第40話 四者四様
それは突然やってきた。
「ダーリン、大変なんですヒノカさんが――!」
「クレイス様、お願いがあります。姉上を助け――」
「クレイスさん、はじめまして。ギルドからの要請で――」
「我が主、セイクリッドヴァンピールの命により、貴様はこの場で始末――」
「 【ハイプロテクション】 」
食事中に殺気を向けられ、クレイスは咄嗟に反応すると防御魔法を展開する。数瞬遅れ、爆風が食堂を半壊させた。しかし、気にしている場合ではなかった。矢継ぎ早に魔法を放ち相手を消し炭にする。
「 【アドバンスドプリフィケーション】 」
「馬鹿な!? ノーブルヴァンピールである我がこんなことでぇぇぇぇぇぇぇえ!」
極光がヴァンパイアの身体を自壊させていく。魔法に対して高い耐性を持つヴァンパイアとて、浄化魔法には抗う術もない。
周囲に展開した防御魔法により、幸い人命に被害は出ていないが、突如始まった戦闘に、クレイスと同じように食事を取っていた者達含め、乱入者達も凍り付いていた。
この間、僅か数秒。突如陥ったカオスに何が起こったのか誰も把握出来ていない。クレイスも襲撃の気配に対して半ば自動で反応しただけで、理解しているわけではなかった。
「なにこの状況……?」
◇◇◇
食堂の修理費用として店主に白金貨を渡して、場所をカフェに移す。どうやら乱入者達はクレイスに用があるようだ。
「さっきの襲撃はなんだったんですか?」
「気にしてもしょうがない。もういないし」
「クレイス様、ああいったことは良くあるのですか?」
「たまにな。どうやら最近なにかと有名らしくて」
「流石、ダーリンですわね!」
絶対に良く分かっていなさそうな顔でニコニコしている少女を半眼で見つめると、急に頬が赤く染まった。まるで意味が分からない。
「こほん。それにしてもようやくお会い出来て感激ですわ! 今日はダーリンにヒノカさんのことでお伝えしたいことが――」
「そうでした! クレイス様、どうか姉上をお助けください!」
「クレイスさん、帝国で起こったテロについての詳細ですが――」
三方から同時に違う内容の話が飛び交い、全く頭に入らない。
「とりあえず、全員で一遍に話すの止めてくれる?」
げんなりしながらクレイスは告げる。と、ミロロロロロと名乗った女の言葉に、聞き知った名前があるのに気づいて、クレイスは興味を持った。
「まず誰、君達?」
「改めて名乗らせて頂きます。私は【聖女】ミロロロロロ・イスラフィールと申します」
「エルフのトトリート・トトリントンです。お力を貸して頂きたいことがあって参りました」
「私はギルト中央本部から交渉を任され、クレイスさんにお会いする為に来ました。こちらを」
渡された名刺にはギルドマスター副クラウン補佐マリア・シエンと印字されている。
「【聖女】ということは、君はミラと同じ立場なのか?」
「そうですわね。私とミラ、そしてもう1人、ドリルディアの3人が【聖女】を授かっています」
ミロロロロロに尋ねると、トトリートが横から口を挟む。
「ドリルディアさんは私の知人なんです。ですが、そんな【聖女】でも姉上は――」
またすぐに会話が混線し始める。ため息を吐くとクレイスは疲れながらぼやいた。
「はぁ。分かった。順番に聞こう」
◇◇◇
「なるほどな。だが、ミロロロロロ。君の話は俺に関係がない」
一通り全員の話を聞き終わるが、案の定厄介事ばかりだった。
だがミロロロロロの話は別だ。不愉快さを滲ませながらクレイスは剣呑な視線をミロロロロロに向ける。ミロロロロロ本人に悪印象はないが、ヒノカを気に掛ける理由も分からなければ、その話自体に何の問題があるのかも分からない。
「ですが、このままだとヒノカさんは死ぬことになります!」
「良く分からないな。付き合っていて深い関係なら、妊娠くらいするだろう。避妊が失敗したのか何なのか知らないが、何故それでヒノカが死ぬことになる?」
「それが彼女にとって許し難いものだからです」
「だから何故そうなる? ヒノカは俺を裏切り、アイツに付いていった。それは俺が一番良く知っている。この身を持って体験したからな」
「いいえ。ヒノカさんは、ダーリンのことを愛しています」
「ありえない。だったら何故裏切った? 何故あのとき俺を拒否した? 何故俺を殺そうとした?」
久しく忘れていた心をざわつかせる不快な感覚。絶望感と無力感に苛まれたあの瞬間、裏切られたときの虚無感。大切なモノを失った喪失感。あらゆる負の感情が去来する。
「分かりません。ですが、それは本心だったのですか?」
「行動と結果が全てだ。今更何を言われても変わるものじゃない」
「そんな……」
すべては過去でしかない。何も取り返せない。積み重ねた時間も、大切に想っていた心も。切れてしまった感情の糸を繋ぎ合わせることは不可能だった。
「ですがそれでも、他の者では駄目なのです。ダーリンの言葉しか届かない。ヒノカさんは心を壊してずっと苦しんでいます。今のままでは長くありません。それに妊娠していることを知れば、きっと彼女は――」
