終わりと始まりの日
新連載、頑張ります!
「勇者様⋯⋯本当に、帰ってしまわれるのですか? 元の世界に戻ってしまうと、勇者として身につけた力は失われてしまいます。お仲間のように、この世界に残られては⋯⋯」
「お気持ちはありがたいですが、僕は元の世界に戻ります。母と妹が、きっと帰りを待っていると思うので」
僕が、この世界に召還されたのは、今から約2年前のことだ。病弱な母のため帰りを急いでいた僕はその途中でクラスのリーダー格だった男子とその取り巻きの女子達に絡まれて⋯⋯直後、足下に出てきた魔方陣の力によってこの世界に飛ばされた。
しかし、どうやら僕は勇者召還の儀式に巻き込まれただけだったらしく、また僕のステータスが他より低かったことも災いし、無能とみなされ身1つで追い出されてしまった。
その時は自らの不運を嘆いたけれど、なんとか死なないよう全力でもがき努力していくうちに、いつの間にか冒険者として名を挙げていた。
そして、とある事件で偶然姫様を助けたことをきっかけに、僕たちを召還した国とは別の国から勇者の称号まで貰い、最終的には一緒にこの世界に飛ばされたクラスメイトとも和解し、先日とうとう魔王を倒すことが出来たのだ。
僕たちがこの世界に呼ばれた目的は魔王を倒すことだったので、それを達成したことで僕たちには2つの選択肢が与えられた。1つは、この世界に残る選択肢。もう1つは、元の世界に戻る選択肢。
最終的に生き残ったのは、僕を含めて3人。元々は6人いたけれど、3人は死んでしまった。ちなみに、僕をいじめていたリーダー格の男子は魔王側に寝返ったので僕が殺した。⋯⋯あまり良い思い出ではない。
僕を除いた2人は、元の世界に未練はなく、またこの世界に新しい恋人が出来たので、迷うことなく残る選択肢を選んだ。
僕は⋯⋯かなり悩んだ。僕が助けた姫様、彼女から好意を向けられていることは何となく勘づいていたし、僕も彼女のことは好きだったからだ。姫様は見た目が絶世の美少女なのは勿論、性格もとてもよい。こんな人と恋人になって一緒に暮らせたら幸せになれるんだろうと思う。
でも、僕は元の世界に帰ることを選んだ。家族のことが心配だったからだ。病弱な母のことは勿論、父が居ないため1人で母の看病をしているだろう妹のことも心配だった。家族のことを思うと、自分1人がこの世界に残って幸せになる選択肢は選ぶことが出来なかった。
「⋯⋯勇者様はやはりとても優しいお方ですね。でも、同時にとても残酷です。少しお待ちください。せめて、笑顔で見送りたいのです」
姫様の目には、涙が浮かんでいた。今彼女に何か言葉をかけることは、逆効果だろう。僕は、しばらくの間足下に視線を落とした。
足下では、魔方陣が光を放ち、転送の準備を始めている。流石に覚えていないけれど、きっとこの世界に召還された時見たあの魔方陣と同じ形なのだろう。
「お待たせしました。⋯⋯それでは、勇者様、お元気で。私は、いつでもあなたのことを思っております」
「僕もです、姫様。もし⋯⋯いや、きっと再び会いに来ます! その時は、必ず――」
僕が姫様に思いを伝えきる前に、僕の身体を魔方陣から出た光が包み込んだ。あまりのまぶしさにたまらず目をつぶる。
次に目を開けたら、元いた世界に戻っているのだろう。元の世界に戻ったら、勇者の力は失われると姫様は言っていた。それが真実なら、再び姫様に会うことは不可能に近いことだ。
でも、僕はこの世界で諦めないことの大切さを学んだ。どんな絶望的な状況でも、諦めず前を向き続ければ何とかなるものだ。もしそれで折れそうになった時でも、頼れる仲間が居ればよい。
何十年かかるかは分からないが、必ずこの世界に戻ってくる方法を探そう。そして、再び姫様に会った時まだ彼女の気持ちが変わっていなければ、結婚を申し込もう。
△△△△△
新たな目標を胸に、僕はゆっくりと目を開ける。さあ、懐かしい故郷は、一体どのように僕を迎えてくれるだろうか⋯⋯。
「これは、いったいどうなっているんだ!?」
目の前に広がる光景が信じられず、僕は思わずそう叫んでいた。何度まばたきしてみても、その光景が変わることはない。
記憶の中では、自動車やバイクが走っていた道路。そこを走っているのは、大型のトカゲに似た怪物が走らせる車に、低空飛行で飛ぶ絨毯に乗った耳が長いヒト型の生物。あれは、『エルフ族』もしくは『悪魔族』と呼ばれていた種族のうちのどちらかだろう。あちらの世界では、彼らをまとめて『魔族』と呼んでいた。
空を見上げれば、そこには飛行機ではなくワイバーンと呼ばれていた魔物やドラゴンが飛び交っている。それに跨がるのは、これまた人間ではなかった。
建物にはあまり変化はないが、ところどころに光を放つ宝石のようなものが填まっている。僕の記憶が確かなら、あれはあっちの世界で『魔石』と呼ばれていた魔力を貯蓄する石だ。
「おい、なんでこんなところに人間がいるんだ?」
