第23話 冒険者にありがちなこと:助けた相手が王女様
「ここはもうパーっとSランクにしちゃいましょうSランクに! え、ギルドの規則? そんなのどうでもいいですって。だいたいクレイスさんがここにいるって知ったら、ギルドの中央本部から――」
Sランクに推挙してくれるのは有難いが、今のクレイスにはもう興味がない。
申し出をアッサリ断り、適当に新人冒険者向けに常備されている薬草採取の依頼書を手に取った。
本来なら受ける必要のないクエストだが、気分転換にはちょうど良いだろう。
復讐以外に人生の意義を見失っている。殺意と空虚の狭間で不安定に心が揺れていた。そのジレンマが陰鬱としたものを溜め込んでいく中で、少しでも気を紛らわせようとしただけだ。
採取場所に向かったクレイスは、アタリを付けて立ち止まった。
心地良い風に少しだけ気持ちが軽くなるのを感じながら、独り言つ。
(こんなときは、いつもヒノカがいたんだけどな……)
いつも2人でくだらない会話をしていたことを思い出す。
かつて輝いてた思い出は、いつの間にか色褪せ、楽しさは悔しさに、悔しさは怒りに、そして怒りは悲しみに変わっていた。
「この辺り……か?」
依頼書を確認する。
回復ポーションに使う薬草の採取がメインのクエストだ。
冒険者ギルドはポーションの原材料を教会に卸している。その教会が回復ポーションなど数種類のポーションを製造し、ギルドや一般市場へ卸すというのが基本になっていた。
ハンターはあまりやりたがらないが、薬草採取は、非常に重要度の高いクエストだった。回復魔法を使える白魔術師やプリーストの希少性もあるが、怪我をしがちなハンター達には、気軽に使える回復ポーションの恩恵は絶大だった。中には採取専門のハンターがいるギルドもあり、その需要が尽きることはない。
ふと、魔物の気配を感じた。
――近い
だが、それだけはない。
「――誰か襲われてる!?」
依頼書をしまうと、クレイスは身体強化魔法を使い駆け出した。
◇◇◇
高速で移動するクレイスの視界が獲物を捕らえる。
どうやら敵は一体だけのようだが、人型の巨大な魔物が馬車を襲っていた。
何処かの貴族だろうか、数人の護衛が戦っているが、傍目にも戦況は芳しくない。
クレイスはおもむろに右腕を掲げる。
『―――クラス4―――魔滅槌ドドリオン』
虚空に出現した異界の門から、巨大な戦槌が召喚される。
その柄を片手で握り締めると、クレイスは目前に迫ったオーガの頭に振り下ろした。
けたたましい衝撃音。土埃が視界を奪う。
気が付けば、地面には数メートルものクレーターが出来上がっていた。
「え?」
この場に似つかわしくない間の抜けた声と同時に、一方では声すら上げる間もなくオーガの巨体が倒れ伏す。
「ライオットオーガか。怪我はないか?」
いるはずのない魔物に眉を顰める。
群れから放逐されたはぐれオーガの一種だが、だからといってこんなところに出てくるのは異常だった。タイラントウルフの出現もあったばかりだ。森の生態系に狂いが生じ始めている。
突然の乱入と衝撃に尻もちをついていた女性が立ち上がると、慌てて深く礼をしてくる。
同じく先程まで戦っていた数人が頭を下げた。
「すまない助かった。急を要する移動で人数も少ないところを襲われてな。しかし、凄まじい力だ。あの巨体を一撃とは」
ライオットオーガは潰れたヒキガエルのようになっていた。
その女は戦々恐々とした視線を魔物に向けていたが、すぐに引き戻す。
「王女がご無事で良かった。私はキキロロ。この礼は必ず――」
「王女……?」
目の前に立つキキロロと名乗った女のポニーテールが揺れる。
軽装ながら、質の高い装備を身に付けている。
その佇まいは騎士を彷彿とさせた。
若干、アクセントが特徴的なのは、彼女達が異国から来たからだろうか。
「わたくしからもお礼を言わせてください」
と、鈴を転がすような美しい声が響く。
馬車から降りてきたのは、15歳くらいだろうか、アッシュブロンドの美しい髪が良く似合っている。それは可憐という言葉が相応しい、そんな少女だった。
「貴女は――?」
「わたくしは、ダーストン王国、第6王女スレイン・ダーストンと申します」
クレイスは厄介事に巻きこまれたことを察した。
◇◇◇
「この度はお助けいただき、ありがとうございます。その……とてもお強いのですね」
朗らかに笑おうとしているが、まだ襲われたときの恐怖が抜けきっていないのか、スレインと名乗った王女の手は震えていた。
「無事で良かった。不躾な態度ですまない」
「い、いえ! お気になさらないでください! わたくしは王女といってもお飾りのようなものですから、畏まって頂く必要はありません」
その口調には微かな寂しさが含まれていたが、クレイスは自分が気にしてもしょうがないとかぶりを振る。
「是非ともお礼をさせて頂きたいのですが、如何せんわたくし達は急ぎの旅であり、あまり長居している時間もないのです。心苦しいのですが、手持ちの金貨をお渡しするくらいしか今出来ることがなく――」
「気にしないでいい。じゃあ、俺は行く」
キキロロが困ったように声を掛けてくる。
「待ってくれ! 助けてもらった以上、なにもしないわけにはいかない。受け取ってくれ」
「なら、こうしよう。馬車でこの場所にいるということは、ペルンに向かっているんだろ? 俺も戻るつもりだし、街まで護衛に付こう。その依頼料という形でどう?」
申し出を無下にも出来ず、クレイスなりの折衷案だった。
この街道はペルンまで一直線に繋がっている。どこか他の場所が目的地だとしても、ペルンを経由することは間違いない。
その提案にスレインは困惑を見せるが、やはり先程襲われたのがショックだったのだろうか、頷いてくれた。
「ありがとうございます! 貴方のようなお強い方が一緒ならば心強いです。お名前を伺ってもよろしいでしょうか」
「冒険者のクレイス。短い間だがよろしく頼む」
ピシリと時間が止まったかのように場の空気が凍る。
「はい?」
王女だけではなく、護衛の者達も全員こちらに怪訝な表情を向けていた。
「えっと……クレイス様……でしょうか……?」
恐る恐るといった様子で王女が視線をチラチラさせながら訪ねてくる。
「俺がなにか……?」
言い難そうに王女は口を開いた。
「わたくし達は、貴方に会いに来たのです。御使い様」
王女たちは一斉にその場で跪いた。
冷や汗が止まらない。
「やっぱり帰っていいか?」




