第68話 生と死の二択
「汚染は広がり、生物は死に絶え、いつしか大陸全てを飲み込む」
ゼオルは語るのは未来の話だ。遠い遠い未来に訪れる決定的な破滅。
クレイスはぼんやり考えていた。世界の終わりとは、どういったものだろうか。一日で全てが終わるのか、或いはじわじわと終焉に向かっていくのか。
「丸投げすりゃ良いだろ。先送りして、誰かが打開策を見つけてくれることを祈るしかない。それに、女神がそれを望むとも思えないしな」
女神とて滅ぼしたいと思っているわけでもないはずだ。辛うじて生き長らえていたエルフや、環境に適応した数少ない生物だけが存在する世界で、信仰など無意味だ。なら同じように、いつか必ず、なんらかの形で収束を図るだろう。
「そう。どうにもならなくなり、絶望の淵で縋ったとき、破滅への回避は神託によって成される。そしてまた誰もが喝采を上げるのさ。女神は素晴らしい、女神は自分達の守護者だと」
グニャリと空間が歪んだ。それは怒りだ。ゼオルが抱える激情が魔力となって迸る。空間を歪めるほどの、あまりにも強すぎる力。内在する力は人間の者とは思えない。
「――馬鹿馬鹿しい」
ゼオルは吐き捨てた。まったくもってその通りだ。ただのマッチポンプ。結局は未来永劫奴隷という生き方を強制される。だがそれでも、理解してても、そう生きざるを得ない。
「とはいえ旧文明時代には作れたわけだろ? なら、なんとかする方法もそのうち見つかるんじゃないか?」
ゼオルの話を信じるなら、魔力増殖炉の設計そのものに女神は関わっていない。ならばそれは、旧文明時代に自ら手に入れた力のはずだ。ギフトとは違う本物の技術。与えられた力ではなく、掴み取った力。既に失われてしまっているとしても、もう一度取り戻すことならできるかもしれない。
「おいおい俺の話を聞いてたか? ここにある全てが、あの頃の遺物なんだよ。それをどうやって取り戻す? 必要なのは技術のブレイクスルーだ。魔力増殖炉を解析し、干渉、解体方法を見つける。それは完成させた当時より難解だ。そしてそれを誰がやるんだ? 人間か? 魔族か? エルフか?」
あらゆる種族が知恵を出し合い作り上げた夢のクリーンエネルギー。それをどうにかするには、当時の文明を凌駕するほどの知識、技術が必要になるだろう。
ただでさえ技術水準は当時から遥かに劣化している。この場所にある全てが現在の文明を上回っていた。なら、そこに辿り着くまでにどれほどの時間が掛かるのか予想も付かない。
「先の見えない話だ」
「ただでさえ各種族は憎しみあっている。二度と協力などと考え出さないよう呪われている。手など組むはずがないからな」
雨は降り続いていた。自らが生まれる前も、或いは自らが死んだ後も、こうして変わらず雨は降っているのだろうか。そして太陽は照らし続けるのだろうか。そんな益体もないことを考えて苦笑する。ほんとうにくだらない。
どれほど力を得たとしても、どうにもならないことがある。今この場で雨雲を消し飛ばしたとして、それで何が変わるわけでもない。魔力増殖炉をどうにかすることもできない。
ギフトという万能の力を手に入れ、いっときは溺れた陶酔感や全能感もとうに消え失せていた。残ったのは諦めだけだ。過去は変えられず、望む未来も存在しない。あってもなくても何にも影響しない。それが今のクレイスだった。
そんなクレイスの様子に、フッとゼオルが相好を崩した。
「俺は昔からこんな物語が好きだった。どうしようもない悪者がいて、そいつを倒せばハッピーエンド。全員が笑って終われる。そんな幸せな物語がな」
「そういうの今はあんまり流行ってないぞ」
「スレた世の中で嫌になるぜ」
やれやれとゼオルが肩を竦める。だが、その表情はどこか楽しそうだった。
「俺は諦めちゃないぜ。それが俺に託された希望だからだ。未来を奪われ、尊厳を貶められ、バラバラに引き裂かれて。いつか必ず復讐してやると決意した。もう一度奪われたものを取り戻すと誓った。探し続けた。途方もない時間を掛けて。そしてようやく見つけ出した。ただ一つのイレギュラー。女神の齟齬を」
「イレギュラー?」
