第38話 赤銅の刃
「と、当主様……何故このようなことを……」
轟々と風が鳴り響く。激しく燃え盛る炎の中、屋根が崩れ落ちる。
肌をチリチリと焦がす熱が、これが夢ではないのだと雄弁に語っていた。
破壊された肉体は言う事を聞かない。指先一つ動かせない。眼前に迫る確実な死。
それでも、聞かずにはいられなかった。このような凶行に及んだそのワケを。目の前にいる男が、自分の知る最も強い男だからこそ。
オーランド・ウインスランドは這いつくばる男に傲然と侮蔑の視線を向けた。
「何故……だと? お前はこれまで何をしてきた? 我らの使命とは何だ?」
「我らは……帝国の剣として……」
その問いが気に入らなかったのか、オーランドは無造作に剣を突き刺した。
「ガハッ……!」
「愚者だな貴様は。我らが果たすべきは強さの追求、その極致を見定めること。【帝国の剣】など細事にすぎぬ。帝国の敵だと? 我らと争うような相手など、とうにいないではないか」
オーランドの背後には既に事切れ物言わぬ死体が幾つも転がっていた。しかし、それをやったのはオーランドだけではない。
あの日以来、ウインスランドは2つに割れ対立が起きていた。
5年前、孤島カラマリスにウインスランドを訪ねて1人の魔族がやってきた。当初は警戒したが、その男には一切の敵意は見られなかった。それでも決して警戒を緩めず、怪訝そうに目的を訪ねる。
男の返答は驚くべきものだった。来訪した魔族の男、その者が発した言葉は、どれも眉唾ものだった。勘案する必要もない荒唐無稽な妄想のはずだった。いや、妄執だろうか。いずれにしてもあり得ない。だが、その男は自らの言葉が本物であることを証明してみせた。
人間の持つギフトを書き換えたのだ。
ウインスランドにも、ギフトに恵まれなかった者は多く存在している。あまりにも使えない者は追放されることもあるが、得てしてそうした者達は、諜報や工作などを担当することが多かった。しかし、強さを至上主義として掲げるウインスランドでは、裏門と呼ばれる者達の地位はそれほど高くはない。どうしても軽く見られがちな傾向にあるのも事実だった。
卓越した強さ、ギフトを持つ者達に対する劣等感、ウインスランドカースト。当然それは発言権や権力などにも大きな差が生じる。
だが、ベインと名乗るその魔族の男が持ち込んだ技術は、ウインスランドの価値観を根底から覆すものだった。それはウインスランドだけではない。ギフトによって成り立っている人間種族の世界、価値観そのものを転換する代物だった。
誰もが等しく強大なギフトを身に付けることが可能になる。まさしく夢のような話だ。しかし、それは夢ではなく、またベインの話もそれだけに留まらなかった。
【剣神】の再生。
ベインは言った。もし何処かに【剣神】マリアルのDNAが残る遺物があれば、そこから【剣神】のギフトを蘇らせることが出来ると。
その言葉は、より大きな衝撃をもたらした。それは、ウインスランドの悲願だからだ。
再び【剣神】のギフトを授かる存在が生まれること。長年に渡り、ウインスランドが悲願としていた理想が、思わぬ形で目の前に提示されることになる。
そして【剣神】だけではない。ウインスランドの者達が持つ希少なギフト。それらの解析が終われば、誰にでも自由にその力を付与することが可能となる。【剣神】の量産。誰もが貴重なギフトを手にする、あまりにも蠱惑的な提案だった。
しかし、その提案を素直に受け入れようとする者もいれば、一方で、強力なギフトを持つことでこれまで優位性を保っていた者からすれば、自らの地位を脅かすことにもなりかねない。意見はまとまらず両者は対立したが、魔族のベインに対して不信感を持つ者も多く、否定的な見解が大勢を占めていた。
しかし、当主であるオーランドは意外にもその提案を即座に支持する。
オーランドはベインに、かつて【剣神】マリアルが手にしていた刀、「絶刀」を手渡した。それはウインスランドの秘宝として厳重に保管されてきた代物であり、【剣神】マリアル以外、手にした者はいない。
ベインは「絶刀」からDNAを採取する。そして、その解析を待つこと数ヶ月。遂にそれは完了し、【剣神】は現代に蘇ることになった。
その間もウインスランドでは意見はまとまらず、喧々諤々の日々は続いた。しかし、【剣神】のギフトが蘇ったことで、意見は決定的な方向へと傾いていく。
対立は深刻なものとなり、その狂気は瞬く間にカラマリス全土へと伝播した。
「――力を望まぬ者が、何故このウインスランドにいる?」
オーランドは、死体となったかつての同胞に何の感慨を見せる事もなく、剣に付着した血を振り払うと、誰にともなく言葉を続ける。
オーランド達、賛成派は純粋に力を求めた。それが喩え魔族の協力があってのものだとしても、目の前に【剣神】というギフトの力を得るチャンスを逃すなど、ウインスランドの者としてあり得ない選択だった。
しかし、彼らは知らない。
ベインにはギフト書き換え実験以外に、もう一つ別の目的があったことを。
魔族化実験。核を注入することで、人間を後天的に魔族化しようとする実験。
結論から言えば、前者は成功し後者は失敗した。ギフトを書き換えるのに必要だと、アンプルに保存していた核の注射を行ったが、それによる激しい副作用によって理性と本能のバランスが崩れ、人間性を保てなくなることはベインにも想定外だった。
最も、ベインがそれに気づいたのはウインスランドを後にしてからの話である。ベインは望む者のギフトを書き換え、魔族化実験の被検体にしただけでウインスランドで何が起こっているのかまでは把握していなかった。それが更なる悲劇の引き金になることをベインは知らない。
強さという強大な本能に支配され、理性を失い、ただ力を求める獣となったオーランド達は凶行に及び全員に選択を迫る。この場で殺されるのか、ウインスランドの一族として、更なる強さを求めるのか――。
「マーリー・クリエール。貴様は愚者なのか賢者なのか、答えよ」
父の死体から溢れ出した血がじわじわと地面に広がっていく。これが現実なのだと、血生臭い匂いが物語っていた。何故このようなことになったのか、今となってはそんなことを考えても意味がない。
「あ……あぁ……」
マーリーはその光景を絶望的な目で見ていた。その破滅的な様相に自然と涙が零れ落ちる。【帝国の剣】として誇り高い誉だったウインスランドは瓦解し、今のウインスランドは、その役割を捨て去り、ただ強さだけを求めるギフトの奴隷に成り下がっていた。
そして、目の前で自分に剣を突き付けている男、当主にして【剣神】。ウインスランドで、いや人間種族の中で最強の存在。逃げる事も叶わない。
「わ……たし……は……」
マーリー・クリエールに選択肢などなかった。




