第35話 魔族虐殺システム
時は遡る。
ベインは自らが所長を務めるラボで歓喜に打ち震えていた。
そのラボがあるエリア13と名付けられた研究棟は、限られた者しか立ち入りを許されていない。セーフティレベル5。厳重に隔離され、その研究内容すら秘匿されていた。
しかし今この瞬間、身命を賭して続けてきた研究が大きなブレイクスルーを迎えた。
「ハハハハハ! 見つけた! 遂に見つけたぞ! これで俺達は先に進める!」
彼が見つけたモノ、それはギフトを司る「因子」だった。
人間種族のゲノムを解析することによって発見されたその因子は、当初はなんら情報を持っていなかった。しかし、洗礼の儀を経ることで、その因子にギフト情報が刻まれることにベインは気づく。それによって、人間種族はギフトの力を行使することが可能となる。
ベインが発見したのは、ギフトのメカニズムそのものだった。
子供と大人のゲノム解析を行い、その違いから見つけ出し特定した因子は、ベインにとって、自身の研究を次の次元へと飛躍させるものとなる。
◇◇◇
魔族社会は、人間社会と比べて高度に発展している。
思想、政治、価値観、社会、芸術、文化、そのどれもが極めて高い水準にあった。
科学技術もその一つだった。
魔法と科学の融合は、魔族社会に豊かさという恩恵をもたらした。
800年前、魔族の哲学者カイゼル・ドーラントは、人間にのみギフトを与えた神は差別主義者だと断罪した。神からの自立を唱えたカイゼルの宣言は、魔族社会に不羈独立の精神をもたらすことになる。
このような思想や価値観の大転換が相次いで起こった魔族社会は、人間社会とは比べ物にならない程成熟していった。
魔族と人間、2つの種族の差は加速度的に開いていく。
魔族と人間による争いは1000年間に渡り続いてきた。
だが、1000年も前に互いの種族がどのように争いを始めたのか今では知る術もない。それ以前に相手を根絶やしにしようなどという憎悪が1000年も続くわけがない。当事者達は既にこの世を去り、残された者達がどれほどの想いを抱えようとも、それでも1000年間は長すぎる。
徐々に魔族も人間も互いの種族に対する関心も興味も薄れていく。
今更、相手を根絶やしにしたいなどと誰も考えていない。
相互不干渉。
争いが形骸化する中、それが、1000年の果てに辿り着いた両種族の関係性だった。
にも関わらず、未だ争いは終わらない。
その理由、それこそが【勇者】というギフトだった。
ギフトは魔族には発現しない。
どれだけ人間種族との技術格差が生じたとしても、ギフトの力は魔族にとって脅威となる。ギフトの力は、技術のロードマップから外れていた。世界の理から逸脱した力こそがギフトだった。
魔族から見れば、それはオーバーテクノロジーであり、自分達より遥かに発展が遅れている人間種族がそれを持っていることは、一つの脅威だった。
だが、その脅威の本質はギフトそのものにあるのではない。
魔族が危険視する力、問題は【勇者】というギフトだけだ。
【勇者】は魔王と戦うべき存在と宿命付けられている。
しかし、魔王とは魔族社会における単なる人事異動、権力の移譲にすぎない。
そう、人間種族とは一切関係がない。
新しく魔王が誕生したとして、わざわざ今更取るにならない人間を滅ぼそうなどとは考えない。まるで無駄な労力でしかない。力で物事を解決する時代は魔族社会の中で、とうに終わっていた。そのような幼稚な価値観は既に800年も前に過ぎ去っていたのである。
だが、それでも魔王が誕生すれば、それを滅ぼす為の力として【勇者】が誕生する。
そして、魔王と【勇者】は争い続ける。
あまりにも時代遅れ、あまりにも時代錯誤。
1000年間、惰性で続いてきた魔王と【勇者】の破滅への輪舞。
【勇者】と言えば聞こえは良いが、魔族にとって【勇者】というギフトそれは、
――魔族虐殺システム――
でしかなかった。
【勇者】とは、ただ魔族を、魔王を殺す為だけの装置でしかない。
魔族と人間。未来永劫争わせようとする異形の力。
故に魔族達は、早い段階である一つの結論に到達する。
ギフトに対する抑止力の構築である。
当初は魔族達も、人間社会が魔族社会のように発展していけば、旧来的な暴力で解決する野蛮な価値観から脱却すると考えていた。しかし、誤算が生じる。
人間社会は、この1000年間、まるで発展しなかった。
いつまで経っても、剣と魔法といった古臭い世界から抜け出さなかった。魔族社会で科学技術が発展しても、人間社会からはそうした兆候が一切出てこない。
人間は停滞している。
300年前、魔族の思想家ダニエル・グレイブンは、その停滞を引き起こしているのものこそがギフトであると喝破した。ギフトという力に頼り、依存しているからこそ人間社会は停滞しているのだとダニエルは主張する。
人間、或いは魔族にとっても、あまりにも過ぎたる巨大な力、ギフト。
そこから、魔族によるギフトの研究が始まる。
◇◇◇
ギフトを司る因子の発見。
大きく前進したベインの研究だったが、すぐに新たな壁にぶち当たる。
ベインは考えた。この因子を魔族に移植すれば魔族もギフトが使えるのではないかと。だが、この目論見はすぐに破綻する。ギフト因子は人間にしか適合しなかったのだ。
幾ら因子を移植しても、魔族にギフトの力は発現しない。
次に考えたのが、異種間交配の可能性である。
それにより生まれた子供を、魔族と交配させていくことで、ギフトの因子を徐々に魔族に取り込んでいくという遠大な計画だったが、これもまた魔族と人間の間にはそもそも子供を作ることができないという根本的な問題に直面する。
ギフトの力を如何に魔族に取り込むのか?
それこそが、ベインの研究テーマだった。
その過程において、ベインはギフト情報を書き換えるゲノム編集の確立に成功していた。魔族にギフトが発現しない以上、人間のみにしか使えないが、因子の情報を書き換えることで、自由自在にギフトを変更出来るという代物である。
図らずもそれは、クレイスの持つ【天の聖杯】と同じ性質を持つ技術だが、この時点でそれを知る者は誰もいない。クレイスがギフトの力に目覚めるまで後5年待つことになる。
しかし、それが【天の聖杯】の劣化版にすぎないのは、書き換えるギフト情報の解析に成功している必要があるということだった。その為には、膨大なギフトのサンプルが必要であり、それらをライブラリー化する必要があった。
「それで当てはあるのかベイン?」
魔王イルハートは、じっとベインの目を見つめる。
目の前の男は、このような中途半端な研究成果を報告するような器ではない。既に、目的を達成すべく何らかの案を考えているだろう。
「なにも全てのギフト情報が必要なわけじゃない。魔族にとって戦力になるような有意義なギフト情報だけで構わない」
ふむ、とイルハートは思案する。
「【聖女】のDNAでも採取するのか?」
「今回必要なのは、質より量だ。そしてその両方を兼ね備えている者達に心当たりがある」
「そのような存在が?」
ベインの決意の眼差しがイルハートを射抜く。
「強大なギフトを持つ者を多く抱え込んでいる一族」
その名は、
「ウインスランド」