「魔獣さ。自らの思惑に反して顕現した魔獣に女神は慌てた。だからこそ、あの女は自らのルールを捻じ曲げざるを得なかった。どうやって討伐したのか知ってるか?」
「あぁ。確か各種族が協力して……待て。お前の話が事実ならそれは――」
「そう。自らが引き裂いたはずの各種族達に協力して討伐するよう神託を降ろした。その後はすぐにまた徹底的な離間工作に走ったがな」
かつて魔獣を討伐したとされるのは【勇者】を筆頭とした他種族の混成パーティーだ。それが事実なら、巨大な敵が現れるようなことになれば、種族間同士で手を取り合うことも不可能ではないのかもしれない。
そこでクレイスはようやく気づいた。
この男が何をしようとしているのか、そして何故こんな話を自分にしたのか。
「――! まさかアンタ!」
「魔獣の気配がすっかり消えてやがる。ま、どっちにしても魔獣如き相手じゃ高が知れてるがな。代役にもなりやしねぇ」
悪寒が走る。気持ち悪い。クレイスは自らの意思でこの場に来たつもりだったが、ひょっとしたらそれも女神の誘導なのかもしれない。目の前の男、ゼオルは言った。俺を殺しに来たのかと。
そうかもしれない。いや、そうなのだろう。
この男を殺せるとすれば、それは確かにクレイスだけなのだから。
「――世界の敵になるつもりか?」
「ラスボスには丁度良いだろ?」
気負いなく破顔する。
その笑顔がクレイスには眩しかった。どうしてこんな風に笑える?
疑問を抱くが、その答えを知っている。
――ゼオルは希望を持っている。
絶望に魅入られた自分とは違う、未来を求める意思に溢れていた。
「俺は本気でやるぜ? 手加減はしねぇ。間に合わなかったら滅ぼす。全てを乗り越え協力し俺を殺すのが早いか、俺が滅ぼすのが早いか、チキンレースだ」
自らを犠牲にし、あらゆる種族の敵となる。
未来への可能性を信じ、殺される為に生きる男ゼオル。
「それでも、魔力増殖炉をなんとかデキるとは限らないだろ」
「それはそうさ。だが、きっとやるだろうよ。一度はデキたんだ。クソババアの呪いさえ断ち切れば、世界は正しく前に進んでいける。俺は俺の役割を果たすだけだ」
ゼオルが得た結論は単純明快であり、決して揺るがない強さがあった。
「どうして……そう信じられる?」
「そうだな――俺は愛されてきたからな。親も兄妹も周囲の誰もが良くしてくれた。こう見えて結婚だってしてたんだ。幸せな日々だった。みんな俺を残して死んじまったが、最期に託されたものを、願いを叶えてやりたいだろ?」
(……そうか。この男こそが主人公……)
クレイスは悟る。自分ではない。全てを諦め、何も手に入らず、残ったのは復讐という意思だけだ。他の全てに興味すら失った自分とは違う。
きっとこの世界に主人公がいるとするならこの男だ。過去は知らないが言葉に嘘はないだろう。そしてついに見つけ出した。女神の楔を打ち破る方法を。
「……どうしてアンタは、あんなところで磔にされてたんだ? アンタを倒せるような奴がそうそういるとは思えない」
「あぁ、アレか。どういうわけか俺を補足しやがったクソババアが刺客を差し向けてきやがったのさ。最初は仲間面してたからすっかり騙されちまった」
「刺客? そんなに強かったのか?」
「【剣神】とか言ってやがったか。マリアルとかそんなフザケタ名前だと思ったが、楽しくお喋りしてたら、いきなり刀をぶっ刺されてな」
「マリアルだと!? ウインスランドの初代【剣神】がアンタをやったのか」
衝撃の告白だった。クレイスさえも知らないウインスランドの真実。恐らく誰も知らないだろう。既に死んでいる当主のオーランドも、そしてオーランドに殺された皇帝さえも。真実とは意外とこの程度のものなのもしれない。
「さぁ、どうする御使い? ここで俺を殺せば、何も変わらず、世界は平和なまま緩やかに破滅に向かっていく。ここで俺を生かせば、これから大勢死ぬことになるだろう。俺を殺しに来たお前は、どっちを選択するんだ?」
突き付けられた究極の二択。
一瞬だけ考えるが、最初から答えは一つしかなかった。
クレイスが選ぶ未来、それは――。




