第3話 策動
時は遡りクレイスの帰還から4日前。
「なぁ、あいつが女と何処かのクエストに出掛けたって本当か?」
「なにそれ、知らない」
Sランクパーティー【エインヘリアル】のメンバー、【勇者】のロンド・ダンダインの発した言葉に、私、ヒノカ・エントールは眉を顰める。
もともと【エインヘリアル】は、私とクレイスの2人で作ったパーティーだった。
そこに後からロンドが加わり現在は3人となっている。
パーティーだからといって、休暇中に顔を合わせる必要もないのだが、クレイスのことでロンドから話があると言って呼び出されたのだった。
因みに私はコイツが大嫌いだった。ウザい。死ね。
何かと言い寄ってくるクソ野郎であり、素行も野蛮で横暴、下半身に脳みそが付いているに違いない。それでも世間的に許されているのはコイツが【勇者】だからだ。神は不公平である。
しかし、クレイスの話と言われれば聞かないわけにはいかない。
クレイスからは少し出掛けてくると聞いていた。
次のクエストに出発するまでにはまだしばらく時間がある。
すぐに帰ってくるだろうと思って気にしていなかったが、女とクエストに出掛けたと聞いて気にならないわけではない。クレイスから何も聞いていないことにも違和感がある。
ねぇ、クレイスは何をしているの?
◇◇◇
(ん、なんだコイツが知らないっていうと、チャンスか?)
ロンドは内心喜悦を浮かべた。
千載一遇のチャンスが巡ってきたのかもしれない。
ロンドから見てヒノカは最高の女だった。
腰まで届く濡羽色の長い髪が美しく靡き、その容姿は際立って美しい。女性らしさを主張する豊満な胸、しっかり筋肉のついた太もも、揉み応えありそうな臀部、そのどれもがロンドの欲望を刺激して止まない。
ロンドはヒノカのことを狙っていた。
もともとギルドマスターのローレンスから斡旋を受けこのパーテーに入ったのもヒノカの存在に惹かれたからであり、いつか邪魔なクレイスから寝取ってやろうと考えていたのだ。
だいたい自分は【勇者】である。クレイス如きにヒノカは勿体ない女だ。
クレイスとヒノカは傍目にも信頼し合っていて入り込む余地はなさそうだったが、どういうわけかクレイスは未だに一切ヒノカに手を出していない。ヒノカが処女であることは間違いなかった。クレイスより先にヒノカの処女を奪ってやれば、もうヒノカは自分のモノだ。ロンドは常々そう考え実行するチャンスを窺っていた。
しかし、ヒノカは【剣聖】である。
力で押さえつけ無理矢理犯すのは不可能だ。搦手がいる。
そこでロンドが考えていたのがクレイスとヒノカの関係に楔を打ち込むことだった。
そしてそんな計画を立てようとしていたところに飛び込んできたのが今回の一報だった。
「アイツは俺達に嫌気が差したんじゃないか?」
「…………クレイスが誰と一緒にいようと関係ないけど」
ヒノカの言葉尻に微かに苛立ちが含まれているのを、ロイドは目敏く勘づいていた。
「女と一緒にクエストに行くってことは、そういうことなんだろうよ」
「そもそも誰なのその女。だいたい何処に行ってるって言うのよ?」
極力出さないようにしつつも、声に若干の苛立ちが混ざる。
「いや、そこまでは知らないが、ヒノカがいるってのに浮気するなんて最低のクズだな」
「そういうのは止めて」
ロンドは猜疑心を植え付けようと会話を誘導していく。
ロンドはこのパーティーに入ってまだ半年程度しか経っていない。
信頼関係などないが、長い時間を過ごしているクレイスはそれなりに信頼されているだろう。
【勇者】や【剣聖】からすればクレイスの存在は霞むが、さりとて無能な奴に務まるほどSランクは甘くない。クレイスが最低限の実力は持っていることは確かだった。
近接武器なら概ねどれでも使うことで出来、警戒や探索なども得意としている。およそ2人に足りない部分は全てクレイスが担っていた。とはいえ、それもあくまで足手まといにはならない程度の話で、クレイスが必須というわけではない。
そもそも【勇者】と【剣聖】が揃っているパーティーなど大陸でも殆ど存在しないし、これだけ揃っていればハンターとして大抵の任務はこなせる。このパーティーに必要なのはクレイスではなく、そう、いうなれば【聖女】であり、そこにクレイスを追い出す余地があるとロンドはそう考えていた。
しかし、ヒノカは口は悪いが勇者の自分ではなくアイツを信頼している。
それがまた屈辱であり、ロンドの激情を掻き立てていた。
クレイスが戻ってくるまでに出来るだけ疑念を擦り込んでやろう。
不和と不信の種を植え付け、邪魔なアイツをパーティーから消す。
「まぁいい。次のクエストはアンドラ大森林だったな?」
「そうね、そろそろ準備も整うし10日後に出発しましょう」
次のクエストはギルドからの指名依頼だ。Sランクパーティーともなると、こういったクエストに駆り出されることも良くある。
「生態系の調査依頼か。まぁ、そんなに大変ってこともないか」
「んー、どうかしら。本来ならあり得ないような魔物の発生報告が増えてるって話だけど、ひょっとしたらなにか良くないことが起ころうとしているのかもしれないし」
「ったく、めんどくせぇな」
「ま、なるようになるでしょ」
ヒノカと雑談に興じながら、ロンドはどうやってこの状況を利用しようか思考を巡らせていた。