ヒノカは死ぬ。そう続くであろうことはクレイスにも容易に理解出来た。全てが手遅れになった今になって、本心を確かめたところで壊れてしまったものは戻らない。
それでも、そのまま苦しんで死ねばいい。
そう思いたい反面、そこまで思いきれない自分の甘さをクレイスは自覚していた。
再び2人の時間が重なることはない。しかし、これまで積み重ねてきた時間が、このまま何も知らず終わることを拒否していた。
「分かった。会って話をするだけだ。それ以上は何もしない」
「あ、ありがとうございます!」
ホッと表情緩める。優し気なミロロロロロの笑顔に、いつかのヒノカの笑顔を思い出す。ヒノカの笑った姿を最後に見たのはいつだっただろうか。そんなことさえ思い出せなくなっていた。
(好きの反対は嫌いではなく無関心。なるほど良く言ったものだ……)
無関心になりきれない。それだけ濃密な時間を過ごしてきた。だからこそ許せなかった。
「ところで、なんでダーリンなんだ?」
「ダーリンが運命の人だからに決まっているからですわ!」
「お、おう……」
純粋に向けられる好意がただ眩しく見えた。他人事のように感じながら、この少女が、その穢れない純真さを失って欲しくないと、クレイスにはただそう願う事しか出来なかった。
「【聖女】でも治せない症状か。俺になんとか出来るとは思わないが、何かの縁だ。見てみよう」
「本当ですか! ありがとうございます。あの魔獣シヌヌヌングラティウスを苦もなく倒したクレイス様なら、姉上も助かるかもしれません」
「シヌヌ……なんだって? そんなの倒した覚えはないんだが……」
「アンドラ大森林の深奥で蘇ろうとしていた魔獣です。忌まわしき魔獣によって姉上は――」
「まぁ、とにかくやるだけやってみるよ。そのシヌヌ……なんとかは知らないが」
「終滅の魔獣シヌヌヌングラティウスです」
「よく噛まずに言えるな。誰が名付けたんだその馬鹿っぽい名前は」
「文献にそう記されていたので」
「書いた奴はアレだな」
「そうですねアレですね!」
「クレイスさん、そろそろ、こちらのお話も良いでしょうか?」
「お断りだ。自分で何とかしろ。すみません、チョコレートパフェ一つ。あとアイスコーヒー」
「私にもくださいな♪」
「こちらはカフェオレでお願いします」
「皆さん、私の話だけ聞く気なさすぎませんか!?」
マリアが額に青筋を浮かべながら若干涙目になっている。
「いやだって、帝国でテロ? そんなのまで対応してられないっていうか……」
「モナカあげますから話を聞いてください」
「甘いモノで懐柔ときたか」
クレイスとて完全にどうでもいいと思っているわけではなかったが、王国の一件もあり、迂闊に手を貸すと大事に発展する可能性を懸念していた。たかだが一人の人間が世界の在り方に大きく作用するなど、異常すぎる。本来はあってはならないことだった。
「私……では駄目ですか?」
「なに?」
「報酬は私です。私がクレイスさんの奴隷になります。何をして頂いても構いません。ですので、どうかお力をお貸しください!」
「そのようなはしたないことはいけませんわ!」
ミロロロロロが憤慨するが、マリアは至って真剣だった。
「でしたらミロロロロロ様、教会が事態の収拾に尽力してください。ギルドはこのような事で優秀な冒険者を失うわけにはいきません」
「私はこちらに向かっている途中だったので、あまり詳しくないのです。いったい何故そのようなことに? 帝国には騎士団など戦力なら幾らでも揃っているでしょうに」
「歯向かった者は全て殺されています。相手の力は常軌を逸しており、ギルドは有力な冒険者に声を掛けて戦力を集めていますが、芳しくありません」
「相手の目的はなんなのですか?」
「強い者と戦いたいとだけ」
「そんな恥ずかしい理由で大それたことをやるなよ……」
流石のクレイスも呆れ果てる。目的に対して手段が乖離しすぎている。痛々しい狂人集団としか言いようがない。
「帝国の中枢は麻痺し機能不全に陥っています。冒険者達が対応するにしても相手が悪すぎる。【勇者】は姿を消しており、この事態を治められるのはクレイスさんしかいないというのがギルドの考えです」
「丸投げするな」
「出来る事なら幾らでも協力致します。私もクレイスさんにお仕えします。なんなら今からご主人様と呼びましょう。お願いいたします。力を貸してください!」
「自分を大切にしろ。君一人だけが犠牲になる必要はない」
「ですが――!」
「で、犯人は分かっているのか?」
「はい。首謀者はオーランド・ウインスランド。帝国10番目の貴族。ウインスランド伯爵家の当主です」
忘れていたその名前を聞いてクレイスの相貌が歪む。まさかこのようなタイミングで聞くことになるとは思わなかったが、それにしても不可解すぎる話だった。【帝国の剣】が帝国に剣を向けるなど、ウインスランドという家そのものを否定している。
「気が変わった。協力しよう」
「え?」
「身内の恥だ。後始末してやる」
「身内ですか……?」
「オーランド・ウインスランドは、俺の父親だ」




