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第41話 宣戦布告

「まずいニャ! このままだとやられちゃうよグリッド!」

「ニーナは俺のサポートに回れ! ククリ、アイツ等を拘束出来るか!?」

「了解ニャ!」

「やってるけど、動きが早くて追いつかない!?」

「   【アイシクルロウ】   」


 目まぐるしく変わり続ける戦況。一歩間違えれば待っているのは致命的な結末。極限の緊張感の中、最適解を打ち続けるが、それでも目の前の相手には遠く及ばない。


「ハハハハ! こんなのがSランク冒険者なのかよ! 雑魚すぎて笑っちまうぜ!」

「リドラ、貴方もう笑っているでしょう。ま、僕も同じ感想ですけどね!」


 余裕を見せながらも、確実にこちらを追い詰めていく。その攻撃は目視することさえ難しい。剣の一撃は鋭く、槍の刺突は苛烈だ。いずれもこれまで戦った相手とは比べ物にならない。近接攻撃、遠距離攻撃、魔法やフェイント、何もかもが通用しない。


 相手は5人。その中でも別格の強さを持った2人が厄介だった。


「チッ! グリッドさんこのままだと――」

「分かってる! なんだって僕がこんな目に! 緊急招集なんて受けなきゃ良かった!」

「っても、断ったって誰かがどうにかしなきゃならないんだろ!」


 【豪炎】のジョンが身に付けている特徴的な深紅の重装甲もところどころ破損している。じり貧の状況だった。このまま押し切られれば敗北は必須だろう。


「もう無理! グリッド、逃げようニャ!」

「見逃してくれる相手ならいいけどな!」

「こっちはもう3人やられてる。このまま逃げたらアイツ等は――!」


 ウインスランド殲滅作戦は難航を極めていた。冒険者ギルド最大戦力と目されていたSランクパーティーとAランクパーティーで編成を組んだ部隊でさえ、オーランドを打ち破るどころか、斥候によって足止めされ、本陣に近づくことすら出来ない。


 【グリッド君と愉快な仲間達】を率いるリーダー、グリッド・シュライヒと、【レッドクリフ】のリーダー、ジョン・コーデンは共に厳しい選択を迫られていた。全滅か撤退かの2択しか選べない。


 しかし、撤退と言っても、それさえ満足に果たせるとは思わなかった。誰かを犠牲にする必要があるかもしれない。冷や汗が背中を伝う。だが、自分達でも止められないとするなら、文字通りそれは冒険者ギルドの敗北であり人類の敗北に繋がる。この戦力で負ければもう後がない。逃げても追いかけられ無残に殺されるだけだろう。進むも地獄、退くも地獄。オーランド達が占拠した帝宮は今や万魔伝と化していた。


 未だ帝宮内に踏み込むことすら出来ていない。焦りが徐々に思考を鈍らせていく。この殲滅戦に掛けられている予算は無尽蔵だ。最高級品のポーションを幾つも持ち込んでいるおかげで、傷ついた仲間達は何とか一命を取り留めているが、ここで退けばその命も助からない。


「そろそろ底も割れたし殺しちまおうぜ!」

「この程度だとはガッカリですね……。確かに当主様の言う通り、我らに敵などいないようです」


 ざわりと、背筋に鳥肌が走る。迸る殺意がより濃厚に鋭く周囲を支配していく。


(速い――!?)


 これまでの動きはまだ本気でさえなかったのか、相手の動きが一段と加速する。懐に踏み込まれ、避ける間もなく手にした剣がジョンの首を刎ねようと――――して、相手が吹き飛んだ。


「は?」


 一瞬、死を覚悟したジョンの口から洩れたのは、ただ疑問だった。


「なにやってるんだマリア。もっとしっかり狙え」

「クレイスさん、私は事務職員なんですよ事務職員! ギルドでの仕事は主に書類整理や折衝なんです。今回だってただの交渉役で! なのになんで私が戦闘要員なんですか!?」

「なんでもするって言ってただろ」

「それは夜のお世話的な意味であって、こういう何でもではなく――」

「だいたいスーツにパンプスって戦う気あるのかお前は」

「貴方がやらせてるんでしょ! なんかクレイスさん私にだけ厳しくありませんか!?」

「冒険者ギルドには嫌な思い出があってな。意趣返しだ」

「分かりました。ローレンスさんは後で私が始末しておきます」

「なに心配するな。今のマリアは俺の次くらいに強い」

「そんな太鼓判押されても嬉しくありませんからね!?」


 場が凍り付く。唐突に現れ場違いな会話を繰り広げる集団。その集団を前に、その場にいる全員が呆然となっていた。流石にウインスランドの者達も困惑の表情を浮かべ動きが止まっている。


「――痛ぇな。やったのはてめぇか!」


 そこまでダメージを受けていないのか、吹き飛ばされた男が憎々しげに起き上がる。


「アイツ元気そうだぞ。ほら行けマリア」

「いや、ちょっとクレイスさん無理ですって!」

「ミロロロロロは負傷者を見てやってくれ。トトリートは周囲の警戒を頼む」

「わかりましたわ!」

「任せてください!」


 素早くミロロロロロとトトリートが散開する。【聖女】の癒しの力は絶大だ。負傷者も直に回復するだろう。


「おかしいですね。貴方達の気配は一切なかった。どのようにこの場に現れたのです?」

「【禁忌魔法】だ」

「なんでもそれが通用すると思わないでくださいね」

「和んでじゃねぇぞてめぇら!」


 先程まで浮かべていた余裕ではなく、相貌に怒りを纏わせ眼光鋭く睨みつけてくる。


「まぁ、落ち着けよリドラ、ニギ。久しぶりだな」

「はい? 貴方……何故、私達の名前を?」


 怪訝そうにこちらを見つめるニギだったが、気づいたのはリドラの方が早かった。


「――お前、まさかクレイスなのか!?」

「クレイス……そうか! いや、だがクレイスはあの落ちこぼれのはず!」


 ようやくこちらを思い出したのか、2人はクレイスに探るような視線を向けてくるが、クレイス自身は全く別のことを考えていた。


(おかしい……外見で気づかないにしても、ここしばらく【天の聖杯】は話題になっていたはずだ。なのにこいつ等が何の情報も持っていないなんてあり得るのか?)