「よく分からねぇがラッキーだ。女じゃねぇしひょろっちいいからたいした金にはならねぇかもだが、とっ捕まえて商人に売っちまおうぜ!」
近くにいた魔族と思われる奴らが、僕を指さしてそんなことを言っているのを聞いて、僕は何となく、さっきから人間がどこにも見当たらない理由を悟った。でも、その事実をすぐに受け入れることが出来るかと言われたら話は別で、まだ頭は混乱しきっている。
「おい、無駄な抵抗はやめろよ人間。大人しく俺たちに捕ま⋯⋯ぐふぅっ!?」
頭は混乱しているが、無抵抗で捕まるほど鈍ってはいない。勇者としての力は失われても、あっちで身につけた戦闘技術だけはそのまま残っている。僕は襲ってきた魔族を蹴り、殴り、投げる。
「なんだこの人間、随分強いぞ!?」
「慌てるんじゃねぇよお前ら! 所詮人間は劣等種だ。いくら身体能力が高くても魔術に対する耐性はねぇ! 睡眠魔術で眠らせちま⋯⋯へぶしっ!?」
流石に今の状態だと魔族が言ったように魔術を使われたらひとたまりもないので、ぱっと見で魔術が使えそうな杖を持っている魔族を殴り倒しておいた。
そして、暴れていたせいか他の魔族も大勢集まってきたので、迷わず逃げることを選ぶ。偉い人も『逃げる』ってことはたった1つの冴えた策だって言っていた。
「――あら、どこに行くのかしら?」
しかし、逃げようとした僕の目の前に新たな敵が立ち塞がった。ねっとりとした声と目つきで牽制してくるのは、何とも不気味な格好をしたエルフ族(推定)だった。
声は明らかに男の野太いものなのに、ドレスを纏い派手な化粧を施したそのエルフは、僕に既に魔術をかけていたようだった。話しかけられた直後、意識が朦朧としてくる。
「なかなか活きのいい人間だわ。お前達、こいつを私の実験施設に送り込みなさい」
意識を完全に失う直前、僕に魔術をかけたオカマエルフが周りの魔族にそのような指示を出している声を聞いた気がした。
〇〇〇〇〇
ボクは、猛烈な頭痛と騒音によって目を覚ました。身体を起こそうとするが、どうやらロープのようなものでベッドの上に縛られているらしい。
「ここは、いったい⋯⋯?」
痛む頭をこねくり回して、記憶を呼び起こす。そうだ、確かボクはオカマエルフに魔術をかけられ意識を失い、そして実験施設とかに連れて行かれたのだった。
⋯⋯ところで、ボクの声はこんなに高かっただろうか? それに、なんだか少し髪の毛が伸びている気もする。
いやいや、声が高いのは当たり前じゃないか。だって、ボクは女の子なんだから。声が高いのだって当然だし、髪が長いのもまあ女の子なら普通なことだ。
ただ、何だか違和感がある。自分の中の何かが書き換えられてしまったような違和感が⋯⋯。
「ごめんなさいごめんなさい死にたくないので死んでくださいお願いしますぅぅ!!!」
どこからか、悲鳴のような叫び声と同時に銃声が聞こえてきた。そういえば、さっき目を覚ました時も銃声が聞こえていた。ますます頭が混乱する。今、自分はどんな状況にあるんだ?
辛うじて動かすことが出来るのは首だけだ。首を捻り、周囲の状況を確かめようとしたその時、ドカァン! という爆音と共にボクの頭上をドアのようなものが吹っ飛んでいった。
そして、カツ、カツ、カツとヒールのような足音がこちらに近づいてくる。まさか、さっきのオカマエルフだろうか。もしそうだとしたら、この状況を問いただしてやる。
そう決意したボクの顔を覗き込んだのは、オカマとはほど遠い、金髪の美少女だった。まるで、おとぎ話の中に出てくるお姫様のようだと、ボクはその顔を見ながらそんなことを考えていた。
こんな美少女、今まで見たことない。
「さあ、貴女を縛っていたロープは切りましたわ。早くここから逃げましょう。ザキが暴れてくれていますけれど、いつまでもつかは分かりませんもの」
「あ、ありがとうございます! わっとと!?」
ボクが目の前の美少女に見とれている間に、ロープを切ってくれたようだ。慌ててお礼を言おうと立ち上がろうとしたボクを、美少女は両手で抱え上げた。所謂、お姫様だっこだ。
「無理に立たなくて結構ですわ。貴女の身体は今とても弱っていますの。すぐにわたくしたちのアジトへと運びますから、それまでわたくしの腕の中で大人しくなさって?」
「あ、アジトってなんです!? それに、貴女は⋯⋯いや、貴女達はいったい何者なんですか!?」
いきなり見ず知らずの相手にお姫様だっこされ、恥ずかしいやら嬉しいやらで混乱しつつも、気になったことを尋ねる。
すると、金髪の美少女は思わず見惚れてしまうような笑みを浮かべ、こう答えた。
「わたくしたちは人類をこの壊れた世界から救うために立ち上がった組織。そしてわたくしはその一員。名は『リズ』と申します。組織の名は⋯⋯『リターナー』」
これは、僕の物語の終わりと、ボクの物語の始まりの日の話。物語でいうところの、プロローグだ。