第5話 それは、いかにもありきたりな勘違い
冒険者ギルドというのは、概ねどこもそうだろうが喧騒に満ちている。
ハンターという人種にはトラブルや衝突も常である。罵声や歓声、ガハハハハなんて、どうやったらそんな笑声出るの? なんて思うようなけたたましい騒音に溢れている。活気に満ちているのが常であり、仮に静かな冒険者ギルドなどというものがあったら、それはもうそのギルドが役割を終えているのだろう。
と、そんなことを考えながらギルドに足を踏み入れると、目的の人物はすぐに見つかった。
「マイナさん、ちょっと聞きたいことがあるんだけどいい?」
小顔でくりくりとした目が印象的な女の子……ではなく女性である。
このギルドでも一番人気の受付嬢だが、幼く見える容姿に反して、私より年上の立派な社会人だ。百戦錬磨のハンターに一歩も引かない胆力も兼ね備えていて、いつも朗らかで明るい。
見た目こんなに可愛いのに理不尽だわ……。
そんな、受付嬢のマイナはヒノカの姿を見ると破顔した。
「あら、こんにちわ。本日はどのようなご用件ですか? ドラゴンでも狩ってきちゃいました?」
「そんな気軽に狩ってこられるものじゃないけど。私の勘違いかしら……」
「どうも最近やたらと新人の冒険者なのにとんでもない力を持っているハンターがフラっと表れて、狩ってきたドラゴンを換金してくれ、なんてギルド都市伝説がアチコチで聞こえてくるものですから」
新人っていうとFランクハンターとかよね?
それでドラゴンを狩ってくるってどういうことなの!?
「そんなスゴイハンターがいたらSランクあがったりすぎるでしょ」
「まったくです。主に辺境のギルドに出没するらしいのですが、それだけのことをやらかしておいて、『またなんかやっちゃいました?』とか、自分のことをまったくスゴイと思ってないような台詞を言うんですって。非常識すぎますよね!」
なーにがやっちゃいましたなのよ、腹立つ!
「なにソイツぶん殴りたい。そのうち、会えたりするのかしら?」
「うーん、あんまりそんな非常識なハンターさんがうちのギルドに来られると、モンスターの換金に使用出来る予算も有限ですし困っちゃいますね。あ、そうだ! ところで、本日はどのようなご用件でしたか?」
思わず脱線してしまったが、本題はそんなチート能力を持ったハンターの話ではない。
「えっと、あのクレイスのことなんだけど……」
「クレイスさんですが? そういえばニウラさんとザ――ッ!」
慌ててマイナが口を抑える。
(そういえばクレイスさんって、黒蘭蝶貝を取りに行ってるんだった。それはきっとヒノカさんには言わない方が良いわよね? サプライズで渡したいだろうし……)
「ク、クレイスさんだったら、もう数日したら帰ってくると思いますよ。何処に行ってるのかは……すみません、ちょっと言えないんです」
「え、そんな重要な依頼なの!?」
「あはは。そ、そうですね……重要といえば重要なのですが、依頼自体は別にそうでもないような」
「ごめん、全然分からない」
曖昧な答えに思わず眉を顰める。
「あ、でも安心してください! ヒノカさんが心配することなんてありませんよ。むしろこれから良いことが起こるというか、そうドーンと構えてればいいんです、ドーンと!」
「いったいなんの話なのよ! クレイスはなにをやっているの!?」
「クレイスさんなら大丈夫ですよヒノカさん! だから信じてあげてくださいね!」
「それは……まぁ、いつも信じてるけど……」
ボソッと「うわぁ、砂糖吐きそう。砂糖高級品なのに」というマイナの声が聞こえた気がしたが、気にしてはいられない。
「なぁ、剣聖の嬢ちゃん、用事は終わったか? どうだいこれから俺達に付き合わないか?」
「そういうの間に合ってます。あ、近づいたら殺すんで」
「ヒィ!?」
クレイス以外の人と付き合うわけないでしょ!
うっかり殺気をぶつけてしまった所為か、声を掛けてきたハンターが怯えていた。
やりすぎたらしいが、とはいえ、それもどうでもいいことだ。
私にとっての優先順位は1にクレイス、2クレイス、34もクレイスで5もクレイスなのである。
とにかく、クレイスが数日後に帰ってくることが分かっただけでも収穫だった。なにか大変なことをやっているみたいだが、マイナのあの様子なら危険があるようには感じられない。後はクレイスに聞けば良いだろう。
そう納得して、ヒノカはギルドを後にした。
◇◇◇
(今日こそ帰ってくるよね?)
私は祈るような気持ちでギルドに向かう。
この数日、いよいよもって不安ばかりが募っていく日々だった。
約束の日、私の誕生日はもう5日後に迫っている。
――もし、このままクレイスが帰ってこなかったら?
私を見限って、誰か他の女性と……ないない! クレイスに限ってそんなことない!
クレイスがいなくなるなんて、あり得ないんだから!
いつもなら疑いようのないその確信も、今は何処か不安げで頼りない。
10年以上、思い描いていた願いが叶う、そんな日を目前にして、いやだからこそ、平静を装うのは限界に達していた。
大丈夫、クレイスはきっと忘れてない。
あの日の“答え”をくれるはずだよね!
そして、その答えは、私がずっと欲しかったものであるはずだ。
キュッと身体に力が入る。エンシェントドラゴンを前にしても動じない自分が、信じられないくらい震えている。これが剣聖かと自嘲するが、引き攣った笑みにしかならない。
「あれ、クレイス……?」
すると、冒険者ギルドから100メートル程先、商店が立ち並び賑わう大通りの中に、クレイスの姿を見つける。
――良かった、帰って来てくれたんだ。
ホッと、全身から力が抜けるのを感じていた。
久しぶりに見たクレイスは、相変わらず格好良くて誰よりも素敵だった。
もう1人、シーフだろうか冒険者然とした格好の女と何やら親しげに話している。
その女は、軽装をしている分、その健康的な魅力が全身から発散されていた。
ギリギリと、胸が締め付けられる。
あの人がニウラ?
クレイスとどういう関係なの?
私のクレイスに色目使うのは止めてくれないかな……。
幾つもの疑問符が頭によぎる。
聞こえるはずもない思念を送りながら、私は通りの端に寄り柱の陰に隠れてその様子を覗いていた。傍からみれば不審者にしか見えなかったが、そんなことを気にしている余裕など今の私には一切ない。
「――――ッ!?」
それはありないはずの現実だった。
夢だろうか、だとしたらそれは私にとって最悪の悪夢に違いない。
でもそれが例え悪夢であっても、夢ならばどれだけマシだっただろうか。
しばらく会話をしていたかと思うと、突然クレイスがニウラを抱きしめたのだ。
「な……んで……?」
呆然と立ち尽くす。
クレイスは私に答えをくれるんじゃなかったの?
クレイスがくれようとしている答えが、自分の望むものではない可能性。
クレイスに酷いことを言っていた醜い自分の姿を思い出す。
「信じてあげてくださいね!」
ふと、脳裏にマイナの言葉がよぎる。
クレイスを信じたい。でも、クレイスとニウラが抱き合っていた光景も、そして自分がクレイスに酷い態度を取っていたのも紛れもない現実だった。
クレイスも自分も信じられない。
真っ青になりながら、フラフラとした足取りで、私は引き返した。