第55話 ダークエルフ
「白いエルフ……? どうしてこんなところに……」
困惑を秘めたまま、そっくりそのまま対照的な言葉が返ってくる。その集団はそれこそ「黒いエルフ」としか言いようがなかった。およそトトリート達エルフ種が持つ外見的特徴を全て兼ね備えている。それはその集団から見るトトリートの姿の鏡映しでもある。
黒いエルフ達は困惑を浮かべながら、一定の距離を保つ。周囲に視線を這わせると、積み上がった死体の山が目に入った。それはシェーラ達がここまで警戒に警戒を重ねてきた相手だった。
「シェーラ、アレを見ろ! コイツ等は……」
「巨神獣がこんなに……。これをやったのは貴方達なの?」
ぶすぶすと焦げたような匂いが充満している。魔法だろうか、巨神獣の外皮を貫通するほどの魔法など、どれほどの威力だと言うのか、他にも巨神獣が首があり得ない方向に折られている死体など、信じられない光景が広がっていた。
「襲われたから返り討ちにしただけで正当防衛だ」
事も無げにそう話す男の姿をシェーラは改めて視界に収めた。中肉中背。覇気や生気などとは無縁の男。感情を読み取れない仄暗い瞳が不気味だった。だが一つだけ言えることは、もし本当にこれだけの巨神獣を殺したのがこの男だとすれば、それはここまで細心の注意を払ってきた巨神獣など比較にならない程、危険な相手だということだ。
「ひょっとして討伐してはいけない相手でしたでしょうか?」
「すみません! 私達どうしても必要なものがあって、それで――」
相手も同じく初対面のこちらに対して困惑しているようだった。内心で少しだけシューラは息を吐いた。話の通じない相手ならば、それこそ巨神獣ならばこの場で即殺し合いに発展している。不気味な男はともかく、金髪の女とそして白いエルフには今のところこちらに対する敵意は見られない。
「い、いや俺達も助かったのは助かったんだが……」
「邪魔するつもりはない。少しばかり欲しいモノがあっただけだ」
歯切れ悪く会話を続けるジールを尻目にシェーラは白いエルフから目が離せなかった。
(あり得ない! 白いエルフですって? そんなものは過去の遺物のはず……)
それはシェーラだけではなく、ジールを含めその場にいる黒いエルフ達全員に共通する感想だった。白いエルフなど存在するはずがない。何故なら、エルフ達は高濃度の魔力によって皮膚が焼かれ、例外なく黒いエルフへと変貌していた。
エルフは魔力適正こそが高いが、肉体的な強度は強靭ではない。繊細な皮膚は魔力に耐えられず、常時高い濃度の魔力が引き起こす魔力焼けに晒され続けてきた結果、皮膚は黒く変色している。そして黒いエルフから生まれるエルフもまたその環境に適合し外見的特徴を引き継ぐ。白いエルフなどお伽話の世界にしか存在しない。思考を巡らせる中、シェーラは気づく。
「もう用は済んだ。騒がせて悪かったな。俺達は帰る。ミロロロロロ準備は?」
「終わっております。持ち帰る量はこれで良いんですの?」
「一人分だ。3束もあれば十分だろ」
「急ぎましょう! 姉上の容態も心配です」
「ま、待ちなさい! 貴方達どこから来たの? 北方のホクサイエン? それとも西のグランジール?」
「お、おいどうしたんだシェーラ?」
逃すわけにはいかない。シェーラの中に沸いた疑念。白いエルフなど存在しない。ならば、この目の前にいるエルフは何処から来たのか? 高濃度の魔力に晒されているこの世界で、魔力焼けを避けられる地域があるとしたら、それは見逃すわけにはいかない。
間の抜けた顔をしている白いエルフに不安がよぎる。まるで、そんな誰もが知っているこの世界の事情など知りもしないような態度。黒いエルフしかいないこの世界で、黒いエルフを見て驚く白いエルフというイレギュラー。だとしたら、それが意味することは――
「どれも知らない地名ですわね。“こちら側”にはそのような地域があるのですか?」
「まさか貴方達……」
金髪の女の言葉に動揺が走った。その女は顔にまだあどけなさが残っているが、どこか気品めいたものを漂わせている。はっきりと口にした“こちら側”という言葉。そして、まるでエルフのことを知らない白いエルフ。魔法の効果が薄くこれまで苦しめられ続けてきた天敵といってもいい巨神獣をゴブリンのようにいとも簡単に殺し尽くす男。何もかもがこの世界の常識から逸脱していた。
「貴方達は“壁”を抜けてきたとでも言うの!?」
「壁? なんのことです?」
「“こちら側”には壁があるんですか?」
要領を得ない2人に苛立ちが隠せない。男の方に視線を向けると、こちらの主張を理解したのか、その答えはあっさりと明らかになる。
「俺達はこの高濃度魔力汚染地域の外から来た。聞きたいのはそれか?」
「なんだと!?」
「そんな! どうやってあの壁を抜けてきたの?」
「壁……なるほどそういうことか。物理障壁ではなく、お前達の言っている壁とは、あの分厚い雲のカーテンのことだな?」
「そうよ。こちらをあちらを分断する境界。こちらの世界に閉じ込める忌まわしき超自然現象によって造られた檻<<ガフの壁>>。それを抜けてきたですって? 信じられない!」
機功船ノアを以てしても抜けられるかどうか定かではない。試している余裕も時間もなかった。それでも、それに縋らなければ未来はない。だが、今の目の前に、壁を抜けて来た者達がいる。そして抜けてきただけではない。この者達は帰ると口にした。それはつまり一方通行ではなく、往来する手段を持っていることを意味している。
「信じられないと言われてもな」
「これまであの壁を抜けた者はいないんだ! アンタ達に可能とは思えない!」
