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桃源の乙女たち  作者: 星乃 流
二章「燃ゆる」
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第三話(第七話)

 ――さて、後は何をしておけばいいだろうか。今、これ以上何ができるだろうか。

 カナミは自身の家――ウル家の屋敷に、様々な手法で襲撃への対策を施して回っていた。自分一人では全てに手が回らないので、家の者を総動員させていた。

 「何らかの手合いに勝利して屈服させる」という曖昧な表現。それを皆に伝えたとき、それまで淡々と話していたハルキの歯切れが少し悪くなった事。刻印によって強化された巫術。そして「手合い」を「戦い」と捉えたときに想像し得る事態。

 この里の人間は産まれたときから潜在的に一つないし二つの「属性適性」というものを持っている。例えばあのカルナであれば火単一の適性を持ち、対象物の発熱、発火や熱と火の集束など火に関連する技能――通称「火術」を扱える。

 カナミはそれとは真逆で熱を奪い冷却する「凍術」の適性を持っている。

 そのように火、凍、雷、風、光の五属のうちの一つ、ないし二つの適性を誰もが持っている。

 ただし、この他にも第六の属性「闇」が存在する。

 その他の属性が全て自然現象を人為的に発生させ、操る能力であるのに対して、闇属(あんぞく)の力は「人の心」に直接干渉する。他人の思考を読み取ったり、意思に干渉したり、幻を見せたり等など。他の属性がそれぞれ個人の力量に差異はあれども根幹は同じ性質の力であるのに対し、闇術は個人差が非常に大きい。個人個人でそれぞれできる事が根本的に違うのだ。力量の差ではなく力の種類そのものが各々で異なる。

 また、他属性は一人が単一の適性を持つこともあるが、闇属の適性は単一では発現しない。必ず他の適性と併せて発現する。

 心に干渉する危険性と他の五属に対して異質な特性。それらが相まって、現在は闇属は表向きには「存在しないもの」とされている。――そしてカナミは凍と闇の適性持ちだが、表向きは凍単一の適性持ちとされている。

 これらの能力とそれを利用した技術を総じて「巫術(ふじゅつ)」と呼ぶ。

 その能力の「強さ」は攻撃的な使い方をしたとしても、山での狩りの補助に用いるぐらいで、基本的に生活を少し便利で豊かにする程度のものだ。

 しかし、この刻印とやらの力が加わるとその常識は一変してしまう。おそらく無抵抗な人間なら容易く屠り殺せるほどの威力が出せてしまう。

 ――力は人を魅了し、狂わせる。

 カナミは確信していた。この儀式は血に塗れると。アルトの解放や正妻の座などとは無関係に、きっと争いは起こり、いずれ血が流れる。

 早々にその結論に至ったカナミは、刻印を受け取った翌日から家の守りを固め始めた。カナミの家、ウル家は以前は当主の正妻である――次妻の子であるカナミとは血の繋がらない――義母が家の実権を握っていた。しかし、数年前に彼女が亡くなって以降、父である当主やカナミの実母をも差し置いて、現在はカナミが家の実権を握っていた。義母にあたる父の他の側妻たちさえも思い通りに動かしていた。

 (それにしても、だ)

 家の守りを固めて目下の起こり得る事態に備えるのは、飽くまで目先の対応策。その遠く先のことを、それをどう捉えればよいのだろうか。

 アルトが産まれた時点でいくつかの家に通達された「その時が来るまで各家の長女は家から出さず、決して嫁がせてはならない」という首長の(めい)。他家に嫁にも養子にも奉公にも出すなという命だ。――これはこの儀式を行うための前準備だった。

 だが、こんな意味の分からない首命に各家が従った理由。そしてアル夫妻が実の娘一人の半生を犠牲にしてまでも呪い師の要求を受け入れたもう一つの理由。

 一昨夜、あの場でハルキの口から語られた「もう一つの理由」は、アルトの件のさらに上をいく、途方もなく荒唐無稽な御伽噺だった。帰宅した後に当時を知る各家当主にも直接聞いてみてくれとのことだったので、彼女は帰宅後すぐに父に問い糾した。

 ハルキと父から聞いた話を併せて要約すると、アル夫妻が素性も知れぬ呪い師との取引に応じたのは、ただ単に我が子可愛さだけではなく、里全体の未来の為だった、と。

 ――(くだん)の呪い師がアル家を訪うよりさらに数日前のこと。エルの家が「天啓」を授かった。

 天啓とは夢の中に顕れる未来の光景。視覚的なだけではなく、感覚的にその状況も伝わってくるらしい。簡単にいえば予知夢である。そしてその予知夢を見ることができるのがエルの家系である。

