忘れてはならないモノ
スライムってえっちですよね。
「くらえ、『ファイア』!」
ひとまず、1番得意な火の魔術で様子をみることにする。しかし、ボクが放った火球は、ナナホシに直接当たることはなかった。
「いきなり攻撃してくるなんて、顔に似合わず積極的じゃん。そういう奴は、嫌いじゃないよ!」
ナナホシは、バランスボールのように跨がっていたスライムを前方に展開し壁を作り、炎の魔術を防いでいた。そして、そのスライムは目の前でさらに変形を続ける。
「このスライムは、魔術に耐性を持った特別な素材で作られたんだ。だから、それしきの威力の魔術なら簡単に防げてしまう。さらに、あたいが指示を出せば、姿形も変幻自在!」
ぐにょんぐにょんと形を変えるスライムは、蛸の足みたいな触手をいくつもこちらへと伸ばしてきた。とっさに回避しようとするも、鞭のようにしなやかな動きでこちらへと曲がり、脇腹に衝撃が走る。
「ぐっ⋯⋯! 『ファイア』!」
回避は困難と判断し、火の魔術で焼き切ろうとするも、耐性があるという言葉通りスライムはなかなか燃えない。火を纏ったままボクの身体に絡み付き、逆にボクが炎を浴びることになってしまった。
熱さと締め付けられる苦しさで呻くボクに、ナナホシが追い打ちをかけてくる。
「どうよ、あたいの相棒の第一形態、『type-ソフト』のしなやかさは。そのまま身体を締め付けて全身の骨をぐちゃぐちゃに砕く前に⋯⋯フフ、折角だから楽しませてもらおっかな」
ピッ! とナナホシが指で合図を送ると、スライムは無理矢理ボクの服を引っ張って脱がせようとしてくる。普通ならここで「キャー!」とか悲鳴を上げるべきなんだろうけれど、この行為は逆にボクにとってはチャンスだった。
「⋯⋯『ガスト・パージ』!」
スライムが服を引っ張ってくれたことでこぼれ落ちた宝石。それは、リズから渡されたいざというときのとっておきだ。砕くことで別属性の魔術でも簡単に使えるようになるそれを、ボクは空中で蹴り飛ばすことに成功した。
発動させるのは風の魔術。ボクを中心に発生した突風は、まとわりついていたスライムを吹き飛ばした。ついでに服も弾け飛んじゃったけれど、それは不可抗力だ。お気に入りだったけれども命には代えられない。
そして、拘束から解放されたならば狙うはただ1つ。魔力を身体全体に巡らせて身体強化をすると、先程発生させた風の魔術の余波も使い、一気にナナホシへと詰め寄った。
拳に纏わせるのは火の魔術。あのスライムには魔術が効きにくい。だからこの一瞬のチャンスを活かして、なんとかナナホシを倒さなくては⋯⋯!
「⋯⋯まあ、普通そう考えるよね。あたいが相棒ばっかに戦わせているから、本体はたいしたことないんじゃないかってさ」
しかし、ボクの決死の一撃は、ナナホシの手によってあっさりと受け止められてしまった。慌てて逆の拳を使おうとするけれど、その前にナナホシの拳がボクの鳩尾目掛け容赦なく叩き込まれる。
「ガッ⋯⋯!」
あまりの痛みに耐えきれず、地面に膝をつく。ナナホシはそんなボクの髪を引っ張り、無理矢理持ち上げると再び鳩尾に拳を叩き込んできた。
「お前みたいな弱っちい魔術の使い手なんて、あっちの世界には腐るほど居るんだよ!! そんな雑魚がなんであたいに勝てると思っちゃったかなぁ!? 舐め腐るのも大概にしろやこのゲロカスがぁ!!」
びちゃびちゃ、と胃の中身と一緒に血も床に吐き出される。薄れゆく意識の中で、ボクは頭上から迫り来る巨大なスライムの塊を見た。
「最後は、あたいの相棒の下で眠りな。第二形態、『type-ボックス』。お前みたいな雑魚には、勿体ない墓石だよ」
迫り来るスライムの形状には、先程までのしなやかさは全く感じられない。まさに巨大な墓石のようだった。このまま落下してくるならば、ボクはろくに抵抗も出来ず押しつぶされて死んでしまうだろう。
――お前は、ここで負けてもいいのか?
何かがそう囁いてくる声が聞こえる。これは一体誰の声なのか。迫り来るスライムが、やけにゆっくりと見える。もしや、これは死の間際に聞こえる幻聴なのか。もしそうだとしても、答えは1つだ。
「⋯⋯負けて良いはずが、ないだろ」
そう、ボクはこんなところで負けるわけには、死ぬ訳にはいかない。今こうやって戦っている間にも、仲間達は別の場所で戦っている。そして、リズやラビはきっとボク達が無事に帰ることを信じて待っているはずだ。ドクは⋯⋯ちょっと微妙だけれど、なんだかんだ心配してくれていると思う。
記憶がないボクのことを受け入れてくれた仲間達。そして、今こうしている間にも虐げられている人間や妖怪⋯⋯そういう人達のためにも、ボクはここで死ぬ訳にはいかない。負けるわけにはいかないんだ。
いや、負けるわけにはいかないなんて弱気じゃいけない。ボクは、勝つ。必ずナナホシに勝ってみせる!
《――『勝利への意志』。条件一部達成。一定条件を満たしたことにより、勇者の力と失われた記憶を一部解放します》
先程聞こえた声とは異なる、機械質な声が脳内に響く。この声は、いつかアジトで聞いたあの声と同じだ。
そして、ボクがその声の意味を理解するより先に、ボクの全身は光に包まれる。真っ白に染まる視界の中で、ボクはこちらに手を振る誰かの影を見た。
「これは、この影は⋯⋯!!」
その影は、2つあった。どちらも、ボクにとってとても大切な人の姿。忘れてはいけない、大切な人達。ああ、どうして今まで思い出すことが出来なかったんだろうか。
気が付くと、ボクの目の前には粉々に砕けたスライムの破片と、目を見開いて固まるナナホシが居た。でも、そんなことを気にしている場合じゃない。
「母さん、エミ⋯⋯!」
ボクが思い出した記憶。それは、ボクが長年一緒に暮らしてきた母と妹、2人の家族の名前と姿だった。
次回、ユウVSナナホシ決着。家族の記憶を取り戻したユウ。そして解放された勇者の力とは一体⋯⋯?