「そう思うんなら、それでいいさ」
男はまったく意に返さず切り上げる。心底どうでもいいと感じているようだった。シェーラに焦燥が募る。この男の言葉が真実なら千載一遇のチャンスだった。壁の向こう側を目指す。この呪われた地から脱出すべく唯一無二の機会。ノアに頼る必要さえない。どうやって移動を可能としたのか、それさえ判明すれば未来が繋がる。この男を帰してはいけない。
「待って! 教えて。どうやって壁を抜けたの? あの壁はおよそ生物が無事で抜けられるようなものじゃないはずよ」
「普通に突っ切ってきただけさ」
「そんなことが信じられるわけ――」
「別に信じなくても良いと言わなかったか?」
嘘か真か、何の感情も読み取れない。思わず言葉を返しかけてグッとシェーラは口を閉じる。問答など無意味だ。そんなことをしている間に目の前の男はこの場からいなくなるだけだろう。掴まなければならない。細い糸を手繰り寄せるようにシェーラは言葉を選んでいく。
「私達エルフは壁を抜けたいと思っている。その手段があるのなら教えて欲しい」
「無理だ」
「――なッ!? お前は今、抜けてきたと言っていただろう!」
「馬鹿にしているのか貴様!」
支離滅裂だ。男の言わんとしていることが分からない。
「帰りは転移を使えば抜ける必要すらないからな。だが、それをアンタ達が可能とは思えない。そういうことだ」
「転移……転移だと?」
「禁忌魔法だ」
転移。アノ時代に存在していたとされる魔法。既に使い手は失われているはずだが、あちら側では一般的なのだろうか。だとすればこちら側より遥かに高度な魔法体系が構築されていることになる。こちら側において魔法を行使するのはエルフ種くらいしか存在せず、人種を見たのもシェーラ達は初めてだった。魔力を扱う魔物はいるが、それらはあくまでも原始的なものであり、体系的に魔法を行使する種族は限られている。
「俺達は早く戻りたいんだ。あっちに行きたいなら一緒に連れて行ってやろうか?」
「本当!? ……いやしかし、私達だけが抜け駆けすることはできない。種族全体で壁を抜けなければこのまま朽ちていくだけだから」
「あっちはこちらに比べて魔力濃度が極端に低い。その環境に適応できるのか? これまでこちら側の魔物があちらに出現したという記録もないが」
「それは壁を抜けられないからよ。確かにこの環境に適応した魔物がそのままあちらで生き抜くことは難しいわ。そこの巨神獣にしてもその体躯を維持できるとは到底思えない。けれど魔物ではなくエルフならば、行使できる魔力の質が下がる程度で済むはず」
魔力を魔法という形で行使しているエルフにとって、魔力濃度の低下は魔法の質に直結する。しかし逆に言えばそれだけだ。この地には魔力によって強大化した魔物や魔力そのものを生物的な機能として取り込んでいる生物が多く生息しているが、それら生物は急激な環境の変化に耐えられないだろう。それがエルフ種との違いである。そうした生物が適応するにはこの環境に適合したのと同じくらいの時間が掛かるだろうが、エルフ種にとっては問題にはならない。
「どうしますのダーリン?」
「エルフの問題を俺に聞かれてもな。お前はどうしたいんだ?」
クレイスは視線をトトリートに向けるが、トトリートとて答えを出せるようなものでもない。黒いエルフの存在など、これまで一切知らなかった。それにトトリートがどう思ったところで、トトリート自身がこの場から離れる手段を提供できるわけではないからだ。
「ただでさえ姉上のことでご迷惑をかけているのです。これ以上をクレイス様に頼るのは……」
「アイツ等に協力したいと?」
「はい。ですがそれは私個人の意見であり、私ではどうすることもできません」
尻すぼみなトトリートの姿にため息をつく。こんなところでゴチャゴチャ言い合っていても埒が明かない。
「そこのエルフ。数はどれくらいなんだ?」
「……どういうことだ?」
「この馬鹿みたいな魔力濃度。折角これだけ濃い魔力が充満してるんだ。こちら側で転移を使えば、種族まとめて転移させることも可能かもな」
「ほ、本当ですかクレイス様!?」
「なにを言っている……?」
「良かったですね! クレイス様にお任せすれば何でもすぐに力技で解決ですよ!」
「ますますダーリンの名声が届きますわね」
「要らねぇ……。だいたい轟くのは悪名だろうが」
汚染とも言われる程の高い魔力濃度。この環境で全力で魔法を使えばどれほどの威力・規模になるのか、クレイス本人も想像がつかない。転移には莫大な魔力を消費するが、おあつらえ向きに無尽蔵の魔力が大気中に満ちている。やれないことはないだろう。別に1回で運びきれないなら往復するだけだ。面倒だが、だからといって苦労というほどでもない。
「そういえば、なんでそんなに壁を抜けたいんだ? 何か目的でもあるのか?」
シェーラはその問いかけを受け双眸に怒りを滲ませる。
「――復讐よ」
「どうしてエルフの貴方達が復讐など?」
そして紡がれるのは隠蔽されてきた歴史の真実。
このときまだクレイスは知らない。
自らが生きる目的を失ったこの世界で、付きつけられる刃の存在に。
復讐が導く終局への道標に。
――災厄の扉が開かれようとしていた。
「エルフの七支族。我らカカイルを裏切った六支族を私達は絶対に許さない。災厄と共にこの地に閉じ込め、囮にしたウジン、ヨダン、ロウキ、シュウザ、ゲニツ。そしてそれを指示し率いた裏切りのトトリントン」
「――この復讐は必ず成し遂げる」
憎悪の炎は決して消えることなく、禍々しくも美しく黒いエルフ達を彩っていた。