 エルの家はこの里で最も特異な家系だ。

 アルヴの民は閉ざされた土地に住まうが故、代を重ねるとどうしても血が濃くなってしまう。血が濃くなればなるほど、やはり生まれてくる子の身体に悪影響が出やすくなる。そうなる事を少しでも抑えるために、できるだけ血縁の遠い相手と婚姻が結ばれることが多い。人名を個人の名、母方の家名の省略形、家の名という三つの要素で構成しているのも、その工夫の中の一つだ。稀に外界からの人間が迷い込んでくると、血が薄められると喜んで婚姻を結ばせ、この地に住み着かせたなんてことも過去にはあったらしい。

 だが、エル家は違う。繋がりをひたすらエルの一族の中だけで完結させようとする。外から嫁を貰うこともあるが、貰われた嫁は実家に顔を出すことがほぼなくなる。外に嫁に出されたエルの女も、エル家の内情に関しては決して口外しない。最も謎が多く、怪しげな家である。

 だが、その天啓の力は本物だ。大抵は大なり小なり災い事の予知であり、それを事前に知ることで対策を立て、難を逃れる。里の記録にはいくつものその実績が連ねられている。

 そのエル家にあるとき「幾十年か後に里全体が炎に包まれ、さらなる厄災に見舞われる」という天啓が(くだ)った。通常、エルの天啓は一族の中で選ばれ、最も鍛錬を積んだ当主にしか降りないものだが、その時はエル家の複数の者にその天啓は降ったという。

 エルの当主は急ぎその旨をアル当主に伝えた。そしてちょうどその直後に例の呪い師が訪れた。彼はアルトのことだけでなく、天啓のことも知っていたという。さらにアルトを救うことが、その凄惨たる未来に対抗しうる手段に繋がる、と。

 その手段というのが、次代の当主――アルトを救う儀式によって勝ち上がった一人の女子と、アルトとの間に生まれる子供だという。その御子の導きに依って、里は滅びの運命から逃れ得る、と。呪い師はそう告げたそうだ。

 これから生まれるアルの子について知っていた。その命を掬い上げる手段を提示した。

 まだ限られた人間しか知らないはずの天啓のことを知っていた。それに対抗する手段も提示した。

 我が子可愛さと、破滅の予言を受けた里の未来。

 これらの要素を併せて考えた結果、アル夫妻は得体の知れない男の提案に乗ることを決めた。

 ――そういう話しだった。

 当然こんな話をしたところで普通は誰も信じない。そこで儀式に必要な「長女の婚姻を禁止する」という首命を下した家々の長を集め、神事を司るウァル家の秘儀とやらによって、エル当主の見た天啓を全員で共有したという。――そんな便利な術、あったんですか。

 一人の見た景色などの記憶を他の誰かと共有する秘術があるらしい。それを介して天啓を見てしまった、知覚してしまった各家の当主は従順に、その表向き不可解な首命を今まで堅守してきた。

 十五年前当時、カナミは母の腹に宿ったばかりでまだ産まれていなかったが、父もアル家より呼び出され、天啓を共有し首命が下されたその場にいたという。父曰く、秘儀とやらで見たエルの天啓は本当に恐ろしかったそうだ。何より里が燃え盛る光景だけでなく、いろいろな状況が、情報が感覚として流れ込んでくることがとても苦しかったとも。想像以上のエルの天啓の力に恐れ慄いたという。

 ――最初は突拍子もない上に、話の規模が壮大過ぎて何の御伽噺(おとぎばなし)かと思った。あの場に居た皆々も全く理解できず、付いていけないといった様だった。ハルキもそう反応されるのは承知の上だったようで、深くは語らず、あとは各家の当主に聞いてくれと言ってその話を締めたのだろう。

 ……まぁ、やはりそんな未来の事は一旦置いておこう。とにかく今は直近の事態に備えることが優先だ。

 ――最初に取り込まれるのは誰か。

 この奇っ怪で摩訶不思議な状況に、ほとんどの者が困惑で動けずにいるはずだ。逆に、そんな状況下で最初に行動を起こすことができる者はきっと――。

 ――カナミの予想は的中した。

 儀式が始まって四日目。つまり刻印を渡された日から三日後の早朝。ナルザのウェル家邸宅が全焼したとの報が各家に届いた。

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