第4話 ヒノカ・エントール
ロンドの話は全く私の知らないものだった。
クレイスが女の人と一緒にクエスト? どういうこと?
私には少し出掛けてくるとしか言ってなかった。クレイスが今まで私に嘘を付いたことはない。
彼は誠実で優しくして誰よりも私を大切にしてくれている。
――浮気なんてありえない。
でも――
私は不安に思った。
その原因は私の態度にある。
最近の自分はクレイスに酷いことばかり言っている。
それこそ、クレイス以外ならいつ見捨てられてもおかしくないような汚い言葉を浴びせかけていた。
最初は2人だけのパーティーで素直にクレイスに甘えられたのに、今ではそれも出来ない。そのストレスでクレイスにキツくあたってしまい自己嫌悪に陥る、その繰り返しだった。
何より腹立たしいのは、クレイスのことを何も知らないロンドが彼を悪く言うことだ。
それは私の態度に原因があるということも分かっているが、ギリギリと怒りが募っていく。
許さない――。
こんな奴要らなかったのに。
殺してやりたい。
それが私の紛れもない醜い本心。クレイスと2人だけで良かった。
彼が私を捨てて、他の女性の所へ行ってしまう。
彼が裏切ることなんてないのに、そんな最悪な想像が頭を離れない。
今の私は私自身を信じ切れていなかった。
クレイスを前にすると自分を抑えきれない。
その理由は明白だ。
“約束の日”が近づいてきている。
ねぇ、クレイス。憶えているよね?
ずっと待ってたんだから。伝えてくれるよね?
その日が近づくにつれ、私は情緒は不安定に陥っていく。
今ではそれは最高潮に達していた。
約束の日はもう目前に迫っていた。
私が何よりも欲しかったものが手に入る――――はずだ。
あの日、クレイスが言ってくれたことは、私の心の中に今でも燦然と煌めている。
だからこそ、恐かった。
クレイスが約束を忘れていたら?
クレイスの言う言葉が私の望んでいるものと違っていたら?
私の心が壊れるだろう。
既にもう限界だった。
彼に対して何を言ってるのかも理解出来ない程、毎日激情の嵐が吹き荒れている。
彼に見て欲しくて、構って欲しくて、忘れないでいて欲しくて、私の口からは思ってもいないような本心と裏腹な言葉ばかりが零れ続けてしまう。
それをクレイスはいつも困ったような表情で受け止めていた。
もう私は、彼を好きすぎて自分の心を制御できなくなっていた。
――彼を傷付けている――
初めて出会った日、クレイスは裏切られて今にも死にそうな目をしていた。
虚ろの瞳で、私を見ていたクレイスを守りたいと思った。
絶対に自分が彼を救うんだと決意した。
なのに今は、自分が彼を傷つけて、同じことをしている。
最低だ……私。
10年以上、ただただその日だけを待ち続けた。
待ち焦がれてきた。
――キスして欲しかった――抱かれたかった。
――もっと触れあって――もっと繋がりたかった。
でも、あの日、2人で交わした約束が枷となる。
私が成人するまで、“そういうことはしない”。
大切な2人の誓い。
これまでの日々はその為にあり、その日を境に私とクレイスの関係は変わっていく。
どんな風に――?
私の18歳の誕生日。
その日が誕生日なことはロンドには教えていない。
あんな気持ち悪い奴に教えるつもりない。
だって、絶対に邪魔されたくなかったから。
クレイスと結ばれるその日を。
だから、信じて良いよねクレイス?
あの日、彼を救いたいと願った。
でも今は、この現実から、棘だらけの茨で雁字搦めの私の心を、早く解放して欲しかった。