 ウインスランド家には島外の情報を集積し分析する機関も存在している。加えて主要国には斥候も派遣していた。にも関わらず、クレイスの事を全く知らないなどということがあるだろうか? そうであるなら、とうにウインスランド家は組織として機能していないことになる。


 実際にはウインスランド家は既に崩壊している。今いる者達は愚直に強さだけを求めた異常者集団であり、それ以外の何にも関心を払っていない。


(凶行に及んだ理由といい、いったい何があった……?)


「まぁ、聞けば分かるか。それよりジョン。大丈夫か?」

「クレイスか。すまない助かった」

「そっちは大丈夫か?」


 もう一人、消耗が激しい男にも声を掛ける。


「君が噂のクレイスか? 正直ホッとした。僕達だけじゃヤバかったからな」

「動けないニャー」

「もう心配いらない。マリアがいるからな」

「だからクレイスさん、本当なんなんですか貴方!? 訴えますよ!」

「奴隷に人権はない」

「え、それ決定事項だったんですか?」

「自分で言ったんだろ。責任持て」

「ちょっと後で上司もぶっ殺してきますね」


「だから和んでじゃねぇぞクレイス!」


 苛立ちを隠しもせず、リドラが怒声をぶつける。ショックから立ち直ったのか、5人全員がじわじわと包囲を狭めつつあった。


「まさかクレイス、君がこんなところで出てくるなんて思いませんでした。颯爽と登場してきたところ悪いですが、救世主気取りも目障りです。死んでください」

「お前みたいなゴミを殺せるなんて、俺は運が良いみたいだな」


 ニヤニヤと笑みを浮かべているが、その双眸には一切の油断の色は見られなかった。先程、なんら抵抗出来ずに吹き飛ばされたことを警戒しているのだろう。


「何故こんなことを急に始めた?」

「簡単なことですよ。【帝国の剣】ウインスランド。おかしいですよね。我らに敵などいないというのに、ならば何故強さを求めるのか、そこに理由が必要ですか?」

「戦う相手がいないなら、自分達が敵になればいいってな! 死ねクレイス!」


 一足飛びにリドラが踏み込んでくる。しかし、その剣をあっさり防いだのはマリアだった。


「な、なんですかいきなり! もう少し手加減を――」

「どっちかというと手加減するのはマリアの方だけどな」

「ごちゃごちゃ喋ってんじゃねぇ!」


 たどたどしく剣を振るうマリアだが、その剣閃は驚くほど鋭く俊烈だった。リドラの一撃を軽くいなしながら、逆に追い詰めていく。そんなマリアにやる気を出させるべくクレイスは声を掛ける。


「マリア、因みに今使っているその剣は俺が【鍛冶職人】のギフトで鍛えた傑作だ。売ったら50億ジルくらいするから折るなよ。もし折ったら身体で払ってもらうからな」

「なんてもの持たせてるんですか!?」


 実際には【刀身強化】や【属性強化】など、思いつく限りの付与を施しているので折れることなどあり得ない。刃こぼれすらしないだろう。


「俺は形から入る主義なんだ」

「うるさい死ね!」


 ついには暴言が飛んでくるが、その間もマリアの剣速は更に加速し続ける。リドラを圧倒するマリアの姿をその場にいる誰もが愕然と見つめていた。そして、遂にマリアの剣がリドラを捉える。


「――――クソ!」

「リドラ大丈夫ですか!? おかしい。クレイスのあの余裕。あれが本当にクレイスなのか?」

「馬鹿な! 俺は強くなったはずだ。あの女が俺より強いだと!? 素人にしか見えねぇが動きは本物だ。そんなことがあるわけねぇ!」

「無様だなリドラ。今まで剣を持ったことがないマリアにすら勝てないとは」

「貴方がやらせてるんでしょうが!」

「うるせぇぇぇぇぇええ!」


 肩で息を切らしながらリドラが忌々し気に睨みつける。


「仕方ねぇ。ここでやるぞニギ」

「そうですね、始末しておいた方が良さそうだ」


 息を整えると、2人が右手を上空に掲げる。


「    【開――――――」


 言い切る前にクレイスは一瞬で距離を詰めるとリドラの首を刎ね飛ばした。勢いよく吹き出した鮮血が噴水のように辺りに血の雨を降り注いでいく。


「な……に……?」


「ニギ、そいつの首を持って帰ってオーランドに伝えろ。お前等は宣戦布告したつもりかもしれないが、狩るのはお前達じゃない。狩られる獲物はそっちだ。宣戦布告するのは俺なんだよ」



「――いや、違うな。【剣神】マリア・シエンが、お前等を狩り尽くす。よく覚えておけ」



「一旦、仕切りなおすぞ」


 クレイスはパーティーメンバーを集めると【転移】を発動させる。ウインスランドと本格的に衝突するのはこれからだ。くだらない妄想に憑りつかれているテロリスト相手に加減など必要はない。どのみち対立は不可避だった。ならば徹底的に潰す必要があるだろう。



「え? なんでそこで私の名前出したんですか!? ちょっとクレイスさん、クレイスさん!?」



 【天の聖杯】、その力の恐ろしさは、これから明らかになる。

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