第10話 12年ぶり2度目
闇夜を引き裂く咆哮がアンドラ大森林に響き渡る。
「――馬鹿な!? タイラントウルフだと!?」
遠目にしか見えないが、魔物はフォレストウルフではなくタイラントウルフだった。それは街に近いこのような浅い場所にいるはずのない大物である。
討伐ランクD程度のフォレストウルフに対して、タイラントウルフの討伐ランクはA。フォレストウルフに比べてその体長は2倍以上大きい。熟練のハンターでも相手をするのが厳しい難敵だった。だが、ウルフ種の特徴はその性質にある。ウルフ種は群れで行動するのだ。
つまり、タイラントウルフはこの1体だけではない。周囲に魔物の気配が満ちつつある。それら全てがタイラントウルフである可能性すらあった。本来であれば、大規模な討伐隊を率いて入念に準備を重ねて挑まなければならない事態だ。
例えばそれがSランクハンターであっても、決して数人で相手できるものではない。
「さっさと逃げるしかねぇか」
倒れ伏し、血を吐き出しながらのたうち回るクレイスをロンドが冷静に見下ろす。
「なぁ、クレイス。お前なんで魔物が寄ってきたか分かるか?」
「カハ……ッ! ロンド……な……ぜ……」
クツクツと、ロンドがこれまで見たことがない嗜虐的な笑みを浮かべる。
「あれな。俺がやったんだよ。俺が<魔寄せの香>を使ったんだ」
魔寄せの香? 痛みで頭が回らない。
溢れだす大量の血が、辺りを変色させていく。
「タイラントウルフが出てきたのは完全に予想外だったがな。いったいこの森で何が起こってるんだか――」
「かひゅ………ごぷっ…………」
「クレイス、お前その腕の怪我はどうしたんだ?」
ロンドは一部始終を見ていた。
そしてだからこそ<魔寄せの香>をあのタイミングで使用したのだ。
「俺が<魔寄せの香>を使って魔物を呼び寄せた。お前はヒノカに腕を斬られて出血していた。どういうことか分かるか?」
ヒノカ……あの……優しいヒノカ……が……俺を……?
「クレイス、俺はヒノカと付き合ってるんだ」
唐突な告白にクレイスが目を見開く。
「お前がいない間、俺達は愛し合っていた。アイツ、俺のを口でしゃぶるのが大好きなんだぜ? 知らなかっただろ?」
これまでヒノカはそんな素振りを見せたことは一切ない。
隠して付き合っていたのか? なんの為に?
もし、ヒノカが本当にロンドと付き合っていたのだとしても、それを隠す必要がない。
「お前が俺の為に残しておいてくれたアイツの処女、美味かったぜ。締まりも最高で思わず中で出しちまったよ。アイツ今頃俺のガキを孕んでるかもな。今から腹が膨らんだヒノカを見るのが楽しみだ。アハハハ! クレイス、アイツは俺に子宮を捧げたんだよ! 本当は全部お前にあげたかったんじゃないか? でも、お前が何もしないから愛想を尽かしたんだろ。アイツが選んだのは俺だ! この俺なんだよ! 何もかも奪ってやった! ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
あまりにも醜悪で悪辣なロンドの言葉がクレイスの精神を蹂躙していく。
「ロ……ンド……お……まえ……が……」
地面に溜まった冷たい水が、クレイスの体温を奪っていく。
「ゆる……さ……ない……」
仲間だと思っていたパーティーメンバーが自分を殺そうとしているなど信じられなかった。
「お前が目障りだった。お前みたいなゴミが【勇者】の俺達と一緒にいられると思ったか? ゴミはゴミらしく今みたいに底辺を這いつくばっていればいんだよ!」
ロンドがクレイスの身体を蹴り飛ばした。間髪入れずに喉に一撃を入れられ、最早、声すら挙げられなくなる。
「――――ガッ!」
「いつかお前を殺してやろうと思って準備をしてたんだ。あぁ、心配するな。ヒノカはこれからも俺が可愛がって、ゆっくり俺好みの女にしてやる」
ロンドを悪意はなおも紡がれ続ける。
「お前は負け犬だクレイス。誰も何も守れない。お前がやったことは俺にヒノカを寝取られただけだ。アイツの心も身体も俺に明け渡しただけだ。これからも孕ませ続けてやるよ! どうだ悔しいか? その顔を見たかったんだよ! 笑えるよな? 笑えるだろ? 笑えよクレイス! 最高に愉快だ。負け犬。好きだった女を寝取られた気分はどうだ? だからわざわざこんな回りくどいことをしてやったんだよ! 感謝しろよ」
クレイスは激情に駆られていた。握り締めた拳からは血が噴き出していた。
しかしクレイスにはロンドを殴ることも、声を挙げることすら出来ない。
ロンドが剣でクレイスの足を潰す。
「グハッ……」
腱を斬られた。最早自ら立ち上がることすら叶わないだろう。
何度も何度も身体に剣を突き刺された。
「ヒノカの喘いでる声をお前に聞かせてやれないのは残念だが、お前はそこでタイラントウルフの餌にでもなってろ。良かったな唯一最後にパーティーに貢献出来て。俺様の慈悲でギルドにはお前の死にざまは立派だったと伝えといてやる!」
クレイスを見下し、唾を吐きかける。
「そろそろ本当にお別れだ。惨めなクレイス。哀れなクレイス。クソみたいなゴミクズだったが、精々囮として残りの人生を全うしてくれ」
ロンドが立ち去ろうとする。
「じゃあな。クレイス――」
そしてロンドは悪魔じみた笑顔を浮かべた。
「ざまぁ」