の目の前には、植物のツルによって全身を締め付けられ苦しげにもがく魔族の少女、ホープの姿があった。
「むー、むー!!」
「いや、何言っているか分からないなぁ。何か言いたいことがあるならはっきり言ってくれないと。おじさんは耳が遠いんだよ?」
必死の形相で何かを訴えるホープだが、その訴えがトムに届くことはない。それどころか、懐から水筒を取り出しお茶を飲み始める始末だ。さらにはどこからか取り出したバスケットにはしっかりサンドイッチまで付けられていて、すっかりピクニック気分である。
「はむはむ、いやぁ、我ながらよく出来た。上手い料理にお茶ときて、これで桜でも咲いてれば花見が出来たんだが⋯⋯君じゃあ花にはなれないな」
「むーー!!」
「五月蠅いなぁ。少し黙ってくれないか。そうだ、子守歌代わりに少し昔話をしてやろう。これできっと、君もぐっすり眠れるはずだ」
ことっと音を立てて、コップを床に置く。バスケットの中のサンドイッチは既に無くなっている。それが合図だったかのように、トムは静かに自分の過去を語り始めた。
「おじさんはかなり昔、異世界に転移させられたんだ。勇者として召還された若者たちに巻き込まれてね。その若者たちは凄い力を持っていたけれど、おじさんには植物の生長を早めることが出来る力くらいしか特別な力を与えられなかった。まあ、今ではそれでよかったと思っているよ。おじさんはショボかったから自由気ままに生きることが許されたけれど、あの子たちは無理矢理強い魔族とばかり戦わされていたからね⋯⋯」
「そしてある日、おじさんは偶然、元の世界に戻る『穴』を見つけたんだ。いや、見つけたというか偶然落ちたって言った方が正しいかな。元の世界に戻れたってことに気が付いたのは、目覚めた時に居た場所が住み慣れた我が家だったからだ。⋯⋯ある一部を除いてね」
「おじさんは元の世界に、妻と娘を残していた。その妻と娘が⋯⋯剥製になって壁に飾られていたんだ。そしてその下には、花見をするみたいに俺の妻と娘の剥製を眺めて酒を飲み、大声で騒いでいる魔族がいた!!」
先程までのゆったりとした雰囲気はどこへやら、真っ直ぐにホープを見据えるその瞳には確かな殺気が籠っていた。
ツルに縛られ、身動きが出来ない状態でそんな強い殺気を向けられたホープは、恐怖のあまり失禁してしまう。じわじわと股間からしみ出した液体は床へと落ち、そこに根付いていた植物の養分となって、さらにツルは太く、長く成長しホープをより一層締め付けた。
「あーあ、汚いね。俺の可愛い子供にそんな汚物を与えないでくれよ」
そんなホープの様子を見ても、トムは一切同情をすることはない。むしろ、尿をかけられた植物の方を心配しているくらいだった。
「君が言いたいことは何となく分かる。『どうしてこんなことをするんだ』、『早く助けてくれ』⋯⋯そう言いたそうな顔をしているからね」
「でも、きっと俺の妻と娘も、君たちに同じようなことを言ったはずだ。剥製にされた妻と娘の表情は、絶望と悲しみで歪んでいた⋯⋯。苦しかっただろう、辛かっただろう。今でも、2人のことを思うと胸が張り裂けそうになるよ」
「俺はただ、ゆったりとした老後を送れたらそれで満足だったんだ。異世界でも争うことはなく、ただのんびりと植物を育て、元の世界へ戻ることだけを夢見ていた。こっちの世界に戻ってきたら、家族3人で家庭菜園でもやりながら、のんびりスローライフを送りたいと⋯⋯そう願っていたんだ」
「今君が苦しんでいるのは、君たち自身が招いた罰だ。元々、俺の植物を育てる能力にはここまでの力はなかった。でも、君たちへの殺意と怒りが、俺を変えてしまった。今では、土がなくても植物は勝手にはやせるし、今君に巻き付けているみたいな、魔力を養分に成長を続ける特殊な植物の種を産み出すことも出来る。⋯⋯皆、俺の可愛い子供たちだよ」
トムは、水筒とバスケットを床に置く。すると、それらの荷物を包み込むように植物が床から生え、飲み込むと同時に荷物ごと床に消えていく。
「さあ、花見はしまいだ。最後に咲く大輪の花を、君も見られたらよかったのにな」
立ち上がったトムの目の前で、ホープを締め付けていた植物が最後の成長を始める。ツルの先端に巨大な花のつぼみが出来たかと思うと、そのつぼみがくぱぁと大きく音を立てて開いた。
紫色の毒々しい色をした花の内側には、鋭い牙がいくつも生えている。そんな花が自分を丸呑みにせんと迫り来る様を見たホープは、絶望の表情を浮かべた。
「た、助⋯⋯」
目に涙を浮かべ、トムへと手を伸ばすホープ。しかし、その手をトムが取ることは勿論なく、ホープは頭から花に丸呑みされてしまった。
しばらく花がホープを消化している様子を見ていたトムであったが、やがて興味を失ったのかパチンと指を鳴らす。すると、先程ホープを飲み込んだ植物が急速に成長を始め、花から実になり、そして実が割れて中から種を落とし、そして一瞬のうちに枯れて消えていった。
トムは落ちたばかりの種を拾うと、それをポケットの中にしまい、鼻歌交じりに歩き出した。
その心の内に静かな狂気を宿した優しきおじさんは、これからもどこかで美しく恐ろしい花を咲かせるのだろう。
次回は⋯⋯アベちゃんの戦いは飛ばして、全員合流からの対メビウス戦ですね。正直アベちゃん個別戦闘で書くことがねぇ!
アベちゃん個別回を楽しみにしていた方はすいません。ただ、1人出遅れているあの子の動向についても少し触れますので楽しみにしていてください。




