第11話 俺だけ無限ギフト
「ぐあぁ――!」
ロンドが絶叫を挙げた。
遠くを走っていたヒノカが振り返る。
ロンドは加速し素早くヒノカに追いつくと、矢継ぎ早に続ける。
「攻撃を受けた! もうアイツは助からない!」
「そんな!? い、いや! そんなのありえない――!」
「魔物はタイラントウルフだったんだ! クレイスは一撃で……」
「――戻らなきゃ! だってクレイスは私の所為で……!」
絞り出すようにロンドは声を荒げた。
「お前までこんなところで死んでどうする!」
事態は一刻を争う。
ここで問答をしている時間はなかった。
「でも、クレイスが!? クレイスが死んじゃう!」
「クレイスはもう死んでる! ヒノカ、アイツは他の女と浮気してたんだぞ! お前が犠牲になってまで助ける価値なんてない最低のクズだ! 逃げるぞ!」
「――――ッ!?」
ロンドがヒノカの手を引っ張る。
「クレイス…………!」
涙で顔をクシャクシャにしながら、ヒノカは踵を返して走り出した。
◇◇◇
クレイスは朦朧とする意識の中、その姿を遠巻きに見ていた。
ロイドはわざと絶叫を挙げて、さも攻撃を受けたかのように演じていただけだった。
一瞬、ヒノカがこちらを振り向いたような気がした。
だが、結局ロイドと一緒に走り去ってしまった。
あぁ、本当に捨てられ裏切られたのか。
ここで殺す為に全て利用されていただけだった。
絶望がクレイスの心を支配する。
「――チ――クショウ――――」
俺より……あんな奴が……良かったのかよ……!
全身から止めどない血が溢れ出していた。
勢いを増す雨と混ざり合い、ただ流れ落ちていく。
島から出て12年間、結局クレイスの人生は裏切られる為にあった。
2人で交わした約束を守りたいだけだった。
その笑顔は宝石のように眩しくて、大切にしたかった。
でも、アイツはあんなクズ勇者を選んで、抱かれた。
愛しい人に傍にいて欲しいと願うだけの、たった一つ望んだ幸せさえ手に入らなかった。
裏切られ、踏みにじられ、ウインスランド家を追放されたときのリプレイがそこにあった。
クレイスは力が欲しいと思ったことがなかった。
ウインスランド家にいた頃は、力を持つ者があまりにも醜悪に見えて潜在的に拒否感を持っていた。ヒノカと一緒に冒険者になってからは、Sランクパーティーを目指したが、それはヒノカの隣に立ちたかったからであり、力そのものを望んでいたわけではなかった。
ヒノカと一緒なら、クレイスにはなんでも良かったのだ。ただ母の言葉に従ってハンターになり、自由を欲しただけで、目指すべき何かがそこにあったわけではない。
母のクランベールは間違っていたのだと今更ながらクレイスは気づいた。
心から信じられる人も、心から好きになった人も、自分を裏切って去って行った。
今自分は一人でこんなところに倒れ伏し、これから訪れる確実な死を待つことしか出来ない。
【聖杯】などという大層な名前のギフトはクレイスに何も与えてくれない。
クレイスは生まれて初めて狂おしい程の衝動に駆られた。
『力への強い渇望』
もう仲間も恋人も誰も要らない。
誰も信じない。俺は一人でいい。
ただただ、自分を裏切った奴等に復讐するだけの力が欲しかった。
なんでもいい。
ただ自分を裏切り続けたこのクソったれな世界をぶっ壊すだけの力。
あぁ、そうか。
このギフトはそのための――
「 【Grant】 」
クレイスは気づいてた。
力を心から望んだ瞬間、初めて【天の聖杯】のギフトを理解したからだ。
<<ギフトを付与します>>
昔、一度、何処かで聞いたことのある懐かしい声が頭の中に響いた。
◇◇◇
最初から分かっていたことじゃないか。
ギフトを与えるギフト。誰に?
周りには誰もいないのに。
誰にその力を与える?
誰も助けになんてこない。
今この場にいるのは自分1人だけだ。
もう一度問いかける。
力は誰が望むのか?
ギフトは授かった者に力を与える。
力を望まなかったクレイスにギフトが呼応しないのも当然のことだった。
だが、それに気づくのが遅すぎた。気づいたときには全てが手遅れになっていた。
クレイスにはもう何も残っていない。
クレイスの周囲を餌を発見した興奮で呼吸を荒くしたタイラントウルフの群れが囲んでいた。
クレイスは、おもむろに立ち上がる。
ちょうどいい。
こいつらで試してみようじゃないか。
クレイスの身体に触れた雨粒が、その熱に蒸気となって消え失せる。
既にクレイスの身体からは一切の傷が消えている。
潰された脚も喉も、なにもかもが元通りだ。
【聖杯】は、ギフトを授けるギフト。
あらん限り自らにギフトを付与していく。
【聖女】ギフトが身体を癒し、【賢者】のギフトによって獲得した英知と膨大な魔力が体内を循環する。【剣聖】のギフトが五感を鋭敏に作り替え、遥かなる高みへ至る技量をもたらす。そして【勇者】のギフトにより手に入れたタフな身体と、極大の破壊力。
身体の中を蠢く無形の圧力が、皮膚を破って吹き出してしまいそうな圧倒的な陶酔感。
なんて馬鹿馬鹿しいギフトだと自嘲が零れる。
――――これ、もう全部俺一人でいいんじゃないか?――――
最初から仲間など要らなかった、誰かを信頼する必要などなかった。
好きになったことが間違いだった。自分だけを信じていれば良かった。
悲痛に満ちたその結論は、裏切られ続けたクレイスにはただただ心地よかった。
俺は俺を裏切らない
この場を切り抜けるのに何が必要だ? これでもまだ足りない?
あぁ、そうだ。足りなければ足りない分、幾らでもギフトを付与すればいい。
「あははははははははは! 何を悩んでたんだ俺は! 敵は殺せばいいだけじゃないか……どうせ誰でも裏切るんだ! 誰も要らない! 俺だけ我慢する必要なんてない。あはははははははは!」
狂ったようにクレイスは笑い続ける。
いや、その姿は既に狂っていた。
「餌になってやれなくて残念だったな犬」
「 【開門】 」
「ムカつく力だが、それでいいさ」
クレイスの頭上に巨大な穴が開く。
そこから、この世のものとは思えない程、禍々しい槍が姿を見せた。
事実それは、決してこの世に存在して良いものではない。
ウインスランドの者だけが使えるその力は、およそ島外に存在する力とは隔絶している。
開門とは、『異界』を開く力であり、そこから召喚する神器と呼ばれる武器の力は想像を絶する。
そして神器とは、あまりに強力すぎるが故に、長時間現実世界に顕現させ続けることは出来ない。この世界に実存している勇者が使う聖剣がクラス4なのに対して、神器は遙かにそれを上回る力を持っている。
『―――クラス7―――極式・神殺破重槍ヴァンタレイ』
「ダサいオモチャとはいえ、こんなもんでもないよりはマシか」
「お前らも俺を殺したいんだろ?」
「俺もだよ」
一閃すると、先頭にいたタイラントウルフが消し飛んだ。