第20話 復讐以外に興味がない男
人跡未踏、ドラゴンの住まう聖域、霊峰ルンルン山脈。
クレイスは自らの力を確かめる為、ドラゴン征伐に乗り出していた。
6合目付近まで登ると、大きく息を吸い、薄くなった空気を思い切り肺に取り込む。
「うーん……」
クレイスは腕組みしながら、険しい顔で思案していた。
ギフトに目覚めてからの数日間は、それこそ思いつく限りのギフトを自らに付与し力に酔いしれていた。圧倒的なまでの陶酔感。
これまでクレイスは剣や槍を武器として使用することはあっても、弓はからっきしだった。しかし、【弓聖】のギフトを手にした結果、今や遥か上空を高速で飛び交う雷鳥さえも、一矢で仕留める腕前になっていた。
しかし、である。
――それなにか意味あるの?
と、思い始めていた。
力を得た陶酔は今ではすっかり冷めきっている。
努力したわけでもなく、これといって何か犠牲を払ったわけでもない。降って湧いたギフトの力で無双しただけである。
達成感ゼロ。見合う強敵がいるわけでもない。
俺TUEEEEEEEとは言うものの、本当に俺が強いか?
と、疑問が残る。
クレイス自身、なにか成長して得られた力という実感が全くないだけに、違和感しかない。
結局のところ、このギフトで何かをやったとしても、
――だから、なに?
ということにしかならない。
ギフトの力でイキったからといってなんだと言うのか。
得られたのは虚しすぎる結論だった。
「飽きたな……」
クレイスはギフトに疑念を抱き始めていた。
そもそも相応しくない者に【勇者】のギフトが与えられたり、鍛冶職人の父親を尊敬し、世界一の鍛冶職人を目指そうとしていた少年が【魔導士】のギフトを授かり、魔道院に引き取られたりといったこともある。
それは果たしてギフトによる祝福なのか?
本人の意思に反してギフトが優先されることは正しいのだろうか。ギフトによる人生の強制。それはギフトの奴隷というに相応しい。
これではまるで、女神の祝福ではなく呪いではないか。
「それはともかく。どうやって復讐するかだ……」
今すぐにでも殺しに行きたい、その命を刈り取ってやりたい。その衝動を抑えきれない。
しかし、クレイスはより効果的な復讐を考えるべく、このギフトをどう利用するべきなのか試行錯誤を繰り返していた。
その結果分かったのは、【聖杯】というギフトは、ギフトを授けることも出来るが、ギフトを剥奪する力も持っているということだった。つまりギフトを自由自在に着脱可能ということだが、それもまたギフトに対する不信感に繋がる。
つまるところギフトとは本人の資質「才能」にすら関係がない。
剣に優れた者が剣術のギフトを授かるわけではなく、剣術のギフトを授かった者が剣に優れた者になるだけだ。
狂った倒錯構造。
歪な世界観、その正体こそがギフトだった。
そのような不毛な考察を続けていると、ふと、視界の端にスライムの姿が見えた。
「流石にないだろ……」
ピンと何かを思いついて、実験してみる。
「 【Grant】 」
『ぷるぷる。 ボク わるいスライムだよ』
「うわっ、キモ」
「 【Deprive】 」
いきなり喋りだしたスライムにビビッてしまい慌ててギフトを剥奪する。
物は試しと【賢者】ギフトを授けてみたが成功してしまった。
そこはかとなく、スライムが何かを抗議したげな表情(?)でこちらを見つめている(目はない)が、そうはいっても、もし仮に【賢者】のギフトを授けたスライムが、その有り余る知恵と知識を利用して、最弱の座を払拭すべく下克上を起こせばモンスター界の生態系が大きく変わってしまう。生物学者にとって天変地異とも呼べる事態をこんな茶番で引き起こすわけにもいかない。出来るのかどうかは分からないが、ギフトを保有したまま分裂でもされたら更に厄介だ。
クレイスは再び思案する。
――このギフトって、クソしょうもない
この力を使えばなにか凄いことが出来るのではないかと考えたが、そのすごいことがなんら苦労なく出来てしまうであろう事実に、急速にギフトに対する関心を失っていた。
煮え滾る殺意。
しかし、その憎悪とは裏腹に、復讐以外に何もやりたいことがない。
相反する感情がクレイスを躊躇させていた。
今すぐにでも復讐を実行して、それでその後は?
例えやりたいことがあったとしても意味がない。
ギフトがある限り、それらは全てやれてしまうのだ。
ならば、最初から結果は分かり切っているではないか。
この世界を生きる動機がない。
復讐を終えれば、動機は喪失し、自分はその後、この世界で何をして生きれば良いのか。
失った大切な者と引き換えに得た、無価値で空虚な力。
途方もない虚無。孤独の煉獄。
無責任なくだらないギフト。
誰かにギフトを授けるなど、傲慢の極みにしか思えない。
「自分は神です」などと吹聴してギフトを授けて周るとでも言うのだろうか? 胡散臭い神もどきにしか見えないだろう。
それだけではない。もし強力なギフトを授けた者が、その力に相応しくない場合、結局はギフトによる悲劇が繰り返され続ける。ならばそれを防ぐために人間性を確認すべく面接でもすればいいのだろうか? その光景を想像すると、あまりにも滑稽で馬鹿げていた。思わず失笑してしまう。
そもそも誰かにギフトを授けて何かをやらせるくらいなら、最初から自分でやった方が早い。誰かに任せた時点で、任せた側にも責任が発生するのも腹立たしい。ならば、ギフトを授けるとは何なのか? 信頼する相手、仲間、そんなもの何処にもいないというのに。
ギフトを授けるギフト【天の聖杯】。
一見、凄そうなギフトだが、実際には使い道の限られる呆れた力だった。
しかし、ギフトの有用性は他の追随を許さない。
ギフトを後天的に好きなだけ誰にでも付与出来るなど、ご都合主義、世界のバランスブレイカー、危険要因にしかならないだろう。
否応なしに今後厄介事に巻き込まれることになりそうだが、それもまた気の乗らない話だった。こんな馬鹿げた力で何を成しえるというのか、それで成しえたものに何か価値があるのか。
そもそもそんなことには興味がない。
誰かに言われるまま、乞われるままギフトを授けたとして、それがなんなのか。
神の怠慢により授かったギフトという他なかった。
「復讐して……それで、その後は――」
冒険者小説の中ではスローライフが流行っているが、それもイマイチしっくりこない。
これといった将来設計も思い浮かばないまま、クレイスはとりあえず目の前で倒れているブルードラゴンの死体に視線を戻した。
「これ、どうしよう……」




